まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍 第8回 人気マンガ家に聞いた「電子書籍と隣接権のこと」 

更新日:2013/8/14

■ランキングなんて無くていい


まつもと :樹林先生は電子書籍を俯瞰してどんな風に捉えているのでしょうか?

樹林 :うまく回転しはじめてきているな、とは思っています。先ほどお話しした立ち読みができる、というのが大きなメリットですし、携帯電話の小さな画面ではコマ単位で読んでもらうしかなかったのに対し、iPhoneではかなり画面が広くなり、ソニーリーダーのような電子書籍端末やタブレット端末では紙面をそのまま表示することもできるようになりました。
 ただ、問題がない訳ではありません。たとえば紙の本に対して、ランキングが前面に出てくるようになったのは良くないと思います。少し前には「ステマ(=ステルスマーケティング:広告やPRであることを隠して商品を宣伝すること)」が話題になりましたが、それによってランキングが恣意的に操作されることだってあります。
 純粋に売れている順番で並んでいるものだとしても、僕としてはあまり良くないと思ってみています。

みやわき :どういう見せ方だったら良いと思いますか?

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樹林 :うーん……ぶっちゃけて言ってしまうと、単に売れているものを順番に並べると、いわゆるエロっぽいものがひしめいてしまいますよね。そういうのを求めていない人はどうしたら良いのか困ってしまうんじゃないでしょうか?無い方が良い、とは言わないけれど、エロはエロで分けた方がいいかな。

まつもと :なるほど。電子書店としては、携帯コミックの時代からいわゆる売れ筋なので、ついプッシュしてしまいがちではありますね。

樹林 :そこで買えること自体は問題ないんです。実際の本屋さんでは買うのは恥ずかしいわけですから。ただ混ざっていると微妙だな、とは思うんですよね。売れ方の質が違うんですから。

まつもと :たしかに、実際の本屋さんではそうなっていないものが、いま電子書店では混ざってしまっているのは問題ですね。

樹林 :いまはまだ電子書籍の品揃えが少なかったり、市場が小さいので仕方がない部分もあるとは思います。ただ、これからそれが拡がっていく中ではこのままでは困るかなと。
 それに、必ずしも世の中で売れているものイコール自分が読みたいものではないはずなのに、読みたい本も探しにくくなってしまいますよね。例えば1年を通じて、結果としてよく読まれた本、というランキングであれば自然だと思いますけど。お客さんがいつもランキングを気にしながら本を選ぶなんて、ステマがはびこるだけじゃないですか。

まつもと :たしかに。

樹林 :現状のランキングを見ていても、明らかに僕たちの感覚から乖離した内容になっていたりする。「ああ、これ操作されているな」と。だったら、ランキングなんて無くてもいいんじゃないか、とすら思います。
 じゃあ、どうしたらいいのか?――カテゴリとか、読者の趣味嗜好とか、これまで読んで面白かった本とか、そういった要素で「おすすめの一冊」を探し当てる、そんなシステムが出てきて欲しい。

まつもと :アマゾンは購入履歴をもとにリコメンドを行いますが、それをもっと属人的にさらに充実させるイメージですね。

樹林 :そう。お仕着せではなく、個人の好みに応じた形で本が並んで欲しいですね。

まつもと :喩えれば、本屋さんで書店員さんが、横についてお勧めの一冊を探し当ててくれるような……図書館であれば司書の人がいつもついてくれている感じですね。

樹林 :そうそう、技術は進んできているんだから、そういうシステムが欲しい!

■隣接権について

まつもと :樹林先生は、講談社で編集者として作品作りに関わった後、原作者・小説家として活動されています。両方を知る立場から、いま物議を醸している隣接権問題(海賊版取り締まりと電子書籍流通の促進のために、出版社にレコード会社のような隣接権を与えるという議論)についてもお考えを伺えれば。

樹林 :隣接権を「出版社に与えられると、著作者が他の出版社から作品を出せなくなる」ものであるという解釈のもとにお話しします。これが拙いのは出版社が作品を握りつぶしてしまうことができる点です。

まつもと :自らが出版しないのに、他の出版社でも出版させない――つまり死蔵させてしまうことができる、ということですね。

樹林 :そうです。僕はその1点だけで出版社へ隣接権を与えることを完全に否定しています。仮に僕が編集者であったとしても反対です。漫画家や作家のためにも止めた方がいい。結果的に出版文化を滅ぼすことになってしまうから。
 才能のある人間をバカな人間が潰してしまうことだってできる。「コイツの作品はダメだ、もう出さないぞ」って。
 作家が育って、生き残って、再評価される、というサイクルが循環することで、そこに人が集まり、文化として成立し、エンターテインメントとして厚みをもって存在できる訳ですから。 隣接権はそういうものじゃないっていう人もいます。しかし、なんでもそうですが、だんだん拡大解釈されるものじゃないですか。特に法律や制度は、なにかきっかけができてしまうと、次のステップに簡単に進んでいってしまう。だから無い方がいい、決して認めてはいけないのです。

まつもと :海賊版の取り締まり(出版社が違法配信者を直接訴えることができるようにする)のために必要だという声もあります。

樹林 :本当にそうなんでしょうか? 隣接権がないとちゃんと取り締まってくれないとしたら、それこそ問題ですよね。
 隣接権の問題は僕や僕の仲間は、正直あまり関係のない話なのかもしれません。隣接権を主張するような出版社とは絶対に仕事しませんから。でも、新人などは違う。出版社の要求を断っては食えなくなってしまう。

まつもと :選べないステージにいる人たち、ということですね。

樹林 :そうです。特に新人がダメになる、彼らの芽を摘むようなことになってしまっては、マンガ文化自体が死んでしまう、だからノーだと言っているんです。

まつもと :なるほど。わたし自身も物書きとしてとてもよく分かるお話しです。今日はお忙しい中、多岐に渡りありがとうございました。

みやわき :ありがとうございました!

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みやわき :樹林先生熱かったですね。でも、ご自身もネットや電子書籍に強い関心をお持ちで、いろんなチャレンジをされているので、すごい説得力があったなあ。ゴホゴホ。

まつもと :ベテランの域に達している方が、新人の事も思って隣接権に対して強いメッセージを発信されているのも印象的でした。電子化って、利便性を増すだけでなく、既存の仕組みに変化を迫るものですから、こういった面にも十分注意していかないといけないと、僕も思いを新たにしましたね。ゴホ。

みやわき :あれ? まつもとさん大丈夫?

まつもと みやわき :ゴホゴホ・・・。

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■ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部:d-davinci@mediafactory.co.jp

 

イラスト=みずたまりこ

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