「六角斎が明示、‘癌’に対する究極の命題とは? Part 2.」『江戸秘伝! 病は家から』⑰

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/8

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第十七病】六角斎が明示、‘癌’に対する究極の命題とは? Part 2.(市井の‘町医者’六角斎の見立て)

 “癌は石より起こる”。ただこの一節を羅針盤のごとくたずさえて、読み解いて行くべしと言い切った六角斎。ふーむ、世間一般では癌という病は難病であり恐れられているのに、六角斎のこの自信たっぷりな根拠は一体どこから湧いて来ているのやら。

 【第七病】に登場した親友のМ君にも“癌は石より起こる”と六角斎が言い出した話をしてみました。私のように、落語、浪曲、都々逸に心酔せず常に理知的に物事を判断する秀才のМ君は、こんなことを言いました。

 「確かに君のお爺さんは非凡な考えをされるお方だよね。干支の十二支は木星が太陽を回る12年周期が元と言ったりね。しかし、この癌の発症の定義には僕は少し疑問があるんだ。それはね、実は僕の父も祖父も大腸癌で亡くなったんだよ。つまり僕が考えるには何よりも‘遺伝’による発病が元なんじゃないかな?」

 さすがにМ君は鋭いなあ。よし、この疑問を六角斎に問うてみることにしよう。言い出しっぺのМ君も連れて、六角斎を訪ねたのです。

 「おー、秀才を伴って今日は何のご用かな?」

 丁度いい具合に、尋ね来る人達との集い(塾のようなもの)の時間が終えたらしく、騒がしかった座敷には、3人が額を合わすばかりと相成りました。

 「さあ何が聞きたいかのう」

 と、イト婆さんの夕餉への準備の香りが鼻を刺激してか、さっさと夕飯前に済ませてしまうつもりのようです。私が口火を切ります。

 「こないだの先生が胃癌の時に、“癌は石より起こる”って話をしてたでしょ。でもМ君が言うには、何より‘遺伝’が関係してるハズだと。これをどう説明するの?」

 ふむふむ成る程とうなずいていた六角斎は、

 「そりゃあ、М君のお父さんどころかお爺さんまで同じ大腸癌で亡くなるとはご愁傷様な事。誰だって身内に癌が代々続けば遺伝を疑い、しまいには、ひょっとしたら自分の番がいずれ来るのかもと心配されるかもしれんなあ。そこ、そこなんじゃよ、わしが声を大にして言いたいことは!」

 ここで六角斎は緑茶をすすり、

 「確かМ君の家は瓦解(徳川幕府終焉)後に薩摩から来られた官吏のお家柄。直参旗本の屋敷跡で暮らして、かれこれ百年になるわけか。ふうむ。では、的を絞ってお聞きしたい。当初の御不浄(トイレ)は、いかなるものだった? 無論、汲み取り式肥溜め便所だね。それが戦後まで続いて、やっと便所の天井辺りに木の箱をすえて水を貯めて流す水洗トイレ。近頃は西洋式とか申して腰掛ける便器も増えておるのう」

 何だかトイレの変遷をたどってる六角斎の本心は? またもお茶をすすると、

 「当たり前のことだがМ君の家の御不浄の場所は変わっておらんな。ただ時代毎に用を足すトイレを造り直してはいるね。お爺さんは汲み取り式を水洗にして、父上は西洋式の便器に取り換えたわけだ。すると、それには水道や排水の変更や、便器と床を固定するためにセメントで塗り固める仕事が必要さ。ほうら、そのセメントが固まるとカチカチの石になるね。では、家と体の働きで照らし合わせて考えてみよう。御不浄の役目は正に腸から大腸の部位と思わんかね(家も体も不要な汚物を排泄する点で)」

 何やら手帳に控えてきたМ君はパラパラとページをめくって確認している様子。そうして、

 「確かに、父も祖父もトイレの修繕をし終えて1年から1年半位で亡くなりました。それの原因が、遺伝よりもむしろ修繕した事にあると…。何故そう言い切れるのですか?」

 すると六角斎は、

 「わしの考える遺伝とはな、親子の顔が瓜二つだとか、親子とも近眼で眼鏡をしているとか、まあ生まれついての類似性だろうな。一方で、癌の発症まで遺伝とするならば、次に誰がいつそうなるかを、偉い先生達は何故わからんのだろうか。かえって、わしの見立てで判断した方が歴然としている。あえて申そう、そうした修繕をしておらねば、貴君の親御さんらは大病せずに済んでいたとも考えられるわけじゃよ」

 さらに六角斎は、同じ病名(今回は大腸癌)でも修繕の仕方で、現れる症状が異なることを話します。

 「すなわち、ただのセメントで固めたのなら腸内にげんこつのような固い腫物が出来るだろうし、砂利や小石を混ぜたセメントで修繕ならば腸内にブツブツした細かい腫物となる。ことほど左様に、ある意味有難いくらいに、家でなしたと同じような現象が体に生じるのじゃよ」 

 ここまで聞いていたМ君が、突然思わぬ声を発したのでした。「ガビーン!」と。

 (おっと、それは僕の口癖じゃないか。М君一体どうしたのだろうな?)

 「仰せの通りです。驚きました。この手帳には、祖父と父の各々の大腸癌の容態が記されてあります。先ず祖父の場合は、大腸に沢山のブツブツした腫瘍があったそうです。これは、肥溜め便所を埋める為にセメントに砂利を混ぜて造り直したと。父の腫瘍は肛門近くに大きな塊が一つだったとのこと。父の時は便器の取替えなのでセメントだけで塗り固めたと。まさに、人がなした事がその通りに現れています。実に不思議だけど事実は事実だ。遺伝だから親から子、子から孫へと必然的に病も現れると言う考え方より、むしろ君のお爺さんの‘病は家から’の考え方に、僕は賛同するよ」

 身内の具体例で、М君はすっかり納得した様子。

 結局その日は話しが長引いて、私とМ君もイト婆さんの夕ご飯を頂くこととなりました。

 当時は【巨人の星】というテレビ漫画が全盛で、白黒テレビながら大リーグボール2号・消える魔球の回を、皆で見ていました。ついに、消える魔球の秘密が明らかにされるという場面で、星一徹コーチがこう切り出したのです。

 ‘星投手の右足が高く上がると青い虫が飛んで行き青い葉に止まる’。

 この言葉にはものすごい寓意が秘められていて、星投手はあゝ大リーグボール2号敗れたり、とその場にへたり込んでしまいます。するとどうしたことか、六角斎が突然、

 「その通り、その通りじゃ!」

 と大声を出して、

 「これぞ、君たちに伝えたかったことだよ。全く見事な文言じゃな」

 と感心しきり。ポカーンとしてるМ君の顔が印象的だったところで今回はここ迄。第十七病「完」。

<第18回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。