介護をしていた姉が預金を使い込んだ! 失われた現金は取り戻せる!?/『プロが教える 相続でモメないための本』⑤

暮らし

2020/1/24

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『プロが教える 相続でモメないための本』(江幡吉昭/アスコム)

【兄弟の誰かが親を介護】親の世話をしていた姉が預金を勝手に使い込み! 失われた現金は取り返せるのか?

同居している、あるいは実家の近くに住んでいて親の面倒を見ている兄弟姉妹が、生前に財産を消費してしまっていることが原因で「争族」となってしまうケースは、非常に多くあります。このご家族の場合も裕福だった父親が億を超える預金を母親に遺しましたが、その母親が亡くなった後の二次相続でわかったのは銀行残高が数十万円にまで激減していたことでした……

登場人物(年齢は相続発生時、被相続人とは亡くなった人)
被相続人 母:敦子(91歳、東北地方で夫が造り酒屋を経営)
相続人  長女:春美(74歳、東北のある地方都市に在住)
     次女:奈津美(72歳、神奈川県横浜市在住)
     三女:秋絵(69歳、東京都在住)
遺産
自宅(約3000万円)、銀行預金数十万円

銀行口座の取引明細書から発覚した長女の裏の顔

「お姉ちゃん、これどういうこと! 説明してよ?」

 次女の奈津美が大声で長女の春美に詰め寄った。手にしているのは、母親が遺した銀行口座の取引明細書だ。

「なに、これ?」

 春美は面倒くさそうに手で払う。

「お母さんの預金通帳が見つからないから、銀行に頼んで取引明細書を出してもらったのよ」

「取引明細書? 何のために?」

「何のため? それはこっちが聞きたいわよ」

 奈津美が指さした取引明細書の欄には、毎月70万円もの現金が引き出された記録が載っている。

「だから何なの? お母さんのために生活費をおろしただけでしょ」

「90歳のお母さんが毎月70万円ものお金を何に使ってたっていうの? おかしいよね、こんな大金」

「介護を手伝ったことのないあんたたちにはわかんないわよ。ホームヘルパーさんを頼んだり、デイサービスに行ったり、お金がかかるのよ、年寄りは」

 春美はため息をつきながら、妹たちに悪態をつく。

 その春美の態度に怒りを抑えきれなくなった奈津美は一気にまくしたてた。

「このところ、お姉ちゃんちは、ご主人が定年になったにもかかわらず、自宅をリフォームしたり、海外旅行へ行ったり、ベンツを買ったり、羽振りの良い生活をしてると思ってたのよ。この取引明細書見てピンときたわよ」

「バカじゃないの、あんた。そんなもん夫の退職金を使ったからに決まっているじゃない」

 春美はまったく悪びれない。

「そんなの信じられるわけないじゃない。私の夫だって退職金もらったけど、年金だってあてにならないのに、そんな羽振り良く使えるわけないでしょ。そんな嘘(うそ)が通用すると思ってるの?」

「嘘なんかついてないわよ。だいたい、あんたたちみたいに遠くに住んでて、ときどき『お母さん元気!』とか電話してくるだけなのに何がわかるっていうの。介護って半端じゃないのよ」

「だから、たくさんお駄賃をもらいましたで、私たちが納得するとでも思ってるの? 信じらんない」

 姉妹の言い争いはエキサイトしていく。仲良しだった姉妹の「争族」には、もはや解決の糸口は見えなかった――。

一次相続では多額の資産をトラブルなく分割したのに……

 私の事務所を訪れた奈津美さんと秋絵さんは、「聞いてくださいよ」と口を開くなり、長女の春美さんへの不平不満がマシンガンのように飛び出しました。

 私はおふたりのお話が一段落するまでじっくり待ってから口を開きました。

「おふたりの気持ちは、とてもよくわかります。私も長く相続のご相談を受けていますが、同居あるいは実家の近くにお住まいのご家族による預金引き出しは、『争族』原因のトップ3に入るくらい、よくあるパターンなんですよ。ただ、とても申し上げにくいことですが、このパターンは問題が長期化する可能性がありますから、覚悟して臨まないといけません」

「やっぱり、そうなんだ」

 三女の秋絵さんはため息をつきます。

「こういうときは、やはり同居されているご家族の言い分が通ってしまうケースが非常に多いのです」

「私たちが何を言っても、お姉ちゃんはあなたたちは知らないだろうけどとか、私がどれだけ苦労しているのかって話にすりかえちゃうんですよ」

 奈津美さんも秋絵さんに同調する。

「引き出した現金には色も名前もついていませんからね……。お姉さまがお母さまのお金を使い込んでいたとしても、それを立証することは非常に難しいのです」

 私はそう説明するしかありません。

 おふたりが少し落ち着いてきたところで、私は今回の「争族」が起きた背景を解きほぐしていくため、ご家族の時間を少し巻き戻していただくことにしました。

 このご家族のお父さまは、実家が東北地方で代々造り酒屋を営まれていて、地元では知らない人がいないほどでした。とても経営手腕の優れた方で、現代の若い方にも好まれる日本酒を開発してヒットさせ、会社をさらに大きくして多額の資産を築かれたのです。

 お父さまはその後、経営から退く際に、お母さまに自社株を引き継ぎました。彼女はそこから経営に携わることもできたのですが、あえて株式を売却し、夫婦は会社から距離を置いたのです。

 したがって、お父さまが亡くなった時点で、目立った資産は自宅と現預金と生命保険くらいのものでした。それでも億単位にのぼる資産を遺されたわけですが……。

 この一次相続の際に3姉妹も1000万円ほどの遺産を手にしたこともあり、全員が納得の上で遺産分割協議を終えました。

「私と秋絵は結婚して、横浜と東京にそれぞれ引っ越したのですが、お姉ちゃんだけは地元で結婚したので実家から車で数分の距離に住んでいました。それもあって、お母さんは近くにいてくれたお姉ちゃんへの思いは強かったのでしょう」

 私は相づちを打ちました。

「そうでしょうね。その頃、皆さんの仲はどうでしたか?」

「秋絵はみんなにかわいがられていたけど、私とお姉ちゃんはよくケンカしてました。もともと仲は良くなかったと言えます。でも、私達に子どもができた後は、おたがいに家族で行き来するようになりました。ここ10年ほどは、けっこう仲良くしてたんですよ……」

「お母さまのお体の具合は、いつ頃から悪くなったのですか」

「お母さんは昔からアクティブな人で、お父さんが亡くなった後も一人で海外旅行へ行ったりしていました。日常生活も問題なかったと思います。それでも、やっぱり80歳を過ぎてからは自分の言ったことをすぐ忘れてしまうようになって……周りが振り回されることもありましたね。財産はぜんぶ春美にあげると口走ったと思うと、次の日には3人で財産を均等に分けてねと言い出す始末でした。日によって言うことがぜんぜん違うんです。それでも、孫たちには毎年110万円ずつの暦年贈与(※)を忘れずにしてくれたんです。やさしいお母さんでした……」

 お母さまのことを思い出して奈津美さんは少し涙ぐみました。そんなお母さまが91歳で大往生を遂げたことで「争族」が起きてしまったのです――。

(※)「暦年贈与」とは、暦年(1月1日~12月31日)ごとに贈与を行い、その贈与額が年間110万円以下であれば贈与税がかからない制度のことです。

<第6回に続く>