この居心地の良さを失いたくはない…「つきあう!?」『無自覚な恋の水槽の中で 6階の厄介な住人たち』⑩

文芸・カルチャー

2019/11/17

『無自覚な恋の水槽の中で 6階の厄介な住人たち』(イアム/KADOKAWA)

「バカだ、俺は。今になって、あの唇の感触を反芻するなんて。こんなに会いたくて、触れたくて仕方ないなんて」嘘が上手なモテ男×空気担当の喪女、おじさま好きの女子大生×DTの美男子大学生…WEB恋愛小説の女王「イアム」による、切なく、苦しく、とびきり甘い、眠れぬ夜の大人のためのラブストーリーに加筆修正をくわえて書籍化!

 塔子は食事を終えると、ふたり分の食器を洗いだした。ご馳走になってばかりで悪いので、「今日は俺が」と言ったけれど、「滅相もございません」と両手で突っぱねられて断られた。

 言われるがままにソファーの一番いい位置に座り、DVDを再生させる。すると、ビールとつまみをすかさずローテーブルに置いた塔子が、「どうぞ、お飲みください」と言って皿洗いに戻っていった。俺はまるでその後に「ご主人様」と聞こえた気がして、ぶんぶんと頭を振った。

 ようやく後片付けを終えてソファーにきた塔子に、俺は場所を空ける。前回は思いきり端と端で座っていたけれど、今回はそこまで極端な距離はない。けれど、乾杯の4文字はまだドモっていた。

「うわ、なんですか? このサメ」

「テングギンザメ。俺もこんなにちゃんと画面で見たの初めて」

「あぁ、これがテングギンザメ。なんか角っていうか、鎧みたい」

 DVDを見ながら、ともに前のめりになる。そして、サメの話題は数十分続いた。互いの図鑑を持ち寄って、どれがどのくらいの大きさでどれだけ牙が鋭いかなど、途中からDVDそっちのけで語り合う。そんな話も酒の肴になって、ビールも進んだ。

 テレビ画面に視線を戻したときにはすでに終わっており、テーブルには空き缶が数本並んでいた。

「あ。そういえば、おばけ信じるほう?」

 白熱した魚討論会の箸休めに、ふと思い出した話題を振ってみる。ナッツをひと粒口に入れた塔子は、

「おばけ……ですか。見たことないから信じてないですけど、でもやっぱり怖いです」

 と言って、ポリ、と遅れて音を立てた。

「なんかね、このマンションに出……」

「やめてくださいよ」

 珍しく間髪入れずに返したので、俺はちょっと面白くなって、

「その部屋が実は」

 と続ける。

「やめてくださいっ!」

 大きな声に口をつぐむと、彼女は少し涙目になっていた。お菊人形みたいな風貌なのに、怖いみたいだ。顔をこわばらせて抗議の表情をしている塔子。

 俺は意外だな、と思いながらも一応反省し、

「ごめん。嘘」

 と言った。本当は嘘じゃないけど。証言者がいるんだけど。

「本当にダメなんです。ひとり暮らしなのに、そんな嘘をついてからかわないでください」

「ごめんて」

 訴えかけてくる塔子に人間らしさというか女の子らしさを感じて、思いのほか可愛かった。怖がりなところまで自分と似ているとは。

「でも、俺が上の部屋にいるって思ったら、ちょっと安心じゃない?」

 塔子は眉間のシワをほんの少し薄めて、俺を見る。

「それにほら、こうやってしょっちゅうここに来てたら、怖さも紛れるでしょ。なんなら毎日来てもいいし」

 さらっと口をついて出た言葉に、会話が止まる。隣同士の俺たちは、しっかりと目を合わせたままで硬直した。

 ……あれ?

 どんどん赤くなる塔子。下心皆無で言ったんだけど、やはりよく考えたら、そう取れなくもない。というか、伊崎さんのアドバイスどおり、今の塔子の思考回路どおり、そう取れてしまうのも無理はない。

「そ、それは……あの……」

 塔子がそう言いながら、視線を外して俯く。またタコみたいになっていて、湯気まで見えそうだ。

「…………」

 その様子を見て、また、穂乃ちゃんの言葉が頭に甦った。あれはたしかに正論だ。

 けれど、気持ちは白黒はっきりしているのにグレーな関係の人たちもいれば、グレーな気持ちのままの恋人たちもいる。状況を直視しないのも、状況を利用するのも、すべては自分に都合がいいからだ。

 恋愛感情はない。でも、この居心地の良さを失いたくはない。

 それならば、いっそ……。

「つきあう?」

「……え?」

「俺と」

 嘘をついてでも、自分の益を追求すればいい。

 

「枦山さん、マジでありがとうございました。おかげで会議、滞りなく終わりました」

「あぁ、いいよいいよ」

 月曜日。会議を終えてデスクに戻る途中、須田が頭を下げに来た。

「どうだった? 飲み会は」

 ちらりと視線を須田に向けて小声で聞くと、

「またハズレでした」

 と、わざと大げさに肩を落としてみせる須田。

「なんなんですかね。出ていく金と見合ってないですよ、マジで。連絡先すら交換してくんないし」

「それ、ハズレじゃなくて空振りっていうんじゃないの?」

「ひでー。てか、彼女さんと会ったんですか? あの日」

 廊下ですれ違った女子社員を横目に、急に小声になる須田。俺は、図らずも現実になってしまったホラ話に、

「あー……うん。……泊まった。二日連続で」

 と、塔子を思い返しながら答える。

「うわ。なんすか、その充実ぶり。てか、そこまで聞いてないんですけど」

「悪かったね」

 充実……。……充実なのか?

 一昨日のことを思い出そうとすると、微妙な心持ちの自分がいる。なんとなく、しっくりこないのだ。

「合コンたまに行ってんの、言いつけてやろ」

「ねえ、さっきの会議の成功、誰のおかげ?」

「やや、おみあしにホコリが、枦山さま」

 そう言って、須田は俺の靴を拭くマネをする。

「〝彼女〟ねぇ……」

 俺はそれを見下ろしながら、土曜日の夜の回想を始めた。

 

『あ、あの……』

 交際を提案すると、塔子は顔を赤らめ瞬きが一気に増えた。そして、深呼吸するように息を整え、数回開いて閉じた口を再度開ける。

『あの、あの、わた、私、ご存じのとおり友達もいなくて、その、だから当然彼氏もいたことなくて。そ、それで、こ、こういうのは、全然、未知でして』

 思い出すように何度も何度も斜め上を見ながら話す塔子。伊崎さんからのアドバイスで、予行練習でもしていたのだろうか。想像すると、微笑ましくもある。

『うん』

『それに、その、と、枦山さんに恋愛感情とか持っていませんし』

『うん?』

『え……と、でも、話していて楽しいんです、とても。ご飯を一緒に食べるのも、そして美味しいって言ってもらえるのも、本当に嬉しくて。あの、家族以外とお酒を家で一緒に飲むっていうのも、テレビとかDVDを一緒に見るのも初めてで、でも嫌じゃなくて、なんか楽しくて。なにより、魚の話をちゃんと聞いてくれて、ちゃんと理解してくれて、私の知らない知識とかも豊富で、それがもう、すごく嬉しくて。お友達になれて、本当に本当に嬉しくて』

 息継ぎを忘れたのか、塔子はひと息でそう言った後で、盛大にむせた。また息を整えて、手櫛で髪を整え、

『だから、枦山さんとのご縁を大事にしたいと心から思っているんです』

 と、真剣な眼差しをしっかりと俺に向ける。

『……ど、どうも』

 素直に嬉しく思うのは、俺とほぼ同意見だからだろうか。ただ、なにかが釈然としない。

『だから、あのですね』

『うん』

『枦山さんをちゃんと好きになれるように頑張ります、私』

『うん?』

『よろしくお願いします』

『……はい。こちらこそ』

 

「…………」

 恋愛感情を持っていない。それこそ、こちらこそだ。でも、双方がそんなんで交際なんてありえるのだろうか。いや、ありえるか。いろんなかたちの交際や結婚がある。あって然り。

 ……じゃあ。

「枦山さん、なんか顔が怖いっすよ」

 なんで、俺はこんなに納得いかないんだ?

 覗き込んできた須田の?をつまむと、須田も「なんでっ!?」と言った。

<続きは本書でお楽しみください。>

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