勇者と魔王が仲良くチャット!? 『もしロールプレイングゲームの世界にSNSがあったら』/連載第4回

ライトノベル

公開日:2019/6/8

 なぜかネットやスマホがあるファンタジー世界。暇さえあればインターネットばかりしている引きこもりの残念勇者が、SNSのメッセージを使って魔王に宣戦布告! しかし魔王は純粋無垢な争いを嫌う女の子。乙女すぎる魔王と勇者はチャットを通じて仲良くなり――。

 Twitter、Pixivで連載開始後に話題となり、ニコニコ漫画では脅威の800万再生を突破した新感覚チャットノベル。個性的なキャラクターたちが繰り広げる冒険と、SNSトークの一部を5回連載でご紹介!

第4回

 マーコはスマホをズボンの後ろポケットに素早くしまうと「んじゃ、行ってくるかニャー」と軽く言い、ビュンという高音をたて一瞬で姿を消した。

 高速すぎて、呪われた勇者には目で追うことすらできなかったが、マーコがアシタノ城第二王子のスネゲの元へ赴いたことだけは容易に理解できた。

 少しすると勇者は「うーん、もしかしてフルボッコはやりすぎだったかな」とか、「そこまで怒る内容じゃなかったかな?」と五秒くらい考えたものの。

「うん、まあいいや。あいつウザかったし」

 思考は単純だった。ていうかこの世界だと、別に死んでも教会いけば生き返るし、城だから僧侶もいるだろうし、普通に大丈夫だな、と。

(……いきなり虫呼ばわりってのもな。だって魔王、めっちゃいいやつだし)

 少しだけおセンチになって冷静になると、改めて魔王から聞かされていたマーコの実力を思い出す。彼女は確か「素早さは魔王軍一で四回攻撃、魔法も超一流で、小さい街であれば一瞬で破壊できる」らしい。

「……一応は『殺さないでくださいね』って、マーコに送っとこう」

 多少の同情心とともにメッセを送り終え、スマホをカバンの中にしまうと、勇者は自分的にはすっきりしたのか「んー」と背伸びをする。

「……あれ。そういえばここって」

 と、気づいた時には遅かった。ここはサイショ大陸でも強力なモンスターが出ると噂の有名な湿原であり、戦闘力皆無の勇者が一人でうろついているのであれば、

《グルルルル》

 当然、自らの縄張りに入ってこられて怒りを露にする、魔物が存在する。マーコがいたから今まで襲われなかったものの、どこからともなく現れた一匹のコボルトがワォーンと叫ぶと、勇者の周囲に続々とコボルトの群れが押し寄せてきた。

「ちょ、ちょとちょと、いや無理、マジ無理! タンマ、タンマーッ!!」

 因果応報か。勇者は今までの人生で一番の力を振り絞り、その場から退却した。

 アシタノ城の城下街付近に着いたマーコは、街への不法侵入者を防ぐ門に二人の門番がいるのを見つけ、まずは木陰に隠れ様子を見た。

 この大陸では湿原以外のモンスターが基本弱いことや、そろそろ交代時間であることもあって、門番たちは欠伸をしながら業務の悪態をついている。

「へー。これが大きい国の城下街なのかぁ」

 マーコはそう言いながら目をキラキラとさせて、門とその先の街と城を眺める。

 最初に訪れたテラワロス城や、勇者が住んでいた城下街にも出入りはし、途中のラフタの街でも外観は見たものの、規模的に言えばアシタノ城の方が敷地も面積も居城さえも圧倒的に大きい。

 魔族と人間族の争いが停戦となった世にもかかわらず、警備の厳重さもほかの街に比べて厚いことから「ここに強いやつがいるのかもしれない」というマーコの好奇心が高まり、ケモミミがぴょこんぴょこんと嬉しそうに動いた。

「あそこにいんのかな。スネゲってやつ」

 アシタノ城の城下街よりもさらに高所には、威厳ある居城がそびえていた。外壁は幾度も戦争にも耐えた実績もあるためか至るところに傷跡があり、その頑丈さを窺わせる。

「ま、いっか。んじゃさっさと片付けてきますかね」

 マーコは獣人族の特徴でもあるケモノ脚にちょっと力を込めると、再びビュンという風音とともに姿を消した。すると。

「うおおおおおおっ!」

 先程まで気怠そうにしていた門番二人が一瞬にして吹き飛び、木製の門に一人分が通れる穴が綺麗に空いていた。

 そのまま高速スピードを緩めることなくマーコは、一直線に城下街を走り抜け、約三キロはあった道をたった十秒で通り過ぎてアシタノ城前の門へと辿り着く。

 キッ、とブレーキをかけて街を振り返ると、自分が通り過ぎた商店街や露店の並ぶ道には軽めの竜巻が発生し、荷物などが強風に煽られて吹き飛んでいた。

「あっちゃー。ごめんねごめんねー」

 ぺろっと可愛らしく舌を出し、マーコは城の入り口へと振り返る。が、こちらも同じように、

「ぎゃぁあああああ!」

 急ブレーキの衝撃が今になって伝わり、門番は遠方へと吹き飛ばされ、城特注の硬い鉄製扉までもがぐぐぐと音を立て開きつつあった。これが魔王軍四天王で最強と呼ばれる彼女の実力の一部であり、しかもまだこれで、本気のホの字も出していないのだ。

「じょ、城下街で悲鳴です! 商店街で突然の爆風が起こり、何者かが城まで高速で駆けてくる姿を見たとの情報が!」

 城下街を高所から確認していた城の警備兵が、勢いよく王宮の間の扉を開き報告する。

「いえアシタノ王、それどころではありません! 城内でも同じくビュンビュンと風のようなものが走り回り、城のあちらこちらを破壊していきます! 恐らくこれはモンスター、いえ高等魔族の類いが城に侵入したものかと!」

 警備兵の後ろからは、重厚な装備を施された城内の戦闘兵までもが、焦りながら割り込んで急報を告げる。

「ええい、何だ貴様ら。ここは王宮の間ぞ。敬礼と入室の挨拶はどうした!」

玉座横の大臣は空気も読めず、自らの保身のために、厳しい𠮟咤を部下に飛ばす。

「しかしその焦りようと報告、ただ事ではないと見受ける」

 キリッ、という効果音が入りそうな冷静さで言いかえる大臣。

 いや、マジでそんなこと言ってる暇ないって、と誰もが思っていたが、アシタノ城にとってはこれが普通だった。現代社会でもよくある、緊急時でも礼節を重んじるとかいう面倒くさい系上司の典型だ。

「もしや、魔族か!? なぜ我が城までの侵入を許した! 門番や兵士は何をしている!」

 いやだからさっきからそう言ってます、と戦闘兵は苛立っていた。その対策をどうすんのかを早く決めろっての、とイライラして地団太を踏む。

「はっ。そうか! 王、今すぐ緊急の避難経路よりお逃げください! おそらくは魔物、いえ高等な魔族の強襲かと思われます、ここは大臣の私にお任せを!」

 大臣は部下のすべての手柄を奪うように、自らが王に適切な指示を出したように思わせる感じで、大声を出した。なんだこいつマジで……と兵たちが思うのも無理はない。

「おいおい、まずは落ち着かんか大臣、それに我が城の兵たちよ。同じ発言の繰り返しで支離滅裂じゃ。各人が何を言っておるのかわからんぞ」

 豪華な王冠を被って玉座に座るアシタノ王は、大層に伸びた髭を触りつつ、毅然とした態度で大臣と兵たちを諭す。王はまだわかってる人で助かるわー、と兵たちが思うのも至極当然の思考だ。

「それに安心せい。たとえ我が城に魔物の侵入を許したとしても、我が息子であり、アシタノ城の第二王子であるスネゲがおるじゃろう。あれは喋りは変だが、実力は本物じゃ」

 にやりとドヤ顔をする王に対し、兵たちも同調と歓喜の声をあげた。

「おおっ、た、確かに!」

「スネゲ王子は日夜モンスター退治で腕を磨いておられ、現在の実力はレベル二十五で、この大陸のモンスターでは敵う者はおりませんしな!」

「ちょっと喋りはあれだけどな!」

「それな!」

「あーね!」

 お前ら会話が説明的なモブすぎるし、あと間接的にわしの息子バカにしてない? と少し疑問に思うアシタノ王だったが、息子の喋りが変なのは事実なのでとりあえず流した。

「あ、どーもぉ、こんちわー」

 すると、基本は男だらけの王宮の間に、なんとも可愛らしい女性の声が響く。アシタノ城の王妃と姫は外出中で、その他の女性たちは皆夕食の準備に取り掛かっているはずだが……と不思議に思った全員が、一斉に声のした方を振り向いた。

「あのー。ここに『スネゲ』って王子いますか?」

 ぴょこんと真っ赤な髪から出たケモミミ、両手の甲を守るような赤い体毛、脚が完全に獣のそれっぽい姿をした女性は、相変わらず軽いノリで全員に問いかける。

「ま、ま、ま」

 人間族としては、自分たちの知る女性の容姿と違うその者がなんなのか、一瞬で理解できた。ていうかせざるを得なかった。

「魔族だぁッ!」

「ひ、人型の高等魔族!? こ、殺されるぅぅうう!」

「ひえええええええええ!」

 場内は一気にてんやわんやに。

「ええい、静まらんかお前ら! これはきっと仮装か何かの類いじゃ!」

「いやこれが仮装なわけあるかい! こっちゃ実際に城荒らされとるんやぞ! その曇りある眼まなこでよう見てみんかいこの保身大好き大臣が!」

 阿鼻叫喚と一部個人的な罵倒が聞こえる中、王を含めて全員が慌ただしくマーコから距離をとり、そのあっけらかんとして麗かな猫型の魔族に対して、剣や槍やりなどの刃先を向けた。

「あー、やっぱり私が魔族ってわかっちゃうのか。うーん人型だからバレないと思ってたんだけどニャー」

「いやそらわかるわ!」

「脚とか完璧に獣の脚やんけ!」

「ユーは何しにこの城へ!」

「正直、そのケモノ脚の肉球をぷにぷにしたい!」

 正当な意見を述べる者もいれば、自分に正直な欲望を発する者もいた。そんな中、彼らを束ねるアシタノ王は堂々とした態度で落ち着きはらって言う。

「お、おいおい皆の衆、落ち着けと言っているであろう。大丈夫じゃ、さっき言ったように、この城には我が息子にしてサイショ大陸を代表する騎士、スネゲがおるのじゃから」

 そう言いつつも、王の足はぶるぶると震えていた。あと身勝手な親バカ発言で、息子のハードルもだいぶ上げていた。

「おっ。てことはやっぱそれなりに強いんだ、スネゲってやつ。楽しみだねえ」

 マーコはそう言うと、片手に持っていた何かをドスンとレッドカーペットの上に置く。

「ん?」

 皆がその置いた物、いや「者」に着目すると、衝撃的な事実が明らかになる。

「ぐふっ」

 なんと、マーコの置いたそれは、白目をむいたアシタノ城のスネゲ王子だったのだ。死んではいないが気絶しているらしい。

「いやスネゲ王子やられとるんかいいいぃいいいいいいい!!」

「なんでじゃあああああああああ!!」

「えええええええええええええええええ!!」

 各兵と王から、驚きと猛烈なツッコミゼリフがこだまする。

 城を強襲したマーコの姿を唯一捉えたスネゲは、先陣を切ってマーコに切りかかったものの、一瞬にして返り討ちにあってしまったのである。

「は? え? こいつがスネゲだったの?」

「……そうです。それが私たちの王子の、変なスネゲです」

「あ変なスネゲだから、変なスーネゲ」

 兵たちもパニックで発言がおかしくなっていた。現実逃避としか言いようがなかった。

というかいまさらこの魔族に盾突いても絶対勝てないとかわかるし、大臣は性格も面倒くさいし、もうどうでもいいやと思っていた。

「このクソ魔族がぁあああああ、死なばもろともよぉおおおおおおおおおお!」

 そんな中、息子を白目にさせられたアシタノ王は、見てくれだけは豪華な宝石だらけの錫杖を振りかざして単身マーコに殴りかかる。

 しかし、あっさりと躱されて首への手刀で気絶した。同時に、大臣は死んだふりをして倒れた。兵士たちは「もうダメだこの国」と思った。

「なぁんだ、スネゲ、大した実力者じゃなくてガッカリ。あでも安心して。一応ここでは誰も殺してはいないから。勇者さんに言われたしね」

 マーコはそう言うと、倒れていたスネゲへ向けて歩き出す。

 城で最強の実力者であるスネゲがやられたこと(や、大臣のせい)で、マーコに攻撃を仕掛ける者は誰もいなかった。

「トゥンク……」

 というか一部の獣属性好き兵士はマーコの可愛さにガチ惚れしていた。

「でも期待してた分、このままじゃ私の気分が収まらないニャー」

 マーコはおもむろにスネゲの足の装備と服を破り、スネゲのすね毛をプチプチと抜き出した。

「……なんだこれ」

 ひとりの兵士が言う。最早、誰も今の状況が理解できなかった。シュールな空気が流れる中、マーコがすね毛を抜く音だけが、王宮内に静かに響き渡っていた。

 余談ではあるが、湿原でコボルトの集団に襲われていた勇者は、三回くらい「しかし回り込まれてしまった!」の状態に陥ったが、奇跡的な運と回避能力で逃げ出し、とりあえずは無事だった。後半へ続く。

<第5回に続く>

●作者プロフィール
新田祐助

1984年広島県生まれ。通称・助さん。作家、シナリオライター。
著書に『聖刻 -BEYOND-』など。
捜査一課などを経験した、元刑事らしい。

ツイッター:@singekijyosei
ピクシブ:新田祐助(助)