HOMEMADE家族・KURO処女作『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』/第23話

エンタメ

2019/4/24

 ヒップホップグループ「HOME MADE 家族」のメンバー、KUROさんが「サミュエル・サトシ」の名で小説家デビュー! ダ・ヴィンチニュースでは、その処女作となる『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』を40回にわたり全文公開します!

 本作は、マイケル・ジャクソンになりきってパフォーマンスをするエンターテイナー(インパーソネーター)を題材に、KUROさんが取材を重ねて書き上げた渾身のフィクション。この小説のモデルになった人物は、マイケル・ジャクソン本人に「Excellent!」と言わしめた程のクオリティを誇っていた。だが、突き詰めれば突き詰めるほど次第に評価は“自分”にはなく、“マイケル”であるという動かしがたい事実が立ちはだかり、似せれば似せるほど、あくまでも「模倣品」とされ、その狭間で彼は苦しむことになる。マイケルに夢中になることで得た沢山の仲間と心を通わせ合いながらも、すれ違いや悲しい別れなど、主人公を取り巻く環境は激しく変化していく。自己とは? 芸術とは? 友情とは何なのか? そして2009年6月25日、絶対的な存在であったマイケルの死を迎え、インパーソネーターが最後に導き出した答えとは……

第23回

 3月8日と9日の二日間に渡って開催されるこのプレミアムパーティーは、初日が、プラチナチケットと呼ばれた一枚40万円もする『超豪華特典付きVIPデー』で、二日目は、ファンの出展作品からマイケル自身が入賞作品を決める『ファン感謝デー』という内容だった。両日共にゴスペルやダンスショーが行われ、MJ-Soulは二日間ともパフォーマンスをする栄誉にあずかった。

 VIPデーの特典は凄い。フード、ドリンクサービス付きはもちろんのこと、シャンパン一本とサイン付きポートレイトがプレゼントされ、おまけにミート&グリートと言って、なんとマイケルとVIPルームで個別の記念撮影ができるのだ。

 企画が発表された当初は、そのあまりにも高額な値段にファンの間で賛否両論が巻き起こったが、いざ会場でマイケルと直に会い、言葉を交わし、写真撮影ができると思うと、その値段も一生のなかでは微々たるものかもしれないと思えた。

 ステージ前のアリーナ席にディナーショーのような円卓がいくつも設置され、来賓客はそこに座ってライブを鑑賞する。マイケルが座る席はもちろん一番前だ。会場は中二階、三階席とあり、国内外のファン、芸能人や業界の有力者以外に100名を越える養護施設の子供たちも招待された。そういう配慮はとてもマイケルらしい。

 スクリーンには歴代のショートフィルムなどが流され、STUDIO COASTの特徴でもある、天井からぶらさげられた赤色の特大アンプ付きオクタゴンスピーカーからマイケルの音楽が大音量で流れている。会場にいる誰もがこれから始まる一大イベントとキング・オブ・ポップの登場に浮き足立っていた。

 簡単なリハを終えた僕らは、楽屋で時間を持て余していつも以上にふざけあっていた。なぜなら開場時間になってもお客さんはまだ中に入れてもらえず、マイケル本人も来ていなかったからだ。

「だいぶ時間が押してるね。ここまでやっておいて、結局マイケル来なかったりして〜」

 ユーコがフレディーのゾンビメイクを手伝いながら言った。

「いや、さすがに来るっしょ。だって日本にはいるんだから。てか、ユーコ! 俺の額に『肉』って書くのやめろよ!」
「『中』って書くよりはいいでしょ!」
「どっちもヤダよ!」

 二人のやり取りにみんな笑う。よく見るとオパちゃんのメイクもいつも以上に濃い。

「オパちゃん、それじゃゾンビじゃなくて、ただの日焼けした人だよ!」

 コングくんが突っ込むと、オパちゃんはきょとんとした顔をして急いで両手で頬を擦った。そんなコングくんもスティーヴィー・ワンダーのメイクがいつも以上に濃いからお互い様だ。これからマイケルの前で踊るとは思えないほどみんな軽口を叩いて和やかだった。

 ふと見ると、コングくんがジュディスに英語を聞きながら、画用紙になにやら黒いマーカーで字を書いている。

「何、書いてるの?」
「ふふふ。マイケルに感謝の気持ちを届けるのだ」
「えー、何? 何?」

 ユーコが覗こうとすると、コングくんが「本番のお楽しみだ!」と言ってサッと隠した。

「ちょっと、大丈夫〜!? そんな予定外なことしないでよー」

 ユーコが不服そうに言った。

「大丈夫だー。俺も長年スティーヴィー・ワンダーをやってきた身としてやることをやるだけだ!」
「えー、じゃ俺もゾンビやめてフレディー・マーキュリーとして出ようかなー」
「お! いいねーー」
「ちょっと、二人とも! スリラーに集中してよ!」

 そのときだった、楽屋の外が明らかに慌ただしくなった。スタッフたちが急に走り回り、インカムで指示を出している。僕たちは手を止めて互いに見合った。

 マイケル・ジャクソンが会場に到着したのだ。

 みんなで楽屋から顔を出して覗くも、臨時のパーテーションが設置されていて見えない。ただ黒塗りのワンボックスカーが楽屋口のところに着いたときに、中に入ることができなかったファンたちが外で嬌声を上げているのが聞こえた。

 心臓が高鳴った。

 その一瞬。無数のSPたちと共に楽屋にバタバタと入って行くマイケルの頭部がパーテーションの上からチラッとだけ見えた。

 マイケルだ。

 みんなで顔を見合わせて、音のない声をあげる。

 するとどこかでスタッフが「マイケル・ジャクソンさんが今、楽屋に入りました」と言った。

 とうとう来た。本物のマイケル・ジャクソンだ。ずっとテレビの中で観る人だと思っていたが、頭部を見て、初めて生身の人間として実感できた。今、僕らは同じ空間にいる。マイケルの吐いた二酸化炭素だって吸うことができる距離だ。

 マイケルの登場でさすがに楽屋の空気が一変した。急にみんなの口数が減った。僕もリラックスしている風を装ったが、落ち着けるわけがなかった。これからあと数時間もしないうちに本人の前で踊るのだ。たとえほんの一瞬だとしても、僕の人生の点とマイケルの点が初めて重なる。たった数分間だとしても、マイケルの貴重な時間を僕のパフォーマンスで奪うのだ。

「よし! みんな落ち着いていけよ〜。いつも通りやればいいからな!!」

 と、コングくんがいきなりそう言って静寂を破った。

「いや…コンくん、それ、一斗くんが言うセリフ!」

 ユーコが真顔で突っ込むと、みんな笑顔になり、楽屋の空気がゆるやかに流れ始めた。

 そう、いつも通りやればいいのだ。それだけは確かだ。それでも手が届く距離にあのマイケルがいるのだと思うと不思議でしょうがなかった。

* * * * * * *

 イタリアのファッションデザイナー、ロベルト・カヴァリによる黒地にドットのデザインスーツに身を包んだマイケルが、定刻から1時間以上も遅れてようやく中二階に現れたとき、それまで充満していた観客のストレスは一気に解消されて、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 マイケルはまず三階席にいる100名ほどの施設の子供たちに挨拶しに行った。彼らしい行動だ。そして簡単にサインなどに応えて、そのまま会場内のガラス張りのVIPルームに移って200名を越える個別の記念撮影を始めた。

 ファン一人一人に丁寧に対応し、二言、三言交わしてからプレゼントなどを受け取って写真を撮っていくと、当然のことながら時間がかかる。当初のタイムテーブルは大幅に変更され、この後に控えるパフォーマンスも後ろに押した。その待ち時間が、僕を余計に緊張させた。

「大丈夫か、一斗? さっきから同じとこグルグル回ってるぞ」

 フレディーが見かねて話しかけてきた。みんな何時間も前から衣装に着替えてばっちりメイクして待機している。

「う、うん、多分」
「オーディションと同じ内容なんだし、何回もやっている『スリラー』と『ビリー・ジーン』なんだからいつも通りやればいいんだよ」
「わかってる。さっきまでは、そんなに緊張してなかったんだけどね…」
「まあ、本人を前にしたら誰だってそうなるよな。俺だって緊張してる」
「なんというか…マイケルというよりも、MJ-Soulを伝えたいと思ったら、急に力が入ってきちゃってドキドキが止まらないんだ」

 フレディーが僕を見る。

「僕の人生はマイケルのおかげで毎日が何倍も楽しくなった。世界中にいるファンと同じように、かけがえのない宝物をマイケルからもらったんだ。僕にとってそれはMJ-Soulで、この最高の仲間をマイケルに知ってもらえるんだって考えたら、なんかすごいことを今からするんだなって…」

 一人一人の顔を見る。

 フレディー、コングくん、オパちゃん、ユーコ、ジュディス。みんな苦楽を共にしてきた大切なメンバーだ。日本の埼玉の片隅で始まった、プロでもなんでもない集団が、とうとう世界のスーパースターの前まで辿り着いてしまった。この仲間を、心から誇りに思う。

「MJ-Soulさん! そろそろスタンバイお願いします!」

 黒服のスタッフが僕らを呼びにきた。

 それを聞いて細胞が一気にざわついた。下腹部に鈍い痛みを覚え、そして同時に全身からジワッと汗が吹き出るのを感じた。

 出番だ。

 いよいよマイケルの前で踊る。

第24回に続く

サミュエルVOICE
マイケルのステージ衣装をよく手掛けていたデザイナーのロベルト・カヴァリは、何ヶ月もかけてようやく作ったジャケットをステージから観客に向かってマイケルが投げたとき、激怒したという。マイケルの理由は、暑かったから(笑)