『週刊ツリメ』「引退競走馬の行方ってYouTuberと一緒なのかな?」

エンタメ

2019/9/25

 自分はいつYouTuberを引退するのだろうか。ふと考える日がある。おじいちゃんになって身体的にベストパフォーマンスを発揮するのが難しくなった時なのか。若しくは精神的な問題によるやる気の欠如。

 芸能人、スポーツ選手、様々な人の引退会見を観る度にとこんな感情に巡り会う。

「引退後に今までやってきた以上のモチベーションを抱く、取り組みが出来るのか? そこに生きる希望ってあるのかな?」って。というのも自分がまだ現役バリバリで活動しているから、そこに情熱を注げるのか疑問なのだ。

 それは人間に限らず動物にも言える。今回は何故、引退の話題を持ってきたかと言うと、とある見出しに目が止まったからなのだ。

「引退競走馬の第二の人生」

 一時期、YouTubeで競馬を少し観ていた時期はあった。別に知識もなく正直に言うと競馬に関して詳しい訳ではない。ただ馬の競争に燃える自分が居たのだ。クロフネって海賊船みたいな馬がいるのだ。その馬の独走したレースを観たのが最初。まるで白馬に乗った王子様以上の王子様だ。あいつが小学校に居たらクラスの女の子を全員虜に出来るなってくらい俊足を持つ競走馬だ。

 今回の記事は山梨県北上市のある牧場施設が、引退した競走馬さんを年間約100頭再強調し、乗馬クラブに引き渡しているって話だ。そこで驚いた一文があった。

「2.3歳でデビューし、多くが5歳までに競走馬登録を抹消される」と。

 年間で約7000頭も生まれる競走馬さん達は、怪我や事故により引退を余儀なくされるのだ。飼育に費用が掛かるから殺処分される、というケースも少なくないらしい。

 この馬さん達は自ら命を経とうとした訳ではない。人間の都合によって処分されたのだ。

 フリーが売りのYouTuberと競走馬の立場は少し似ている部分があると感じだ。YouTubeシーンにおいて、有名になろうと動画を投稿する人々が沢山いる。その中でもほんの数パーセントしか視聴者から注目されない業界だ。さらに数パーセントのごく一部しか上位には行けない。まさにいばらの道だ。

 すぐに結果が数字で現れる事はない。地道で重労働の環境だ。飯が食える様になるのに5年じゃ足りないも知れない。観られない者は、このYouTubeの世界では生きながらにして死んでいるようなものだと言えるかもしれない。天と地との差が激しい故に、その有り様を残酷だと捉える人も居る筈だ。いっそ処分された方が幸せなんじゃないかと思ってしまう。

 酷な世界だよ、ここは。ただそれが面白いから僕は居るが、いつかきっと自分も注目されない日が訪れる。引退の2文字を掲げるのか、それとも耐えてまたスポットライトが当たる日々を手に入れるかの二択。この窮地に立たされる日が来ると思うと興奮するのだ。

 絶望や悲しみも味わう。それと同じくらい幸せも感じるんだ。今も執筆してる時でさえ、気持ちが高ぶっているからね。いやぁ、多分僕は変態です。

 競走馬として生まれた馬にも競走に向いてない馬が居たとしよう。きっと、僕もそっち側のYouTuberだ。憧れを抱き、好きで始めた事だからいつ挫けるのかが問題だ。

 だから自分の引退ってカメラを投げ捨てた時かな。でもiPhoneって録画機能あるしな。一応カメラだしそれも投げなきゃいけなのか。それは生活に支障をきたす。やっぱ引退は却下でお願いしたい。あと第一線で活躍出来なくてものんびりYouTube生活できたらいいや。引退後とか考えるのがナンセンスだよな。美味しいご飯を美味しいと思える人生送れたら合格にしよう。