「つまらないけど現実を生きる」or「ベストライフ装置にゆだねる人生」『究極の思考実験 選択を迫られたとき、思考は深まる。』③

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公開日:2019/11/1

  

 たくさんの石を積んだ無人トロッコが、猛スピードで迫ってきた! このままでは、トロッコの進行方向の線路上にいる5人の作業員が危ない。あなたの近くには、線路の進路を切り替えるレバーがある。このレバーを切り替えれば、左の線路上にいる5人の命は助かるが、切り替えた先、右の線路上にも1人の作業員が……! さぁ、どうする!? 思考、命、近未来、倫理に関する究極の2択で、自分で考え自分の答えを導き出す27の思考実験。

ベストな人生

 時は西暦2355年。この時代に生きるあなたは、ある日、こんなCMを目にしました。

「この〝ベストライフ装置〟に身を委ねると、一生目覚めることはありません。あなたの理想……いえ、それ以上の人生を夢の中で体験し続けることができます。一度きりの人生、素晴らしいものにしませんか?」

 詳しく調べてみると、次のような装置であるとわかりました。

 まず、特殊な装置の中に入ります。すると、その人は意識を失い、装置が作り出した夢を見続けます。

 自分の体から生み出されるエネルギーで装置を動かし続ける仕様で、現実の世界で衣食を必要としません。つまり、現実の世界では、生産もしないけれど、消費もしないので、誰にも迷惑はかからないということのようです。

〝ベストライフ装置〟による素晴らしい人生は、その人にとっての素晴らしい人生で、生涯夢を見続けることは確実にわかっています。

 また、2355年に生きているあなたは、生きづらさを感じており、平凡というには足りないくらいの人生を、つまらないと思いながら歩んでいます。

 さて、あなたはこの装置を使用しますか?

解説

「つまらない」現実を生きるのか、「理想の」夢を生きるのか。主観的にみると、どちらも自分が、自分の意思で人生を歩んでいるように感じます。

 ベストライフ装置を利用しても「夢を見ている」とは感じず、ベストライフ装置を使用する前の人生と繋がって、以前と同じように生活を続けている感覚になります。その上で、理想の人生が用意されているのであれば、悩む必要もないように感じられます。

 しかし、私たちはそこに抵抗を感じます。客観的に見て「現実」なのか、「夢」なのかはとても大きな違いで、つまらなくても、うまくいかなくても、自分の力で未来を切り開きたい、自分の人生は自分のものであり、他人に作られるものではないと思うものだからです。

「夢」ではなく、「現実」であることが何より大切だと考える思考は、私たちの中に少なからず備わっているのではないでしょうか。現実でないと、実際に社会に貢献したり、誰かと関わることができませんし、後世に何かを伝えていくことも不可能です。人として生きていくのであれば、「現実」として他人と繋がりたいという欲求は捨てられないでしょう。

 もし、ベストライフ装置の販売員にそれを伝えたなら、「お客様が現実だと思っている今の人生も、夢かもしれませんよ?」というかもしれません。

『胡蝶の夢』という有名な説話があります。紀元前4世紀ごろ、中国の思想家の荘子が、「夢の中で胡蝶となり、ひらひらと飛んでいたところで目が覚めた。私が夢の中で胡蝶になったのか、胡蝶が夢の中で、今、私になっているのか、どちらなのだろうか」と問いかけたというものです。

 私たちは経験から現実と夢を識別して、現実を生きているはずです。それでも、この人生自体が長い夢であるという仮説を覆すことは不可能です。『胡蝶の夢』のように、夢の中では自分が胡蝶であると疑わなかったように、今、あなたが現実であると疑わないこの世界も、本当は夢なのかもしれません。あるいは、より進んだ科学か魔法によって作られたシミュレーションの世界なのかもしれません。そんなわけはないと世界中の人が確信しても、それを証明することはできないのです。

 もし、今の人生が長い夢なのだと仮定した場合、ベストライフ装置は、夢を乗り換える装置であると捉えることができます。今、私たちが見ているのはすでに夢で、また別の夢に乗り換えるのだと思えたなら、ベストライフ装置に対する意識はもっと気軽なものに変化することになります。

 もし、ベストライフ装置が実際に販売されたとしたら、販売員の「お客様が現実だと思っている今の人生も、夢かもしれませんよ?」という言葉は、現実味を持って聞こえてきますね。「もしかしたら、ベストライフ装置を使っている夢の中で、また装置を勧められたのか?」とも思えそうです。

 あなたは、このベストライフ装置を使用したいと考えますか?

<第4回に続く>