まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍 第9回 脳科学者に聞く「紙の本vs.電子書籍」

2012/5/9

電子書籍にまつわる疑問・質問を、電子書籍・ITに詳しいまつもとあつし先生がわかりやすく回答! 教えて、まつもと先生!



 

ちば :今日は東大にやってきました!

まつもと :おや、ちばさん、風邪はもう大丈夫なんですか?

ちば :ばっちりです! みやわきに移して治しました(笑)

まつもと :なるほど(それを僕がもらったわけですね……)今日のお題は?

ちば :はい。いま出版人の間でも話題になっているこちらの本の著者、酒井邦嘉先生にお話を伺います。紙の本の良さを改めて語った本なんですよ。


『脳を創る読書』酒井邦嘉(実業之日本社)

まつもと :これ「それいけ!電子書籍」という連載だけど、良いんですか??

ちば :大丈夫です。紙の本の良さを知ることが電子書籍の良さを再認識するきっかけになるはず。
さあ! まいりましょう。

電子書籍と記憶の定着


■酒井邦嘉(さかい・くによし●1964年東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学大学院理学系研究博士課程修了(理学博士)後、同大医学部第一生理学教室助手、ハーバード大学医学部リサーチフェロー、マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、1997年より東京大学大学院総合文化研究科助教授・准教授。2012年より同教授。主な著書に、『言語の脳科学』、『科学者という仕事』、『遺伝子・脳・言語』、『脳の言語地図』『脳でわかるサイエンス① ことばの冒険』などがある。Palmのころからあらゆる電子書籍リーダーを試してきた人物でもある)

まつもと :酒井先生、本日はよろしくお願い致します。実は私、こんな本を書いたこともあり、電子書籍を積極的に勧めている立場だったりします。


『スマート読書入門』松本淳(技術評論社)

酒井 :(本を手に取りながら)なるほど。よろしくお願いします。

まつもと :私が考える電子書籍の良さ、と先生が『脳を創る読書』で述べている、紙の本の良さと電子書籍に足りないところといったお話には、温度差もあります。今回、インタビューを通じてそこを埋めることができると良いのですが……。

酒井 :わかりました。

まつもと :では早速、1つめの質問です。よく「電子書籍だと内容が記憶に残りにくい」と言われたりします。これは科学的な根拠があったりするのでしょうか?

酒井 :まず、科学的なデータがあるかということをいわれると、そういう科学的な調査をしたわけではありません。また調査の方法によっても結果が変わってくると思います。
 「内容を覚えていますか?」という割と表面的な聞き方をすると、ほとんど変わらないかもしれない。けれども意外と、頭に自動的に残ってくるような「言い回し」とか、「ちょっと気になるような表現」とか、そういうものをターゲットにして調べると、差が出てくるかもしれませんね。

まつもと :なるほど。

酒井 :仮にそうだとすると、紙のほうが「手がかりが豊富にある」ということなんですよ。

まつもと :手がかり?

酒井 :我々は気にしていないようでいて、実は脳はたくさんの特徴を頭の中に刻み込んでいるんです。
 例えば本棚の中に沢山の本があって、そこに目当ての1冊が隠れていても、様々な特徴の記憶からあそこのあの本っていうふうにわかるぐらいに、です。実は我々の脳は自動的に相当たくさんの情報を記憶している。
 だから電子書籍になって、これは余分だろうと思って排除されたことによって、実は記憶の手がかりを失っているという可能性は、充分ありうることなんですね。

まつもと :ふむふむ。電子書籍でそぎ落とされた情報については、後ほど詳しく伺うとして、文字情報以外の――例えばページの厚みとか重さといったものも記憶定着の要素として大切、ということですね。認知科学の世界で最近注目されている「身体性」(体という物理的な存在が周囲の環境と相互に作用し、学習・知識構築を行う様)にも通じるものなのでしょうか?

酒井 :そうですね。ただ、「身体性」といういい方は、確かに流行しているけれど、僕はあまり使わないんです。身体性を完全に取り除いたとしても、おそらく視覚的な記憶の手がかりだけでも、相当あるだろうと考えているからです。視覚的なインプットは人間にとってかなり強いものなんです。

まつもと :なるほど。

酒井 :ページをめくっていくと、このレイアウトのなかのだいたいこの辺りに書いてあった――という具合に、非常に自然に頭に入っているものなんです。だから、そういう量的な手がかりというのは、身体性だけではなくて、明らかに視覚的な手がかりが入っている。もちろん電子書籍でスクロールバーなどによって、現在の位置というのが記憶に定着するような形でわかればいいんだけど……。

まつもと :キンドルなどでは画面の下にこういった表示がでますね。



画面下に「いまどの辺りを読んでいるのか」が数字と共に表示されています。一応視覚情報としては存在している訳ですが?

酒井 :そうですね。その表示や状態に慣れることで、脳の中でそれら(ページと内容)の情報が結び付くようになれば良いんですが。そしてページ単位で、このページのここからその行が必ず始まる、という風になっていればという前提が求められます。

まつもと :なるほど。リフロー(文字の大きさなどによって、自動的に行送りやページ送りが変わる機能)によって、脳の中で記憶の手がかりとなるそれらの情報が失われてしまう、ということですね。



端末ごとに異なる画面の大きさに表示を自動的に合わせたり、あるいは視力が落ちた人でもスムースに読書ができるようになる機能ではありますが、かえって記憶の定着の妨げになる、ということですね。

酒井 :ええ。これを覚えようと考えて行われる“意識的な記憶”じゃなく、“無意識的な記憶”が相当あるんです。我々はそれを覚えたという意識がないので、覚えた気にもなってないけど、実は覚えていた――ということに、あとから気付けることが大事ですね。
 だから本を読んでいる途中に、「活字をもうちょっと大きくして読みたい」と思って、表示を変更した時に、ページの割り付けもオートマチックに変わるのは、すごいことなんだけど、一方で、前に読んだところの手がかりが全部失われているということを、本人は気付いていない。
 文字の表示は大きくなったんだけど、前よりもちょっと読みにくくなった感じがしたり、字は大きいんだけど、行送りがなんだか不自然で、内容が掴みにくいということが起こってくる。

まつもと :現状はビューワの側でそれを調整したりしますよね。

酒井 :ところがその調整が上手く行ってないことも多くて、改行や段落、文頭の一字下げというのは、全て大切なリズム感を持っているのですが、それが失われてしまう。

まつもと :たしかにレイアウトは表現の一部ですね。

酒井 :作家がレイアウトも含めて工夫を凝らしたのに、電子化する際に全部失われてしまうこともあります。その結果、便利なはずの電子書籍がかえって読みづらいものになるんです。僕自身、著者としてそういう細かいところも隅々までチェックしていますから。それが電子書籍で最終的にどんな表示になってしまうのか分からない、というのは困ります。

電子書籍の進化はWebページの進化にも似る

まつもと :しかし、これだけ電子書籍に注目が集まっていて、国内外で様々なサービスが生まれているにも関わらず、そういったとても根本的なところで従来の紙の本に対する弱みがある訳ですね。あとで伺う電子教科書の議論にも影響しそうな話です。

酒井 :人間の脳は大昔にデザインされたものですから、それ自体は大きくは変わりません。 ただ、日常的に電子書籍に触れることによって、どんどん適応をしていくのです。逆に適応してしまって、今までの読書スタイルが変わってしまうことも。いい場合も悪い場合もあるとは言えますが。
 とはいえ、色々試してみるのは、やっぱり良いことだと思います。私もそうやっていろいろな電子書籍に実際触れて、何が足らないのかということが分かった。問題を意識しながら読むことができるようになった訳ですね。その結果、これはやっぱり紙の本で読もうとか、これは電子書籍でもサクサク読めるとか、そんな使い分けが大切だと考えるようになりました。

まつもと :電子書籍の世界では、書籍の本文(コンテンツ)の部分と、それをどう表現するかという、ビューワの部分を分けて考えた方が良いという意見があります。
※参考記事リンク※ 先生が言う見え方の問題については、脳に対する見え方=視覚情報を提供するビューワの進化が、求められるのではないかなと、お話をうかがっていると感じます。

酒井 :ただそこはちょっと発想を変える必要があるんじゃないかと。やっぱり本というのは、今までは個別性があって、トータルにデザインされてきましたから、リーダーとコンテンツで分けちゃうっていう発想は、やっぱり本の個性を殺しているのではないかという危惧があります。
 だからむしろ、この本にはこの見せ方しかしない、というような個別性をそのリーダーのほうで読み取って表現するような仕組みになっていて、どんな人がどんなリーダーを使おうと、結局そのフォーマットは保たれる方が良いのではないでしょうか?
 そうすることによって、ページ割りも含めた個性・味・本のデザインというのが、最終的な表現の手段にもなりうるというふうになっていれば、電子書籍を作る側も、やり甲斐があるのではないかと。
 例えば図版が問題と解答という具合に二つ並んでいて、めくって初めて答えが出る、みたいなレイアウトにしているのに、電子書籍では、二つ並んでしまったりする。

まつもと :紙の本をスキャンして作られる自炊型の電子書籍以外ではそういうことも起こりえますね。

酒井 :実は、そういうところにも表現の幅はすごくあるんです。いわゆるパズル集とかクイズ集みたいな場合には、そこはとてもクリティカルです。答えが同じページで見えてしまったら、おもしろみがなくなってしまう。まあ紙と違って電子書籍であれば、「紙が透けて答えが見えてしまう」ということもなくなりますが(笑)。

まつもと :そうですね(笑)。

酒井 :そういう特徴を使って、むしろ新しい表現媒体として、作り手がデザインする時に、これはおもしろそうだというふうになるのは大事ですからね。先ほどのようにデザインした結果がどうなるのか分からなければ、やる気も出ないわけです。

まつもと :インターネットの世界では、コンテンツとは別に固定で見せたい表現を定義して、それを読み取って表現するスタイルシートという仕組みを使うことが、主流になっています。コンテンツとビューワを分け、かつ、表現のルールを設けることで、先生の言う問題を解決したかなと思います。逆に、バリアフリーの観点からは、文字が小さくて読めないので大きくしたいという場合には、ユーザーが明示的な操作を行ってブラウザ=ビューワ側で、設定を変えれば大きくもできる。本来のレイアウトは崩れますがユーザーの任意の操作によるものであるわけです。

酒井 :そうですね。ユーザーが決められるのであれば仕方がない部分もあるし、メリットもあると思います。

まつもと :お話を伺っていると、極めてWebページの進化と近い話だと感じます。

酒井 :ただ、携帯性を求められる電子書籍の制約の一つは、画面の大きさがパソコンに比べてもどうしても小さくなります。その中で知恵を絞って表現を織り込まなければなりません。