「美容はモテでも若返りのためでもない、自分にやさしくする練習だ」反骨の美容ライターがすべての女性におくる“フェミニズム”エッセイ【読書日記6冊目】

文芸・カルチャー

公開日:2019/9/2

2019年7月某日

 とある対談記事の取材をする前、私は美容室に来ていた。美容室といっても、頭を真っ赤に染めてもらうほうの美容室ではなくて、ヘアメイクのほう。対談の前も、イベントの前も、プロフィール写真を撮る前も、デートの前も、初めてクラブに行ったときも、私はいつも美容室でヘアメイクをしてもらってきた。眉毛も自分で整える自信がなくて、2週間に1回のペースで眉カットにも通っている。

 プロに手をかけてもらうと仕上がりが実際違うとは思うし、何よりその事実が私を支える背骨になってくれる。ときどきお任せしたメイクが派手すぎたり、自分好みでなかったりすることもあるけれど、自分がしたメイクでは大事な場面で勝負しに行けない。自分の化粧に自信がない。

 スキンケアもよくわからない。Twitterで「スキンケアをしてから眠る私えらい」という類の投稿を見ただけで、その人と、その人に“いいね”している人をミュートしてしまうほどにコンプレックスがある。そして、そんなことをしている自分にもガッカリしながらメイクしたまま寝てしまう。

 そう思うくらいなら、自分も努力すれば良いのだけど、次から次へと新しく商品や情報が登場し「こんなメイクは時代遅れ!」「お金をかけなければきれいになれない!」などと煽るようなキャッチコピーを見ていると心が折れて、メイクなんて適当な自己流でいいかという気がしてくる。負け戦をするくらいなら万年補欠でいたい。

 それでも一度、ベーシックなメイクの仕方は知っておいたほうがよいかなと思っていた矢先、当時付き合っていた風の男の子に「なんかもっとちゃんとメイクとかしたほうがいいんじゃない? 〇〇さんもメイク講座通ってきれいになったし」と言われたことがある。カチンと来て、30,000円のメイク講座に通い始めたけれど、何かが劇的に変わったという実感もなく、美容部員さんとの居心地の悪い時間を消費するだけの徒労に終わった。

 メイク講座を勧めてきた男の子も悪いと思ったのか、「最近きれいになったよね」としきりに言うようになり、当時の私も好き好き大好き超愛してるモードだったので安い言葉に脳みそをドロドロ溶かして浮かれていたけれど、自分ではなく好きな男のテンションを上げるために払った30,000円はやっぱり高かったなと思う。30,000円あったら、1カ月間はバーミヤンのおつまみセットで豪遊できる。何だか思い出したらムカついてきた。今からでもいいのでバーミヤンを奢るか30,000円ください。

 そんな美容に対するコンプレックスと恐怖心のかたまりのような私が手に取ったのは、美容ライターの長田杏奈さんによるエッセイ集『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)だ。発売直後から話題になっていたのだけど、正直なところ私は最初、絶対に手に取るまいと思っていた。美容本の多くは美容に詳しい人が知識をひけらかして「そんなんだからあなたはダメ!」とマウントをとるか、「ありのままのあなたが美しい」と根拠のない励ましをしてくる。だからこの本もそうに違いないと決めつけて斜に構えていた。でも、『日本のヤバい女の子』を描かれたはらだ有彩さん(※最近続編が刊行されました)がTwitterで感想を書いていたのを見て、ちょっと読んでみようかなという気持ちになって、勇気を出して買ってみた。

 恐る恐るページを手繰って読んだ『美容は自尊心の筋トレ』は、私が知っている美容本とは全く違っていた。

 この本の読みどころはまず、各エッセイのタイトルにある。

「『見た目が9割』だったら警察いらない」
「クラス1の美人とも交換したくない顔」
「SNSは人目を気にしないための壁打ち」
「死ぬほど好き♡でも自尊心は委ねるな」

 などと、スカッとするようなパワーワードが並ぶ。

 目次を読むだけでも元気が出てくるけれど、中身はこのパワーワードの羅列だと思ってくれていい。

 私がとりわけ好きだったのは「本当にあった、写真に写らない美しさの話」の中にある、この部分だ。

そして、実は目に見えてる美しさが写らなくて、歯がゆいことは、公私共によくある。ただ、単に写真うつりが悪いという話ではなく、写真では捉えきれない魅力が溢れているんだなと解釈している。鏡の中の自分がパッとしないなと思ったとき、写真に写った自分が期待外れだったときは、鏡も写真も信じなくてオッケーだと思う。ましてや、電車の窓をや。

 私はこの一文を読んで、まだ見ぬ長田さんが大好きになり、忠誠を誓ってしまった。こんなことを言える美容ライターは未だかつていただろうか。以後、長田さんのことは勝手に“美の姉御”と呼ばせていただいている。

 それから、この本がすごいのは美の観点から女性が陥りがちな呪いに切り込み、毒素をデトックスしてくれるところだ。

 先の「死ぬほど好き♡でも自尊心は委ねるな」の中では、恋愛の相手に自分の価値づけを求めてしまう女性に対する叱咤激励が、「母で妻で女で、それで?役割スタンプラリーからの卒業」では“の母になったら母らしいメイクを”というように、役割や肩書とメイクを紐づけて押しつける世間の風潮に真っ向から戦いを挑んでいる。

 ときに鋭い指摘をしながらも、そのスタンスに奢りはなく一貫してやさしい。自分のちょっと先を生きるお姉さん友達が「いつまで落ち込んでいるの? こっちに来なよ、楽しいよ」と手を振って待っていてくれているような感じだ。

 今まで幾度となく「ありのままのあなたが美しい」というフレーズに触れてきたけれど、1ミリも心が動くことはなかった。世の中に数多いる美しい人を前にして、ありのままの自分が美しいと思えるまでの間には崖ほどの大きな溝がある。その溝の上に丁寧に根拠やエピソードで作られた橋を架けて、向こう岸に渡してくれる人がいなかった。それをしてくれたのが長田さんだった。著作の中でも書かれていたように、これは美容本の形式をとったエンパワメント系のフェミニズム本だ。

「できましたよ」

 そう言われて鏡を見ると、髪の毛も化粧も盛りに盛られた私がいた。化粧はケバケバでちょっと怖いし、髪の毛なんか赤い鳥の巣みたいで、美容師さんには悪いけど笑いをこらえるのに必死だった。これはこれで悪くないかもしれない。でも、ちょっとやりすぎで、私が自分でメイクをしたほうがよかったかもと思った。

 後日、大好きなお友達から誕生日にもらったアイシャドウのカラーパレットを開いてみた。色とりどりのアイシャドウを全部自分のために使っていいんだと思ったらワクワクした。赤を多めに乗せて、オレンジも重ねてみると風合いが変わる。私はこれ以上にないくらいに自分の顔に夢中になって、鏡越しの自分を見つめた。

 出来上がったメイクはやっぱりへたくそだったけれど、どこをどうしたら可愛くなるのか、もっといろいろ試してみたいと思えた。明日もお化粧をするのが楽しみだなと思いながら、いつもより丁寧にメイクを落として、珍しくパックをして眠った。

文=佐々木ののか バナー写真=Atsutomo Hino 写真=なかむらしんたろう

【筆者プロフィール】
ささき・ののか
文筆家。「家族と性愛」をテーマとした、取材・エッセイなどの執筆をメインに映像の構成・ディレクションなどジャンルを越境した活動をしている。Twitter:@sasakinonoka