商売人を舐めてもらっちゃ困る! 皇帝の命の結婚にもちゃっかり提示した条件は…/『後宮妃の管理人』②

文芸・カルチャー

2019/12/14

勅旨により急遽結婚と後宮仕えが決定した大手商家の娘・優蘭。お相手は年下の右丞相で美丈夫とくれば、嫁き遅れとしては申し訳なさしかない。しかし後宮で待ち受けていた美女が一言――「あなたの夫です」って!? 後宮を守る相棒は、美しき(女装)夫――? 12月13日には最新2巻が発売!

『後宮妃の管理人 ~寵臣夫婦は試される~』(しきみ彰:著、Izumi:イラスト/KADOKAWA)

 皓月はほんの少し逡巡してから、ふうと息を吐いた。

「……ここだけの話ということでよろしくお願いします」

「はい」

「わたしの口からこういうのはどうかと思うのですが。……陛下は妃嬪一人一人を、心の底から愛しておいでです」

「はい。……は、い」

 それはむしろいいことなのでは?

 後宮に集められた女性たちの行く末は様々だ。皇后や上級妃、寵妃になれた場合は安泰だが、一年皇帝と交わらなかった妃は下賜されたり家に帰されたりする。特に悲惨なのは家に帰された女性たちだ。彼女たちの大半は家で煙たがられ、出家させられる。そこでひっそりと一生を終えるのだ。

 それに比べたら、妃嬪一人一人を愛する皇帝は後宮の主人にふさわしい懐の深さを持った人物だと思うのだが。

 どうやら、何かあるらしい。

「ですがその、愛が大変深くて」

「なるほど」

「妃嬪方には、身も心も美しく健やかでいて欲しいそうです。陛下は後宮を、自身が集めた花が美しく咲く楽園にしたいとお考えでした」

「それはそれは、素晴らしいですね」

「はい。そのための財力と労力は惜しまないと考えていましたが、現在皇后位は不在であり、自分が関わろうとすると妃嬪方の関係に亀裂が入ることが分かったのです」

「それだけ女性がいれば、関わる頻度に偏りも出てきますしね」

「はい、そうなんです。そこで陛下は考えました。『なら代わりに、後宮に美容と健康に関する知識を持ち実績を上げている者を入れれば良いのではないか』と」

 うん?……なんかきな臭くなってきたぞ?

「そうして陛下は国中の人間を調べ上げました。そうした結果、一人の人物に白羽の矢が立ったのです。それが、玉商会で異国の美容法を取り入れた商品を販売していた優蘭さん、あなたです」

「……なるほど」

 商人なので、気の利く言葉の一つや二つ言えたら良かったのだろう。しかし内容があまりにも酷くて、優蘭はなるほどとしか言えなかった。それと同時に、そんな理由で結婚することになった皓月が、だんだん不憫に思えてくる。

 優蘭はこっそり息を吐き出し、頭を切り替えた。

 これは、好機だわ。

 皇帝側は、優蘭の知識や技術を欲しがっている。そしてそのためなら、絶大な権力で優蘭を縛る気すらあるのだ。

 しかし玉商会としては、優蘭が抜けることによってできる損失は大きい。現在商売を両親から教わっている弟が戦力になればなんとかなるが、もう少し時間が必要だろう。

 なら、優蘭がするべきことはただ一つ――皇帝側も玉商会も損しない話を持ちかけることだ。

「お役目に関しては了承致しました。ですが、私……いえ、玉商会から一つ、条件がございます」

「……条件、ですか」

 皓月が片眉を吊り上げる。

「今回の件は頼み事ではありません。陛下直々の命令です。なのでこちらが条件を吞む理由はないのですが」

 そう。そもそもこの話は、対等な関係で行われたものではない。なので商談とは言えないだろう。だがそれを簡単に吞むなら、優蘭は嫁き遅れと後ろ指を指されながら商人を続けていない。

「もちろん、その点は重々承知しています。ですがこちらとしては、私が抜けることによって生まれる損失はかなりのものです。特に新商品の開発は私が中心となって行っておりましたので、おそらく不満を訴えるお客様もいるでしょう」

「それがどうしたというのですか?」

「簡単に言うのであれば、そうですね。私は一つのことを懸念しているのです。お客様方が――陛下に対して、不満を抱かないかと」

 皓月の顔色が変わる。

 優蘭はたたみかけた。

「我ら平民には、政治のことは分かりません。ですが自分たちが大切にしていたものを奪われるとなれば、陛下に対して不信感を持ちます」

「……その程度で不信感を持つ人がいるのでしょうか」

「絶対とは言い切れません。ですが、いないとも言い切れないと私は思います」

「そうですね。その通りです」

「はい。……なら、もしものことを考えて対策を打つのが、一番良いと思いませんか?」

 にっこり。優蘭は笑顔の圧を送った。

 そちらの出方次第で、私たちは噂を広めることだってできるわよ? という思いを言外で伝える。

 商売人の人脈を舐めてはいけない。噂を流して広めることくらい容易くできるのだ。商品は何も、物だけではないのだから。

 そしてそれが分からないほど、珀皓月という男は愚かではないだろう。こちらの意図を読み取ってくれるはず。

 その予感が的中し、皓月は涼やかな瞳を優蘭に向けてくる。

「分かりました、条件を聞きましょう」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、言わせていただきますね」

 優蘭はゆっくり息を吸い込む。

「玉商会からの条件は――『通行証明書』。現在許可されている場所以外の国に、是非とも行かせてください」

 若き側近はその言葉を聞き――

「分かりました。陛下に伝えます」

 そう、応えてくれたのだった。

 よっしゃあ!

 優蘭は心の中で拳を振り上げる。

 今回のお役目は、玉商会の利益も望める素晴らしい提案だ。後宮との繋がりが持てるというだけで、長期的に見れば十分利益になる。それは、皓月も分かっているだろう。

 にもかかわらず頷いてくれたのは、皓月が「皇帝側にも利益のある話だ」と考えたからだと、優蘭は思う。話が上手くいってくれることを願うばかりだ。

 許可が下りたなら、そのときは全力で「皇帝陛下は国中に最先端の美容法を広めるべく、優蘭を雇った」と広めたいと思う。

 相手の態度によって対応を変えるのが、商人という生き物だ。

 優蘭は満面の笑みを浮かべて頭を下げる。

「ありがとうございます、皓月様。……これからもどうぞ、よろしくお願いします」

「……ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 お互いに笑みを浮かべ合い、挨拶を交わす。

 そして優蘭は、差し出された婚姻の誓約書に署名をし血判を押した。紙面上でのやり取りはこれで終わりだ。意外と呆気ないものだなと思う。

 それから数日後、優蘭は決められた結婚の儀式に沿って夫婦のためにあつらえられた屋敷に嫁入りした。よく晴れた初春の日のことだ。簡略化された儀式だったが意外とちゃんとしており、優蘭は真紅の花嫁衣装を着て新居の門をくぐった。その日から優蘭の姓が玉から珀に変わる。

 その後、都中に時報紙がばらまかれ――二人は世間に夫婦として認知されたのだ。

<第3回に続く>