裸やないか…「王様の選択」『ショートフィルムズ』⑤

文芸・カルチャー

2019/9/5

『ショートフィルムズ』(ブックショート/学研プラス)

ブックショート(米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジアが展開する短編小説公募プロジェクト)とのコラボレーションした、書籍『ショートフィルムズ』。感動的な短編映画を観たような読後感の、傑作短編全25話を収録! 本書への入り口は、セリフのないサイレントマンガで始まる。マンガは各短編の合間に入り、物語全体をひとつの世界につなぎ、最後に驚きの結末が…。

王様の選択

「裸やないか」

 姿見の前で、王様は1人でつぶやいた。青と白のストライプのパンツに、シシャモのような腹が乗っかっている。正面や横だけでなく、様々なポーズをとるが、王様の表情は晴れない。

「どないしよう」

 真剣な面持ちで、パンツ1丁の王様が衣装室の中をうろつき始めた。

「しっかり靴を履いて、王冠まで被っているのが逆に寒いわ。裸やん。どう見たって。これでパレードに出るのはあかん。ジム行っとけばよかったわって、そういう問題違うな。裸で街を練り歩く王様についていこうなんて思う民、おるわけないやん。速攻、引っ越されてまう。

 そうなってもうたら人口が減って、農業やら産業がにっちもさっちもいかへんことになって国が滅んでまう。そしたら、食べるものも着るものもなくなって国が裸になってまう。

 それはあかん。みんなが不幸になる。そんなの王様失格や。どないしよ。もういつもの服に着替えようかな。でもな……。わざわざ誕生日パレードをやってくれるんやしな……。欲かいて騙されたのが悪いのは分かっとるけど……。あのペテン師ほんまに」

 王様が姿見の前で立ち止まると、ドアをノックする音がした。

「はい」

 王様の様子をうかがいに、メガネをかけたロマンスグレーのおじいさん大臣が衣装室にやってきた。

「王様、御仕度の具合はいかがでしょうか?」

「ま、まぁ。なぁ、改めて聞きたいんやけど、ほんまに似合ってるかな?」

 大臣は下を向いた。

「はい。大変お似合いでございます」

「ほんまに?」

「はい」

「ほんなら、なんでこっち見いひんの? 目、見て言ってや」

「畏れ多くございます」

「なんでやねん。いっつも見てるやん。なぁ」

 大臣はゆっくりと顔を上げ、王様と目を合わせて微笑んだ。

「大変お似合いでございます」

 そう言うと、すぐに再び下を向いた。

「ありがとう。最初にな、機織り職人の作業を確認してくれたの覚えてる?」

「はい」

「そん時、ええ感じやって報告してくれたやん?」

「はい」

 背中を汗の玉がつたったのか、大臣の背筋がヒュンとのびた。

「その時と比べてどう?」

「どう、と申しますと?」

 王様が両手を広げるとお腹が牛乳プリンのように揺れた。

「デザインとか柄とかどんな具合かなって」

「大変結構なものでございます」

 王様は自分の裸体を隠すように胸の前で腕を組んだ。

「ちょっと、1つええかな?」

 大臣は油の切れたロボットみたいに膝を折ろうとした。

「ちょ待ち、膝悪いんやから、そんなことせんでええ」

「申し訳ございません。何なりとお申し付けください」

 大臣は頭を下げた。

「訊きたいんやけど、俺、裸ちゃう?」

 大臣は耳をピクリと動かしただけで、頭を下げたまま答えない。王様も大臣の反応を待つが、大臣は一向に頭を上げる様子がない。沈黙が衣装室を支配し、それに耐え切れず、王様は頭を掻いた。

「なーんちゃって。驚いた? 変なこと訊いてもうたな」

「いえ。ただ……」

「ただ?」

「王様は決してお1人でありません。民も王様を慕っております」

 そう言って、大臣は顔を上げることなく去って行った。

 ふたたび1人になった王様は大きく息を吐いた。

「めっちゃ空気重かった。ごっつ気ぃつこてたやん。分かってはるんやろうけど、言えへんやろうな……。逆だったら俺も言えへんもん。だってあれだけ、みんなが口々に絶賛したら『俺だけ見えてへんとか思われたらヤバい』って思うもん。そいで、俺も言うに言えなくて、ノリで『ええな』とかアホみたいに言うてもうたのが決定打やったな。俺が言うたら、他のみんなも『何にも着てないやん。裸やん』って言えへんもん。俺だけに見えへんとかじゃなくて、やっぱり裸やろうな」

 王様は手のひらで全身をさすった。

「寒いもん。さぶいぼ出とるし。どないしよ。服着よかな。そういや、サラの肌着あったから、それ着とこかな。あのペテン師のボケたちは、ほんまシバくとして、誰か言うてくれへんかな。でも、俺も一国一城の主やし、この土壇場を乗り切れるかの試練のような気もするし」

 王様は1人でうなずいた。

「よっしゃ、着るぞ。アホと思われるよりマシや」

 王様がクローゼットにかけてあるシャツに手を伸ばすと、ドアをノックする音が響いた。

「はい。あ、まぁとりあえずこのままでええか」

 若くて真面目そうなパレードの進行役が、王様を呼びにやってきた。

「王様、そろそろご出発のお時間でございます」

「そっか、ありがとう。ちょっとええかな?」

 進行役が衣装室の中に入り、王様の前にひざまずいた。

「もうみんなも準備できとるの?」

「はい。大勢の民が王様をお待ちしております」

「いっぱい?」

「はい、今日は素晴らしいお天気ですし、衣装の評判が評判を呼んでおります」

「マジで? ヤバいな。今からキャンセルできひんよね?」

 進行役が返事をする前に、ありえないといった表情を浮かべたのを王様は見逃さなかった。

「ウソ、ウソ。冗談やん」

 王様が誤魔化すように笑うと、進行役も一緒に笑った。

「よかった。そんなことになってしまったら、暴動さえ起きかねませんから」

「マジか……。さっき大臣にも訊いたんやけど、1つええかな?」

 進行役は顔を引き締めた。

「俺、裸ちゃう?」

 進行役は真剣な表情のまま固まってしまい、眉ひとつ動かさない。王様も進行役をじっと見て、まるで時間が止まったかのよう。それに耐えきれなくなった王様が口を開いた。

「なーんちゃって。冗談やで、冗談」

 進行役は胸をなでおろした。

「よかった……。あ、あの、しかし、王様」

「何?」

「申し訳ございません。何でもございません。お忘れ下さい」

 そう言って、進行役は足早に衣装室から出て行った。

 王様が姿見に映る自分をにらんでいる。

「俺がアホやったな。アホに思われたなくて、『素晴らしい布や』とか抜かしたから、みんなが困ってもうた。本当のアホや。ボケや。王様失格や」

 王様は出窓に向かい、外を見下ろした。

「うわっ、めっちゃ集まっとる」

 王様は現実逃避をして、雲ひとつない青空を見上げた。

「雨、降らへんかな」

 王様の耳に王様の登場を待ちわびる人々の賑やかな声が届いた。みんな、心待ちにしている様子だ。王様が再び、人々のほうを見ると、みんな楽しそうに笑顔を浮かべている。

「やらなあかんな……。アホな俺を見てもろて、アホな俺をさらすしかないんや。そいでみんなが笑ってくれるならラッキーや。でも、何にも言わずにみんな去っていくかもしれん。そうなったら……そうなる前に責任は取る。まずは今や。よっしゃ」

 王様は顔面を3回強く叩き、頬を赤くし、大きく息を吐いてドアに向かった。

 ドアを開けると1匹の白猫が王様の足元をすり抜けて中に入った。猫は王様を一瞥しただけで出窓から外を眺めた。陽が当たり気持ちよさそうだ。全身が白銀のように輝いている。

「なあ、俺を見ても驚かへんの?」

 猫は王様のほうへと顔を動かすと、そのまま寝転んでしまった。

「ええなぁ。俺も一緒に寝たいわ。あ、行かなあかん」

 王様は1度、あくびをすると、部屋を出て行った。一方、猫は、王様の背中を寝転んだまま見送った。

 通りは、素晴らしいと評判の王様の衣装を一目見ようと大勢の人々が集まり、今や遅しと登場を待ちわびている。

「うわっ、熱気がやばい……」

「王様、参りましょう」

と進行役が声をかけた。

「お、おう。せやな。行こか」

と王様の掛け声でパレードが始まった。

 どこからどう見ても裸の王様の登場に人々は驚いたが、頑張って声をかけた。

 お、お似合いです! す、素敵! い、色男!

「みんな、すまんな。ありがとう。みんなの優しさに泣きそうや。こんな俺やのに」

 王様が涙を隠そうと下を向くと、進行役が足を止め、パレードが足踏み状態となった。

「どうしたん?」

 そう尋ねながら王様は顔を上げ、前を見ると、おじいさん大臣がパンツ1丁で立っていた。驚いて王様は進行役の前に出た。

「な、何してん!」

「王様! 実は私も衣装を新調しましたー!」

 大臣は両手を広げ、くるりと1回転した。

「どうですか? 王様!」

 王様が何かを言う前に、女性の悲鳴が響いた。家来たちがいっせいに服を脱ぎ始めていた。

 私も! 私も! 私も! そう言いながら、家来たちもパンツ1丁になった。

「みんな……」

 王様の視界は涙でぼやけた。そして、別の方向から女性の悲鳴が響いた。そちらを見ると、町の人々も服を脱ぎ始めていた。

 わしも! 俺も! あたしも! うちも! 僕も! ワン! ニャー! 老いも若きも男も女も、みんな下着姿になった。

「みんな……。ありがとう。ほんまにありがとう」

 王様がそう叫ぶと、一瞬の静寂が訪れた。それを破るように、子どもの声が響いた。

「王様は裸や! みんな裸や!」

 王様も負けじとその子に言い返した。

「君も裸やないか!」

 大きな拍手と大きな笑い声が巻き起こった。

 それから、王様はいっそう仕事に熱心になり、この国の人々のために尽くした。

 人々も王様を愛し続け、今では年に1度、裸で町を練り歩くお祭りが開かれている。

(作 室市雅則)

表紙写真:岩倉しおり

続きは本書でお楽しみください。