若者にとって異性とのセックスは社会的地位を高めるツール? /『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』⑥

文芸・カルチャー

2019/8/6

話題のNHKよるドラ「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」原作。
同性愛者であることを隠して日々を過ごす男子高校生は、同級生のある女子が“腐女子”であることを知り、急接近する。思い描く「普通の幸せ」と自分の本当にほしいものとのギャップに対峙する若者たちはやがて――。

『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(浅原ナオト/KADOKAWA)

■第6回 若者にとって異性とのセックスは社会的地位を高めるツール?

 案の定、次の日には三浦さんのことなんてすっかり忘れていた。

 ブレザーの制服に着替え、眠る母さんを起こさないようにそろそろと家を出る。電車に乗り、学校の最寄り駅で降りて、桜舞う通学路を歩く。新一年の入学式より二年三年の始業式の方が先だから人通りが少なくて歩きやすい。のんびり歩いていたつもりなのに、いつもより早く学校に着いてしまった。

「おはよう」

 挨拶と共に教室の扉を開け、自分の席に向かう。学生鞄を机に置いて椅子に座ろうとする。だけど座れなかった。

 僕を抱くように背後から回された手が、僕の股間を揉みしだいたから。

「おはよー。ひさびさー」

 驚かない。来ると思っていた。僕は振り返り、幼い顔立ちに無邪気な笑みを浮かべる、クラスメイト兼幼馴染の高岡亮平(たかおかりょうへい)に告げた。

「もう高二なんだから、そういうの止めたら?」
「いいじゃん。純くんだって感じてるくせに」

 五歳の時に出会ってからずっと、亮平は僕を「純くん」と呼ぶ。僕は成長に従って「くん」を外したのに亮平は外してくれない。「響きがジョンソンみたいでカッコいいだろ」とのことだ。ジョンソンって誰?

「純くんもオレの揉んでいいって言ってるじゃん」
「嫌だよ」

 ゲイがやたら男の身体(からだ)を触りまくると思ったら大間違いだ。そういうゲイも中にはいるだろうけど、僕はむしろ性的対象なだけに触れがたい。異性愛者の男だって彼女でもない女の胸を挨拶代わりに揉んだりはしないだろう。

「それよりさ、小野(おの)っちの話、聞いた?」

 亮平が声を潜め、親指で教室の奥を示した。男連中の人だかりが出来ている。その中心にいるのは、亮平と同じバスケ部に所属する男子、小野雄介(ゆうすけ)。

「何かあったの?」
「春休みに彼女とヤッちゃったんだって」

 こういう話が、一番反応に困る。
 まず、興味はない。亮平と小野は仲が良いけれど、僕と小野はそうでもない。男と女のまぐわいについてもどうでもいいから、それを知りたがる出歯亀根性もない。

 次に、驚愕もない。僕は昨日、インターネットで知り合った自分の親より年上の男に抱かれてきたばかりだ。合コンで知り合ったとかいう他校の女子高生と小野がセックスを済ませた話なんて、道徳の教科書に載せても問題ないほど健全な出来事としか思えない。

 だから、僕は言った。

「マジで!?」
「マジマジ。オレらも詳しく聞きに行こうぜ」

 僕たちはいそいそと小野のところへ向かった。椅子に座って王様のようにふんぞり返る小野と、ひざまずいて小野を取り囲む家臣という構造。若い男のコミュニティにおいてセックスは生殖行為ではなく、自らの地位を高める社会活動だ。男性器を女性器に突っ込んだことのある男の発言権は、その経験がない男と比べて明確に強い。

「小野っち、受講生一人追加ー」
「おう、何人でも来いや」

 鼻息の荒い小野。僕は笑った。「相手は処女?」と中山(なかやま)。「処女。血出た」と小野。僕は笑った。「処女でも濡れるの?」と飯田(いいだ)。「普通にぐしょぐしょ」と小野。僕は笑った。「アソコって腐ったチーズの臭いするんだろ?」と堀田(ほった)。「しねえよ」と小野。僕は笑った。笑いながら立ち上がった。

「ちょっと、トイレ行ってくる」
「抜いてくんの?」と亮平。僕は笑った。笑いながら皆に背を向け、教室を出る。そして廊下に出た瞬間、僕の笑顔は消えた。

 ―疲れた。

 無理をした反動がどっと肩に圧(の)し掛かる。怪しい新興宗教の集会に参加させられた気分だ。僕とは違う理で動いている人間に合わせなくてはならない苦痛。いっそ洗脳されて宗旨変え出来れば楽なのだけれど、それも出来ない。疲れは溜まるばかり。

 だけど僕はそれを、甘んじて受け入れなくてはならない。

 大多数と違う性質を隠しておきながら、それに配慮しろなんて理屈は通用しない。米が嫌いで食卓に出して欲しくないならば、出さないからそう言えという話。同性愛者の気持ちに配慮して欲しいのであれば、まずは僕がそういう人間だと明かすのが筋というものだろう。

 そうしないと決めたのは、僕だ。

 周囲に僕の全てを曝(さら)け出す勇気も、全てを曝け出した僕を周囲が変わらず迎えてくれるという信頼も持てないから、僕は自分の意思で仮面を被ることにしたのだ。

 だから、我が儘を言ってはいけない。

 小便を済ませ、トイレから教室へと一人廊下を歩く。まだ小野の話は続いているのだろうか。そう考えると、自然と足取りは重くなる。

 背後から、ガシッと肩を掴まれた。

「ちょっといい?」

 女の声。振り返ると、思いつめた表情で僕を見る三浦さんがいた。昨日の夜、話しかけようと決意したことを唐突に思い出す。逆に話しかけられてしまった。

「なに?」

 素直に尋ねる。三浦さんが口を開きかけ、すぐに閉じた。そして周囲を見回し、声のトーンを下げて僕に告げる。

「今日の放課後、空いてる?」


【次回につづく】