非難されるべき性癖を持ってしまったら、どうなるのか――。中学生の私に、倒錯した性を教えてくれたホラー小説【読書日記10冊目】

文芸・カルチャー

公開日:2019/10/28

2004年1月某日

 この間、図書館に行ったら新書コーナーに面白そうな本が置いてあったので借りてきました。『姉飼(あねかい)』(KADOKAWA)という作品です。表紙からしておどろおどろしい本で、サスペンスホラーという種類の小説なのだといいます。

 図書館に行ったのは、定期テスト前に勉強をするためだったので、こんな面白そうな本に出会ってしまったのはちょっと計算外でした。お母さんには「試験が終わってから読んだほうがいいんじゃないの?」と言われましたが、丸一日経ってもあの本のことが頭から離れません。勉強も全く手につかなくなってしまいました。なので、お母さんに断って、珍しく試験前の勉強の手を休めて読み切ってしまうことにしたのです。

 遠藤徹さんという方が書いている『姉飼』は、4つの小説が収録されている短編集です。中でも、本のタイトルにもなっている「姉飼」の章は、「第10回日本ホラー小説大賞」の大賞を受賞しているそうです。

 小説の中に出てくる“姉”というのは、本当のお姉さんのことではなく、“姉”という生き物のことです。ある村の「脂祭り」という祭りの夜に、出店で売られている“姉”。その描かれ方が、本当に気持ち悪くて、それなのに、私は小説の冒頭からすっかり釘付けになってしまいました。

脂祭りの夜、出店で串刺しにされてぎゃあぎゃあ泣き喚いていた姉ら。太い串に胴体のまんなかを貫かれているせいだったのだろう。たしかに、見るからに痛々しげだった。目には涙が溢れ、口のまわりは鼻水と涎でぐしょぐしょ。振り乱した真っ黒い髪の毛は粘液のように空中に溢れだし、うねうねと舞い踊っていた。

 それ以外にも、感触でいうと、ねっとりとした設定が小説の四隅ギチギチに敷き詰められています。「“姉”を虐待するな」と詰め寄った学生が的屋に身体をバラバラに解体されてしまった話、脂祭りの悪臭に耐えかねて自分の吐しゃ物まみれになって気絶する人の話、村で恐れられていて、脳に寄生する「たちわるむし」の話、住人が一家全員草刈鎌で惨殺されたいわくつきの家の話――。そのすべてが気持ち悪いのに、何だかゾクゾクしてしまう自分がいました。そう思ってはいけないと思うのにそう思ってしまう。そういう私が、一番気持ち悪いなと思いました。

 話は“姉”に戻って、太い串に刺されて売られている“姉”は殴られたり刺されたりスタンガンで撃たれたり鞭で打たれたりするのが好きなようでした。反社会勢力が出している的屋で売られていたこともあり、表立って買う人はいませんが、誰もが見入ってしまうような魅力を姉たちは持っています。

 絶対に興味があって見ているのに、「あんなものを見たら目が潰れるぞ」という“大人”の発言をする主人公のお父さんや街の大人たちは、嘘つきだし変だなと思いました。興味があるならば、そう言えばいいのに。私なら買うことはできなくても、「興味はある」とはっきり言ってしまうと思います。

 でも、だから私はクラスで浮いていて友達がいないのかなと思いました。

 世間体などを気にして嘘ばかりつく大人たちに対して主人公は“姉”に夢中になり、それを手に入れるにはどうしたらいいかをずうっと考えて、最終的に“姉”を手に入れることと引き換えに、文字通り人生と魂を明け渡してしまいます。そんな主人公は世間的な成功や“正しさ”からはどんどんかけ離れていきますが、“姉”を手に入れるためにまっすぐ突き進む純粋さはよっぽど尊敬できるし、仲良くなれると思いました。

 でも、明らかに落ちぶれていく主人公に共感してしまう自分が怖くなりました。現実に“姉”は存在しませんが、たとえば人を殴ったり殺したり、それから犯罪になるようなことを人生で最も幸せに思うようになってしまったらと考えると不安で不安で眠れなくなりました。もしかしたら、これを読んだ人は「あー、怖かった。面白かった」と言って、安心して日常に戻っていくのかもしれません。

 でも、私はそんな風に思えなかったのです。私はまだ彼氏というものができたこともないし、ましてやそういう、ちょっと大人の、そういう行為もしたことがないからわからないだけで、本当はそういう欲望の種を持っているかもしれません。その欲望が大きすぎたら、主人公のように人生を捨ててしまうかもしれない。

 実際に私は『姉飼』を読み終えてからしばらくは、“姉”のことしか考えられなくなってしまったのでした。私も主人公と同じように、すでに“姉”の魅力に取り憑かれてしまったのかもしれません。私は一生懸命に“姉”のことを忘れようとしました。主人公の考え方は好きでしたが、生きるのが大変そうなので、私はできるだけまともな生き方をしたいなと思いました。どんな趣味や考えを持っていてもうまく隠して、抑えて、人生を狂わせることなく、平凡でも幸せな暮らしをしたいなと思いました。

 これは後日談ですが、そのときの定期テストは学年1位を初めて逃してしまいました。お母さんには「テスト前にあんな本を読むから」と言われましたが、私はこんなにも心を動かされる本に出会えたのはほとんど初めてだったので、あまり後悔はしていません。ただ、大人になった私が、こういう性的な趣味を持ったり、他人から嫌われるような考え方をしたりしないかは読み終えてしばらく経った今でもずっと不安です。

 大人になった私がこの日記を読んだときにどんな顔をするのかなと思います。30歳くらいになった私は結婚していますか? 子どもは何人いますか? 変な考えとか変わった性的な趣味を持っていませんか? 持っていたとしてもうまく隠して生活できていますか? みんなと同じように、まともな生き方ができていますか?

文=佐々木ののか バナー写真=Atsutomo Hino

【筆者プロフィール】
ささき・ののか
文筆家。「家族と性愛」をテーマとした、取材・エッセイなどの執筆をメインに映像の構成・ディレクションなどジャンルを越境した活動をしている。Twitter:@sasakinonoka