HOMEMADE家族・KURO処女作『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』/第26話

エンタメ

2019/4/27

 ヒップホップグループ「HOME MADE 家族」のメンバー、KUROさんが「サミュエル・サトシ」の名で小説家デビュー! ダ・ヴィンチニュースでは、その処女作となる『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』を40回にわたり全文公開します!

 本作は、マイケル・ジャクソンになりきってパフォーマンスをするエンターテイナー(インパーソネーター)を題材に、KUROさんが取材を重ねて書き上げた渾身のフィクション。この小説のモデルになった人物は、マイケル・ジャクソン本人に「Excellent!」と言わしめた程のクオリティを誇っていた。だが、突き詰めれば突き詰めるほど次第に評価は“自分”にはなく、“マイケル”であるという動かしがたい事実が立ちはだかり、似せれば似せるほど、あくまでも「模倣品」とされ、その狭間で彼は苦しむことになる。マイケルに夢中になることで得た沢山の仲間と心を通わせ合いながらも、すれ違いや悲しい別れなど、主人公を取り巻く環境は激しく変化していく。自己とは? 芸術とは? 友情とは何なのか? そして2009年6月25日、絶対的な存在であったマイケルの死を迎え、インパーソネーターが最後に導き出した答えとは……

第26回

 マイケルが亡くなってすぐ、いつも『NEVERLAND』でお世話になっている吉祥寺のライブハウス『サンタバーバラ・カフェ』のマスターに無理やり頼み込んで急遽マイケルの追悼イベントをやらせてもらった。疎遠になった昔のマイケル仲間も多く訪ねてきて、会場はパンパンに膨れ上がり、僕らはみんなで悲しみを分かち合った。

 生前にマイケルの前でパフォーマンスをした日本のインパーソネーターとして、テレビの追悼番組に出演したり、全国各地にゲストで呼ばれて踊ったり、トークショーをしたり、マイケルが亡くなった年は多忙を極めた。

 一言では言い表せないが、明らかに何かが、あの日を境に大きく変わっていた。何よりも顕著だったのはファンの反応だ。あれだけ冷ややかだった視線が、誰もがマイケルに会いたい、忘れたくない、広めて欲しいという熱い思いに変わっていた。

 パフォーマンスをするたびに、まるで自分の指先から魔法が出ているかのように、一つ一つの僕の動きがファンの思い出と直結して観客が過敏な反応を示す。その大切な思い出を決して汚さないように、以前にも増してよりマイケルに忠実になろうとした。

 そして、MJ-Soulも大きく変わった。オパちゃんとフレディーが抜けたのだ。

 フレディーは、本格的にクイーンのインパーソネーターとしての道を歩み始め、オパちゃんは自分自身の探求のためにMJ-Soulを影で支えることを選んだ。結成当初のメンバーがいなくなるのは、さすがに堪えた。

 オパちゃんは六本木の牛丼屋でコングくんに辞めることを告げたという。そのとき、MJ-Soulの目指すべき方向と自分の向かうべき方向が違うと言ったそうだ。苦楽を共にしてきた分だけその発言は重かったが、同時にオパちゃんらしいなとも思った。

 オパちゃんは昔からダンスだけでなく、整体など自己鍛錬に邁進していたし、独自の表現方法を常に模索していた。7年も一緒にいたが、だんだん商業的になっていくMJ-Soulの活動とは一線を画したかったのかもしれない。コングくん、ユーコ、ジュディスはまだ一緒にいるが、僕はなんだか自分の体の一部をごっそり失ったような、満たされない気持ちになった。

* * * * * * *

「やっぱさ、ファンのために何かしないといけないんじゃないのかな」

 次の営業先に行くタクシーでコングくんがおもむろにそう言った。僕は外の景色をボンヤリ眺めていた。最近はスケジュールが過密すぎて、自分がどこにいるのかも分からなくなる。

「なあ、イーくん、聞いてるか?」
「…うん」
「今、日本中のファンの喪失感を埋めてあげられるのはイーくんしかいないよ」
「そんなことないよ」
「だけどこの忙しさは普通じゃない。それだけ世間がマイケルを求めているってことだよ。お客さんの反応も、日に日に熱を帯びているのが自分でも分かるだろ?」
「まあ、それは。でも、マイケルは一人だ」

 僕はコングくんの方を見ずにまだ外を見続けている。

「なあ、イーくん。フレディーやオパちゃんがいなくなって淋しいのは分かるけど、オパちゃんはこれからも影で支えるって言ってくれてるんだし、フレディーとは競演する形で今後もやっていけばいいじゃないか」

 タクシーの運転手がバックミラー越しにこちらをチラッと見る。僕も視線をコングくんに向ける。

「俺はやっぱ、夢があることをすべきだと思う」

 コングくんが言った。

「夢?」
「このままマイケルをただ演じるだけじゃなくて、MJ-Soulだからこそできること」
「MJ-Soulだからこそできること…」
「そう。マイケルの夢の続きを見せるんだ、イーくん」
「夢の続きって、まさか」
「THIS IS IT!?」

 僕らは同時にハモッた。

『THIS IS IT』とは、96年から97年に開催された『ヒストリー・ワールド・ツアー』以来12年ぶりとなるマイケルの単独公演のタイトルだ。これは、それまで裁判で長期間休止していた音楽活動の再開を意味する復活コンサートでもあった。

 この公演は、2009年7月13日から2010年3月6日までロンドンのO2アリーナで全50公演が予定されていて、チケットはわずか5時間足らずで売り切れた。タイトルにもあるように、これが最後の公演になると宣言されたが、直前にマイケルが急死したことですべてが幻となってしまった。

 当然のことながら全日程が中止となったが、死を惜しむ多くのファンはチケットの払い戻しをしなかった。

 そんな世界中のファンの思いを受け、プロデューサーのケニー・オルテガなどが、マイケルが生前ロスのステイプルズ・センターやザ・フォーラムなどで行ったリハーサルやダンサーオーディションの映像を一つにつなぎ合わせ、マイケルのドキュメンタリー映画として全世界に同時公開した。それが映画版の『THIS IS IT』だ。

 映画は公開されると同時にアメリカで初登場1位となり、日本でも当初2週間限定だったのが公開後に上映期間が4週間に延長され、その後アンコール上映まで行われた。

 僕らMJ-Soulも『THIS IS IT』公演の再現を何度も想像したが、公開された映画を観て初めてそこで答え合わせをし、マイケルが復活コンサートでやろうとしていた内容に度肝を抜かれた。

 映像で観るだけでも驚愕するのに、もしも実際に行われていたとしたらどうなっていたことだろう。間違いなく強烈なインパクトと共にキングとして舞い戻っていたに違いない。マイケルは長いブランクを経て、『THIS IS IT』でまた新たな次元にいこうとしていた。

「あんなの、やれるかな…」

 僕が自信なさげに答えるとコングくんは「今までだってやってきたんだ、やれるって!」と即座に応えた。

「あの規模を? どこで?」

 マイケルが別次元にいこうとしていたあの『THIS IS IT』を、クラブやライブハウスで再現するにはさすがに限界がある。するとコングくんは、いつもの企んだような表情を見せて僕にこう言った。

「SHIBUYA-AXだ」
「ええ! SHIBUYA-AX!?」

 SHIBUYA-AXとは、国立代々木競技場近くにある大型のライブハウスのことだ。渋谷、原宿、明治神宮前の3つの駅から近いという立地条件に恵まれ、ミュージシャンたちの登竜門とも呼ばれている。

「無理だよ、SHIBUYA-AXなんて!」
「なんでよ! 最初から無理だったら、全部無理だよ」
「そうだけどさ、あそこはミュージシャンの聖地なのであって、僕みたいなインパーソネーターがやるような場所じゃないよ」
「何、言ってんだよ! いつか東京ドームでもやりたいと思っているならこの道は避けられないよ」

 僕がマイケルの精神性や再現性にこだわるとしたら、コングくんはいつだって夢の実現性にとことんこだわる人だ。

 ショービジネスで言うなら、僕がショーをやり、彼がビジネスをやる。二つは似て非なるものだが、この世界はどちらか一方を切り離してもうまくいかない。なぜなら二つで“ショービジネス”だからだ。そのことはコングくんから教えてもらった。

 コングくんはいつもこうやって僕に無理難題をぶつけて焚きつける。そして、いつの間にか大きな舞台を用意するのだ。さすがに東京ドームはまだ想像できないが、それに比べたらSHIBUYA-AXが急に身近なものに感じられるから不思議だ。

 確かに、やるなら今かもしれない。

「SHIBUYA-AXか…、箱代、高いだろうね。お客さん入らなかったら借金抱えて破産するかな」

 コングくんの顔をチラッと見る。

「ま、リスキーな面はあるだろうな。俺も初めてのことだから分からないけど。周りの人たちに色々とノウハウは聞いてみようと思ってるよ」

 これはコングくんにとっても挑戦なのだ。

「人生最大の賭けになるだろうね」
「そうだな。こんなでかい賭け事はないよ。まあでも、もしもお互い破産したら一緒にストリートで踊って稼ごうぜ」
「路上でスティーヴィーとマイケルか」

 二人で目を合わせて笑った。

「とにかくやるなら今だよ。今しかない。日本や世界が、マイケルを強く求めているうちに。このタイミングを逃したら多分一生できない」
「今しかないか…、まさにタイトル通りだね」

「そう、『THIS IS IT』だ!」

第27回に続く

サミュエルVOICE
モデルとなった人たちは多方面で引っ張りだこになり、民放でも取り上げられるようになる。島田紳介が司会をして人気を博した300人の観客がパフォーマンスを見てギャラを決める日本テレビの番組『世界1のSHOWタイム 〜ギャラを決めるのはアナタ〜 』で彼らは、なんと85万3900円を叩き出す。

この記事で紹介した書籍ほか