そんなに態度が違うもの? 安藤さんへの異常な反応に思わずどん引き!/『高遠動物病院へようこそ!』④

文芸・カルチャー

2019/11/18

独立したてのWEBデザイナー日和は、姉夫婦から頼まれ、2年間だけ雑種犬「安藤さん」と暮らすことになった。安藤さんの予防接種のため、初めて訪れた動物病院は、診察券すらなくスタッフは獣医の高遠のみで…。
待望のシリーズ2巻が11月15日に発売!

『高遠動物病院へようこそ!』(谷崎泉:著、ねぎしきょうこ:イラスト/KADOKAWA)

 安藤さんと暮らし始めて変わったことは多くあるけど、挨拶をするというのもその一つだ。

「ただいま、安藤さん」

 玄関のドアを開けると、すぐにお座りしている安藤さんの姿が目に入る。一番最初はびっくりしたし、何だか悪いような気もして、出迎えは要りませんよと言ったりもしたのだが、安藤さんはいつも玄関で待ってくれている。

 出かける時も然り。必ず、玄関までついて来て、お座りして見送ってくれる。行ってらっしゃいませ。そんな声が聞こえそうなほど、きっちりと。

「例の病院、見つかりましたよ。すぐ近くにあったんです。安藤さんとはあまり通らない道ですし、看板も違っていたので、気付きませんでした」

 午後から散歩のついでに行ってみましょう。買い物して来た食料を仕舞いながら、傍にいる安藤さんに話しかける。安藤さんは「分かりました」と表情で返事をし、自分のベッドに戻って行った。

 それから締め切りまでは間がある仕事をぼちぼちこなし、四時頃切り上げて散歩の準備をした。いつもは五時過ぎに散歩に出かけるのだが、今日は動物病院へ行かなくてはいけない。

「行きましょうか。安藤さん」

 玄関で安藤さんにリードをつけ、犬用の散歩グッズを持って家を出る。商店街は夕方、人通りが多くなるので、安藤さんを連れては歩かないようにしている。なので、別の道から回り込み、高遠動物病院を目指した。

 脇道から商店街へ向かい、角を曲がると左手に「鈴木履き物店」という看板が見える。

「安藤さん、あそこです。あの…鈴木履き物店というのが病院なんですよ。高遠動物病院というらしいです」

 安藤さんに説明しながら鈴木履き物店の前まで行き、立ち止まる。相変わらずロールスクリーンは下ろされたままで、中に人がいるかどうかは分からない。診察時間は決まっていないと聞いたのだから…と、ドアに手をかけた。

「……」

 静かにドアを引いて覗き見ると、中には誰もいなかった。ちょうどロールスクリーンで遮られたショウウインドウの内側が待合室になっていて、その向かい側に受付らしきカウンターがある。

 そこにさっき会ったスタッフさんがいて、「こんにちは!」と溌剌とした挨拶でも向けてくれるかと期待したのだが。誰もいないのを怪訝に思いつつ、安藤さんと一緒に中へ入ってドアを閉める。

 病院…というには随分簡素な感じだ。歯医者や内科くらいしか行ったことがないけど、普通、受付のところに診察券入れとか色々置いてあったり…説明書きとかあったり…するような…。

 待合室の方も何だか首を傾げたくなる感じだ。病院の待合室って、ソファとかがあって、雑誌とか置いてあるようなイメージなんだけど。何故か、違う形の椅子が三つだけ置いてある。ダイニングで使われているような背もたれのある木製の椅子と、丸椅子。それにパイプ椅子。寄せ集めました感がものすごく漂っている…。

 何だか妙に心許ない気分になって来たが、やっぱり開院したてなのだろうと考えることにし、カウンターの前に立つ。とても愛想のよかった彼の顔を思い浮かべながら、奥へ声をかけた。

「こんにちはー。あのー…すみませんー…」

 誰かいませんかー。心の中でそうつけ加えて、足下にいる安藤さんを見る。

「安藤さん。動物病院ってこんな感じなんですか?」

 私は初めてだが、安藤さんは経験があるに違いない。聞いてみたものの、残念ながら安藤さんは犬だ。困ったような顔で首を傾げる仕草を見て、苦笑する。困りましたよね。

 もう一度声をかけてみて反応がなかったら、諦めて出直すか。そう思って、口を開きかけると。

「こんに……」

 奥の方からバタンという大きな音が聞こえ、身体がびくんと震える。息を呑む私の前に、カウンターの背後にある壁面の向こう側から、現れたのは。

「……」

 背が高くて痩せた男の人だった。歳は三十代後半くらい。長いこと散髪してなさそうなぼさぼさの頭は、音楽の教科書に載ってたベートーヴェンを彷彿とさせる。

 整っていないこともないが、目つきの悪さが目立つ顔。奥二重の目が切れ長なのが余計に迫力を増している。猫背気味の身体に白衣をひっかけるように着ていて、機嫌が悪そうな仏頂面で人を睨むように見る。

 無愛想って…もしかして…。

「なんだ?」

 低い声でぶっきらぼうに聞く相手を、ついまじまじと見てしまった。先に会っていた眼鏡の彼と余りに違い過ぎて、唖然としてしまう。たぶん、この人が高遠先生なのだろう。年齢的にも開業医として開院していてもおかしくない。

 けど…。

「何か用か?」

 答えない私に苛ついたように眉を顰める高遠先生と思しき人は、かなり気難しいように見えた。仏頂面で、ぶっきらぼうで、無愛想。正しく3Bの男。にこにこ愛想のよかったスタッフらしき彼とは全然違う。正直、この人に先に会っていたら、間違いなく、安藤さんを連れては来なかった。

 逃げ出すわけにもいかず、戸惑う私を訝しげに見ていた高遠先生は頭を掻きながら近づいて来て、カウンターを挟んで正面に立った。そこでようやく、高遠先生は私が安藤さんを連れているのに気付いたらしい。

「っ…!」

 高遠先生が息を呑んだのは、私が診察を頼みたい飼い主だと知り、無愛想に対応してしまったのを後悔したからなのかと思った。安藤さんが見えてなくて、セールスの類いかと勘違いして、追い払おうとしたのを失敗したと…。

 しかし、次の瞬間。

「おお!!」

「…っ…」

 今度は私が息を呑んでしまうほど、大きな声を上げた高遠先生は、すごい勢いでカウンターを回ってやって来ると、安藤さんの前にカエルみたいにかがみ込んだ。安藤さんも驚いたらしく、目を丸くしている。

 しかも、高遠先生の表情はさっきまでの「めんどくさい、何しに来やがった、さっさと帰れ」と言いたげな仏頂面ではなくて。

 めちゃめちゃ笑顔になっていた(驚愕)。

「おお! おお! おおお!」

 高遠先生は続けて叫び声を上げ、私がどん引きしているのにも気付いてない様子で、安藤さんを撫で回す。安藤さんは非常に出来た犬だから、怪訝そうにしながらもされるがままになっていたけど、普通の犬なら怯えて後ずさったりするのではないかと思われるような興奮振りだった。

「お前、お前……いや、うん。いい犬だ!!」

 深く感じいってるような顔付きで安藤さんを見つめ、高遠先生はよしよしと身体中を撫でて褒めまくる。男前だな、格好いいな、賢いな、いい子だな。次々出て来る褒め言葉はエンドレスで、安藤さんを掌中の珠のごとく大切にしている姉並だった。

 確かに、安藤さんは賢くていい犬なので、散歩していても見ず知らずの人に褒められたりする。けど、高遠先生の褒め方は度を超しているように思えた。何か…特別な理由でもあるのではないか。

 そんな風に考えていると、高遠先生は私を見て「で?」と聞いた。

「用はなんだ?」

「………」

 待って、待って。安藤さんに向けていた全開の笑みはいつ消えた? 目を疑うくらいの速さで高遠先生は仏頂面に戻って私に聞くんだけど。

 安藤さんに対する態度と違い過ぎて、くらくらしてしまう。この人、気難しそうなのもあるけど、ちょっと…変わっているのでは…?

「調子が悪そうには見えないが、何か問題でもあるのか?」

「あ…あの、違います…。調子が悪いとかではなくて…ええと、狂犬病の注射を…」

「狂犬病か!」

 なるほど…と頷き、高遠先生はすっくと立ち上がる。壁の向こうから現れた時も背の高い人だと思ったけど、目の前に立たれると改めて実感した。

 たぶん、百八十五以上あるかも。私自身、背が高いのでさほど見上げるような形にはならないが、小柄な姉だったら頭一つ分以上、違うだろうな。

 そんなことを考えながら見ていた私を、高遠先生は無言で見返す。圧の感じられる視線に戸惑いを覚える。じっと見たのが気に入らなかったのか? でも、高遠先生だって…。

「高いな」

「え?」

 ふいに高遠先生が呟いた意味が分からず、首を傾げると「背」という言葉が返って来る。ええと。この場合、私の背が高いなと言ってるんだよね?

「はあ…まあ、ですね」

「七十くらい?」

「あります」

 続けて、何かスポーツをやっていたのかと聞かれるんだろうと予想した。バスケとかバレーボールとか。けど、高遠先生は「ふうん」とだけ言って、手を差し出した。

「預かる」

 預かるって、安藤さんをだよね? 慌ててリードを渡すと、高遠先生はお面でも被ったみたいに嬉しそうな笑顔に豹変し、安藤さんに「あっちへ行こう」と声をかけた。

「こいつの名前は?」

「あ、安藤さんです」

「安藤さん?」

「ちょっと変わってるんですけど…」

「そうか、安藤さんか。分かった。ここで待ってろ」

「はい…」

 動物病院を訪れるのは初めてで、その診察システムがどういうものなのか、私はちっとも知らなかった。だから、高遠先生が安藤さんだけを連れて奥へ行ってしまったのも、そういうものかと思い、「はあ」と溜め息を吐く。

「獣医って…」

 皆、あんな感じなのかな。初めて遭遇したからよく分からないが、動物だけを相手にしていると、人間の相手がちゃんと出来なくなるとか? 私にはひどい対応でも、安藤さんはべた可愛がりしていたから、いいとすべきか…。

 でも…。

「安藤さん……」

 やっぱりちょっと心配だ。高遠先生が安藤さんを連れて消えた壁の方を見て、力無く呼びかけた。

<第5回に続く>