まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍 第9回 脳科学者に聞く「紙の本vs.電子書籍」

2012/5/9

ハイスペックな紙という媒体

まつもと :文字を脳がどう認識していて、電子書籍はどんな影響をそこに与えるのか、についてもお話をうかがっていきたいと思います。
 『脳を創る読書』の中では、PDFなどを画面でチェックしても文章の誤りを見つけられないのに、紙に印刷したものだとそれを見つけやすくなる、というお話が紹介されています。これは私も同じような経験をしたことがありますね。

酒井 :これは多くの人が経験していると思います。元々自分の書いたものだと、明らかに何が書かれているのかわかっているわけですよね。それ読み直すので、当然細かいところは、飛ばしちゃって、どんどん先読みできちゃうわけです。

まつもと :それは紙であっても画面であっても、ということですね?

酒井 :基本はどちらでもですね。ところが画面の場合、ちょっと考える前に、もうどんどんスクロールしたり、ページを自分で変えてしまうことができる。それで発見が遅れますね。もともとそれが利点でもあるわけですが。

 でも紙なら、ずっと目の前にあり続ける。今ある部分をチェックしていても、「あれ? ちょっと待って、さっきのは……」という具合に、すぐ目がいく。画面だと、もう画面の外に消えてしまっているので、そういうわけにいかないですよね。

 ところが、人間の脳は不思議なもので、今読んでいる部分、つまり網膜に映っている部分以外は、ほとんど焦点が合ってなくて文字が読めないにも関わらず、脳は何か特徴をつかんで、「あれ? 何か変だぞ」っていうことを、知らせてくれるんです。

まつもと :平たく言うと記憶に残っている、ということですか?

酒井 :いまお話ししたような「注意の処理」というのは、基本的シリアル・サーチ=直列処理なんですね。ところが脳のほうは、あらゆるものを並列に処理できる能力がある。

 読んでいるという明確な意識がなくても、脳のほうは前に読んだところに引っかかりを感じて内容を取ろうとしてたりとか、視覚野のほうで、ちょっと印象的なところに焦点が留まって、「あれ? それって間違いじゃないかな」と、実は意識にのぼらないところで、いろんなことをマルチタスクでやっている。

まつもと :最近はiPadで画面をスクロールさせながら、かなり紙と近い感覚で文書をチェックしたりすることのできるアプリも出てきてはいますが……。新しいiPadだと印刷物に匹敵する解像度を備えています。

酒井 :そうであってもですね、やっぱり紙の場合、好きなところでこうやって(紙をテーブルの上に2枚、3枚と広げながら)2倍、3倍へと拡げることができる(笑)。これとここをこう読み比べてとか、そういう作業を素早くダイナミックにできる。 まあ、パソコンでももちろんウインドウをたくさん開けばいいんだろうけど、紙の方が直感的かつ柔軟に行えますよね。

まつもと :たしかに。iPadも大画面ディスプレイもそれには敵いません(笑)。インターネット業界や電子書籍を手がけている人にお話をうかがうと、ほんとに、紙は素晴らしすぎて、困るっていうふうにおっしゃる。スペックが高すぎるっていう。

酒井 :そうなんです。

まつもと :iPadのように今端末も進化を続けているけれども、まだおよばないというのは事実ですね。

脳は視覚的な違和感を見逃せない

まつもと :日本で海外よりも電子書籍の普及が遅れている理由のひとつとして、言語(日本語)の持つ独自性がかなり影響していますね。

酒井 :個別性が非常に高いということですね。わたしのように理系の研究者は、横書きにも慣れているけれど、日本での縦書き・横書きの違いというのは、非常に独得なものです。
 僕自身もかつて電子書籍端末で、縦書きの本を横書きに切り替えて楽しんで見たけれど、やっぱり違和感があり、すぐに止めてしまいました。横書きで俳句を詠んでもなかなか味わうことができないように、我々日本人にはその感覚はごく自然です。でも欧米の人にはちょっとわからないでしょうね。経験・文化の一つとして染みついているので、脳は敏感にそういうものも感じ取ってしまう。1つ例を見せましょう。


 

これみてどう感じますか?

まつもと :お手洗いのサインに見えますけど、ヘンな感じは受けますね。

酒井 :形と色の組み合わせが逆になっただけなのに、これを実際にトイレの前に貼り出しておいたら、きっと戸惑う人が多いはずです。

まつもと :子供の頃からある内容に対してはこういう表現が自然だ、というある意味刷り込みがあるわけですね。

酒井 :そうです。デザイナーが形で「男はこっちで女はこっち」というふうに書いたとしても、たぶん9割以上の人が、これを見ただけで、瞬間的に女性は赤い方を選ぶでしょう。形じゃなくて色を見ている。色と形は、脳にとっては完全に等価で、どういう置き換えも可能なのにもかかわらず、人間は実は色を手がかりにしているんです。デザイナーや技術者がそのことを意識せずにデザインをしてしまうと、使い手にすごく違和感が残ることになる。

まつもと :縦書き・横書きの問題もその一環ですね。

酒井 :小説なんかでも、縦書きが当たり前と思っているのに、横書きで読まされたら、読めるんだけど、認知や内容の理解に影響を与えるでしょう。

脳は漢字もしっかり見ている

まつもと :いまのお話は文字組みだけでなく、文字そのものにも通じる話ですね。『脳を創る読書』の中では、夏目漱石が「子供」と「小供」を使い分けていたという逸話を挙げておられました。Webや電子書籍の世界でも旧字体、外字をどう扱うかというのは確かにずっと課題としてあります。

酒井 :文字そのものは、人間がデザインしたものなので、そこに自然科学的な法則を見出すのは難しいと思います。ただ、人間が自由に作ることができる分、文字それぞれの個性が、どんどん増えるわけです。そこに思いを込めたり、独特の表現が生まれてくる。例えば名前1つとっても、字が旧字かどうかで印象が異なる訳です。僕の名前もそうなんですが……



正しいのは横棒が三本まっすぐな方なんですが、右の方はやっぱりちょっと違うなという感じを受ける。「さけ」という漢字もワープロで打つと、こんな風に(写真一番右)出てきたりする。


 

まつもと :画面の解像度の問題で、画数が多い感じは省略体になっていたりしますよね。

酒井 :ただ、ワープロで打つ時、この字を出すほうがしんどいと思うんです(笑)。それでも年賀状でこれが来たりする。漢字も個性なんですよね。私の名前の「嘉」の方も、「喜」にしてしまったら私じゃないんですよ、明らかに。

まつもと :日本の漢字には本当にバリエーションがあって、デジタル側としては確かに悩ましいところです。

酒井 :でも、そのバリエーションは捨てていいものではなくて、残さなきゃいけない。それは文化であり、個別性、多様性といった情報を持っているからです。それを電子化の際、落とされてしまうのはまずい。逆に電子化にあたってそういったものを大切だと考えて、対応していこうという動きはすごく大切だと思います。