HOMEMADE家族・KURO処女作『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』/第15話

エンタメ

2019/4/16

 ヒップホップグループ「HOME MADE 家族」のメンバー、KUROさんが「サミュエル・サトシ」の名で小説家デビュー! ダ・ヴィンチニュースでは、その処女作となる『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』を40回にわたり全文公開します!

 本作は、マイケル・ジャクソンになりきってパフォーマンスをするエンターテイナー(インパーソネーター)を題材に、KUROさんが取材を重ねて書き上げた渾身のフィクション。この小説のモデルになった人物は、マイケル・ジャクソン本人に「Excellent!」と言わしめた程のクオリティを誇っていた。だが、突き詰めれば突き詰めるほど次第に評価は“自分”にはなく、“マイケル”であるという動かしがたい事実が立ちはだかり、似せれば似せるほど、あくまでも「模倣品」とされ、その狭間で彼は苦しむことになる。マイケルに夢中になることで得た沢山の仲間と心を通わせ合いながらも、すれ違いや悲しい別れなど、主人公を取り巻く環境は激しく変化していく。自己とは? 芸術とは? 友情とは何なのか? そして2009年6月25日、絶対的な存在であったマイケルの死を迎え、インパーソネーターが最後に導き出した答えとは……

第15回

「懐かしいな〜」

 そう言うと尾藤さんは窓外の景色に目を細めた。池袋東口はとっぷりと日が暮れて街灯がつき始め、駅前の交差点が帰宅ラッシュで混雑している。ここから見る人の塊は、まるで寄せては返す波打ち際の白い泡のようだ。僕はぬるくなったコーヒーに口をつけてからその先を待った。

「グランプリを受賞してからつながりが一気に増えて、色んなところに呼ばれるようになりました。自信もついたのだと思います。学校を卒業して、社会人になってからも踊り続けて、まだ誰も手をつけていないマイケルのダンスを先にやろうと燃えていました。でも、やっぱり一番はとにかく楽しかったからですね。仲間と一緒に踊るのが」

「今までどんなところで踊ってきたんですか?」
「どこでも踊りましたよ。矢倉の上とか」
「やぐら?」
「そうです。麻布十番祭りの矢倉の上で『ビリー・ジーン』を踊ったこともあります」

 僕がびっくりすると、さすがに尾藤さんも笑った。

「でもそのときは違和感がありすぎて、周りから『降りてないな』と言われました」
「降りてない?」
「はい。僕はどんなところでもマイケルならここでどう踊るかと考えてから入るので、矢倉の上ではさすがに想像がつきませんでした」そう言いながら尾藤さんは苦笑した。

 降りるというのは、憑依に近いのだろうか。まるでイタコの口寄せのようだ。インパーソネーターとはそこまで本人に近づけるものなのだろうか。もしくはそれは尾藤さんだけなのか。

「それは苦しいですね」

「そうですね。マイケルと同じ景色を見ようとすればするほど現実とのギャップに苛まれます。最初は、ただ楽しいだけだったんですけどね」

 流れてきた煙草の煙を手で煽りながらそう言った。もう随分長いことここにいる。

「場所、変えますか?」
「いえ、大丈夫です。このままで」

 僕らはぬるくなったコーヒーを下げてもらい、新たに同じものを注文した。喫茶店の店員は長居する客に慣れているのか、嫌な顔一つせずにオーダーを取っていった。

「タチアナ以外に、僕をインパーソネーターとして育ててくれた大事な人がもう一人います」
「誰ですか?」
「コングくんです」

* * * * * * *

 2004年。東京都江東区亀戸、京葉道路の横にあるオープンモール型ショッピングセンター『サンストリート亀戸』通称サンスト。休日は親子連れで賑わうここのマーケット広場の常設ステージで僕たちMJ-Soulが定期公演できるようになったのは、オパちゃんのおかげだ。

 オパちゃんが振り付けの指導をしている子供たちのショーがここで何度か行われ、そのご縁で僕らも定期的に出してもらえるようになったのだ。今年に入ってから2月から9月まで、ほぼ毎月のようにやらせてもらっている。毎回、『スリラー・ライブ』や『スムーズ・クリミナル・ライブ』などテーマを持って臨ませてもらっていて、今日は『バッド・ライブ』を開催させてもらった。ウケは上々だった。

 コングという人と電話でやり取りしたのは、先月の『麻布十番祭り』の公演後だった。知人を介して名刺を貰い、連絡が欲しいと言われたのだ。そこに書いてあった番号にかけたら彼も無類のマイケル好きで「ぜひ会いたい」と言うので、今日のサンストで落ち合うことになった。名前だけ見るとなんだかちょっと怖そうだが、僕のやっている活動をネットで見て興味を持ち、前回のステージに足を運んでくれたのだそうだ。

「チョー気持ちいい!」

 フレディーがパフォーマンス後に楽屋にあった巨大扇風機に当たりながら、先月のアテネオリンピックで水泳の北島康介選手が金メダルを獲った直後に発したコメントをさっそく真似た。近頃その台詞が巷でやたらと流行っている。

 さらに悪ノリしたフレディーが上着を脱いで胸毛だらけの上半身を扇風機に当てて、「鳥肌ものです」と言って僕らに見せてきた。オパちゃんは無視しているが、僕は思わず爆笑する。

「ITTO! コングって人が来てるよ。楽屋に来てもらう?」

 タチアナが僕に来訪者がいることを告げにきた。彼女とは『所沢STREET DANCE CONTEST』でグランプリを受賞してからずっと付き合っている。

 結局、気にしていたキノさんとは何の関係もなく、タチアナの一方的な片思いだったらしい。とんだ取り越し苦労だった。僕はとうとうマイケルを通じて年上の彼女までできてしまったのだ。そして、ちょっとだけ大人になった…。

 以来、タチアナが交渉の窓口になってくれたり、僕のメイクをしてくれたり、衣装や舞台周りの手伝いをしてくれるようになった。仕事に対して厳しいが、もともとすこぶるできる人だから安心して任せられる。

「ありがとう。僕から会いに行くよ」

 まだ『バッド』の衣装のまま楽屋を出ると、一目でそれとわかる人物を発見した。

 Kというロゴが入ったキャップを少し斜めに被って、ちょっとB-Boyっぽい格好をした彫りの深い人が目をギョロギョロさせながら待っていた。僕に気がつくとニコッと白い歯を見せてキャップを一度持ち上げてまた被り直した。よく見るとキャップのロゴとまったく同じKのマークがTシャツにもプリントされている。

「コングくんですか?」
「そうでーす! 初めまして! やっと会えたね! 今日の『バッド』もヤバかったよ!」

 近くで見ると肌がこんがり焼けていて、今夏を満喫したような瑞々しさがある。コングくんが慣れた手つきで僕に握手を求めてきたので、それに応えると、出した自分の手がやけに白くて、かよわく感じられた。

「焼けてますね〜」
「そうね。今年の撮影現場は外が多かったからかなぁ。あ、自分、こんなことやってます」

 コングくんが名刺を取り出そうとするので「あ、もらいましたよ!」と僕が制すと「いや、もう一枚あるんす!」と言って別の方を差し出してきた。名刺って一枚だけじゃないことをこのとき初めて知った。

「お店やったり、映像のオフライン編集をやったり、イベントのMCをやったり。俺が踊ることもあるよ!」

 なんだか矢継ぎ早に色々な情報が飛び出してきて一瞬気後れする。

「すごいですね〜。もしかしてそのKのロゴマークはコングくんのKなんですか?」

 僕はそう言うのが精一杯だった。

「そうそう。俺のロゴ! いいでしょ! これがあると一発で覚えてもらえるからね。そんなことより! とにかくね、みなさんのマイケルパフォーマンスは世界一っすよ! 俺は一目見て恋に落ちました。今度、自分主催のイベントをやろうと思っているんだけど、良かったらMJ-Soulの皆さんにも出てもらえないかなーと思って。当日は映像とか入れて、すっげー面白いものにするんで!」

「そんな世界一だなんて。でも、僕らで良かったらぜひ出させて下さい!」

 イベントのオファーはどんなものでもありがたい。

「マジで!? 嬉しい! 当日はさ、マイケルの好きなピーターパンとか出しちゃって、俺がフック船長の役をやって、そんで俺の知り合いに映像のプロがいるからVJを駆使して演出も照明も衣装もマイケルのステージ並みに凝ろうと思ってんの! そこにハリウッド映画を混ぜたりして、ありえないキャラクターとキャラクターがコラボしたり、とにかく、理想は最初から最後まで音と映像とダンスでディズニーランドに負けないぐらいの最高のエンターテイメントショーを目指すことっす!」

 なんだか言葉がパッションに追いついていないようだ。次から次と色んな話をして自分のイメージを口で説明する。きっと普段からすごいアイデアとエネルギーに溢れた人なのだろう。

 芸能関係の知り合いも多いみたいで、僕でも聞いたことある人の名前だったり、知らない人だったり、様々な職種の人間の名前がバンバン出てくる。とにかくワクワクすることがしたくてたまらないのだろう。喋り方や所作に業界慣れしている感じはあるが、直感で悪い人ではないと判断した僕はコングくんのオファーを受けることにした。

「ちなみに、イベント名はもう決まっているんですか?」

「もちろん!」コングくんはそう言いながらKのロゴマークが入ったキャップを再び持ち上げると、「NEVERLAND!!」と満面の笑みで言った。

第16回に続く

サミュエルVOICE
オープンモール型ショッピングセンター『サンストリート亀戸』は、2016年に閉鎖。コングくんの映像の知り合いとは、椎名林檎、安室奈美恵、PerfumeなどのMVを手掛ける児玉裕一のこと。他にも多くのCMなども手掛け、こうして彼らの周りには技術の高い人たちが集まっていく。