「まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍」第10回 いま図書館がやばい―電子化時代のそのあり方とは?

Palm

2012/5/23

電子書籍にまつわる疑問・質問を、電子書籍・ITに詳しいまつもとあつし先生がわかりやすく回答! 教えて、まつもと先生!



 

ちば :ふうやれやれ……。

まつもと ふうやれやれ……。ん? かぶりましたね。

ちば :わたしはようやくダ・ヴィンチ電子ナビのリニューアル作業が一段落して、ホッとしちゃいまして。

まつもと :あ、なるほど。200万点以上の作品が検索可能になって、本棚機能も付いた、というアレですね。お疲れ様でした!

ちば :ありがとうございます。まつもとさんもぜひ本棚登録してくださいね。で、まつもと先生はどうされたんですか?

まつもと :先生はよしてください。いや、この記事を見てちょっと考えさせられてしまい……。

武雄市図書館運営委託 「質」保つ根本議論不可欠:佐賀新聞の論説 :佐賀新聞の情報サイトひびの

武雄市図書館問題が投げかけるもの

まつもと :実は図書館の未来と、電子書籍ってすごく密接な関係があるんです。そんななか、こういう議論がついに出てきたなあと。

ちば :んん?

まつもと :順を追って話を進めますね。

 まず、今回の武雄市図書館の件を整理しておきましょう。佐賀県武雄市の樋渡市長が市の図書館の運営を、指定管理者制度という仕組みを使って、TSUTAYAを展開するCCC(株式会社カルチュア・コンビニエンス・クラブ)に代行してもらおうという計画を発表しました。会見の様子はUstreamでも見ることができます。


Ustream.tv: ユーザーTakeoLibrary: 武雄新図書館構想発表記者会見, Recorded on 12/05/04. 生活

ちば :ほおほお。図書館で本を借りるとTポイントがたまる、借りた本の履歴から本を自動的にお勧めしてくれる、夜間も開館する……、なんだか良いことずくめに見えますね。ポイントたまるなら利用したいかも。

まつもと :ただ、この構想に対して各方面から疑問の声が上がっています。

ちば :どのあたりが問題なんですか?

まつもと :まず、ちばさんが魅力として挙げた、「ポイントがたまる」「履歴からのリコメンデーション」ですが、これは逆に言えば個人情報を積極的に活用する、ということになります。

ちば :あ、そうか。リコメンドには誰が何を借りたか、という情報が必要ですもんね。

まつもと :樋渡市長は「貸し出し履歴は個人が容易に特定できないよう匿名で扱う。したがって個人情報保護法が定める個人情報に該当しない」としていますが、実はここにまず批判が出てきました。

高木浩光@自宅の日記―「個人情報」定義の弊害、とうとう地方公共団体にまで

ちば :ふむふむ(ちょっと難しいけど)……。
 ようは個人名でなくともID、例えば図書館であれば貸し出しカードの番号なんかと、貸し出し履歴を紐づけることは結局、実質的に個人情報を扱っていることになるんじゃないか、ということですね。

まつもと :この議論は、クラウドとかビッグデータといった最近よく耳にするようになったキーワードともリンクする話ですね。個人の行動履歴を詳細に記録して、提供サービスに活かしていくことが技術的に可能になったいま、その扱いをどうするのか、著作権の取り扱いに現行法が追いついていないのと同様、実は大きな課題ではあります。

ちば :うーん……。サービス提供者が行動履歴を活用すれば便利さは増す、でもそれにはリスクが伴う、ということですね。わたしも、何を借りたか他の人に知られたら困ります。

まつもと :実際、他人のIDから容易にその行動履歴を第三者が見ることができてしまった、という事件も起きていますし、ハッキングを受けて情報流出、という出来事も頻繁に起こっています。
 特に、今回それが「誰がどんな本を借りているのか?」という思想信条に関わる情報であることが問題視されています。

ちば :いままでは図書館の貸し出し情報は履歴として残っていなかったんですか?

まつもと :図書館では本の返却後はその情報を消去しています。日本図書館協会では「図書館の自由に関する宣言」を出しているんです。この宣言では「図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない」としているんですね。




図書館の自由に関する宣言

ちば :この宣言自体が、貸出履歴も含め、思想の自由についてかなり配慮した内容になっていますね。

まつもと :戦前、思想の自由が制限されていた反省が色濃く反映されています。

ちば :でも、アマゾンなどのネットサービスで行動履歴の活用によって利便性が向上しているのも事実ですよね? 図書館はそうなってはいけないんでしょうか?

まつもと :そこはまさに議論が必要ですが、個人的には民間のネットサービス同様のあり方とは公共の図書館は別の存在であるべきではないか、と考えています。
 今回の件は地方経済が疲弊するなか「民間の力を借りて図書館サービスの水準を保ちたい」という狙いと「ネット・ソーシャルメディア時代に即した新しいサービスをはじめたい」という理想を同時に叶えようとしたことで、批判も招いた面があるのではないかと。
 実は後者――例えば読書履歴によるリコメンデーションは、外部のサービスを使っても実現できますからね。

ちば :あ!

まつもと :そうなんです(笑)。
 例えば、ダ・ヴィンチ電子ナビの本棚であっても良いし、ブクログであっても良い。図書館の貸出履歴と、これらの本棚サービスの大きな違いが何か分かりますか? ちばさん。

ちば :えーと……。そうか! 自分が共有したい本だけ登録する――。

まつもと :IT用語で言えば「オプトイン(選択制)」になっていることがポイントですね。ユーザーが明示的にオープンにしたい、と思った本がネット空間に共有され、同じ本を読んだ人が、他にどんな本を読んでいるのかだけではなく、どんな感想・評価をしているのか、も知ることができる。
 アマゾンのように膨大な行動履歴を駆使したリコメンドとはまた異なる本の読み方、楽しみ方が提供できるはずです。

ちば :たしかに。電子ナビもそんな風になるようがんばらなきゃ。

まつもと :逆に言えば、行動履歴を自動処理で活用するためには膨大な履歴と、それを活用できる技術が必要です。民間の力を借りるとはいえ、地方のいち図書館の規模でそれが実現できるのか、やや疑問は残りますね。
 武雄市では、批判を受けて貸出カードを履歴を取るものと、そうでないものの2種類を用意するといった案も発表していますがこれも1つの選択肢と言えるでしょう。
 いずれにせよ、図書館は単に本を貸し出す場ではなく、歴史的な背景も踏まえ、思想の自由の前提のもと、本への開かれたアクセスを提供することを目的としています。
 そこに手を加える際には十分な議論が必要ですが、残念ながら、佐賀新聞の冒頭の記事に対する市長の反応も見ていると反対意見も受け止めた議論の機会を用意されているようには思えません。




Twitter/@hiwa1118:しかし、今日の佐賀新聞の社説はひどかった。新図書館構 …

ちば :馬鹿な社説……。

まつもと :決まってから書いても意味がないのでは、と僕もツッコミを入れそうになりました。この他にも、上記の高木さん(※高木氏は産業技術総合研究所の主任研究員)に対して「あなたの上司にお願いにいく」とTwitterに投稿されたりと、首をかしげてしまう発言がTwitterで続いています。

ちば :上司に……、すごー……。

まつもと :武雄市では全市職員にFacebookアカウントを取得させ、Facebookを庁内のイントラネット代わりに使うことを提唱していたり、Facebookページを開設し、市民の声を取り入れてきたいと、という取り組みもおこなっています。

「市長がはまっている」 佐賀県武雄市、市のページをFacebookに完全移行へ―ITmediaニュース

 しかし、個人が特定されるFacebookページではもともと反対意見を書き込むことには慎重にならざるを得ないうえに、当の市長が慎重な意見に対して批判を浴びせては議論が成立しづらい。自治体でのソーシャルメディアの活用や民間との連携には僕は賛成なのですが、その一般化はまだ歴史が浅いわけですから、丁寧な対応をしないと逆効果ではないかと思います。