羽振りが良かった兄が突然… 壊れてしまった兄弟の仲/『プロが教える 相続でモメないための本』⑧

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公開日:2020/1/27

相続争いは他人事と思っていませんか。「遺産が少ない」「家族はみんな仲がいい」「信頼している税理士がいる」1つでも当てはまる方、あなたは相続争いの当事者になりやすいタイプです。
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『プロが教える 相続でモメないための本』(江幡吉昭/アスコム)

「3・11」で人生が変わってしまった兄

 2010年、雄一郎はフランチャイズ店舗を売却し、会社経営から引退した。売却益は5000万円を超え、これを老後資金として、悠々自適の暮らしを送るつもりだったのだ。

 引退後、雄一郎はこの売却益を元手に資産運用に乗り出す。毎年必ず配当を見込める電力会社の株を知人から勧められ、東京電力株に全額を投資した。

 最初の頃は計画どおり配当金が手に入り、リタイア生活も悪くないと思われた。

 しかし運用開始からわずか1年で悲劇が訪れる。

 2011年3月11日14時46分、東日本大震災発生――。

 東京電力、福島第1原子力発電所が被災し、株価は大暴落した。売却したくてもできないままストップ安を続け、あっという間に資産の7割以上が目減りしてしまった。これで雄一郎の老後の算段はすべて狂ってしまう。

 そして翌2012年、姉の千恵子が他界したのだった。

 東日本大震災の影響で資産を失った雄一郎は、千恵子の葬儀が終わるや否や、誠二を呼び出した。

「姉ちゃんの遺言を見せろよ」

「なに言ってんだよ、こんなときに」

「葬儀も終わったんだし、相続税のこともあるから早く遺産分割した方がいいだろ」

「ちょっと待てよ。だいたい兄ちゃんは遺産はいらないって言ったじゃないか」

「いいから、早く遺言を見せろよ」

「どこにあるのかわからないよ。これから探すんだから」

 翌日から誠二は、雄一郎に急(せ)かされるまま自宅を隅々まで探したが、けっきょく遺言を見つけることはできなかった。

 遺言がないことがわかった雄一郎は、自分が法定相続人であると主張しはじめ、冒頭の「争族」へとつながった次第である――。

兄弟姉妹には遺留分がない

 このケースは、お姉さまが遺言を用意しておけば誠二さんにすべての財産を渡すことができたはずです。なぜなら、雄一郎さんに遺留分はないからです。

 遺留分とは、一定の範囲の法定相続人に認められる、最低限の遺産取得分のことです。しかし、遺留分は兄弟姉妹間の相続には適用されないので、雄一郎さんには遺留分を払う必要はありませんでした。

 ところが、この事例では遺言が存在しません。遺言がない場合は、兄弟にも相続の権利が発生します。

 雄一郎さんは、東日本大震災で虎の子の老後資金を失い生活に困っていたため、千恵子さんの遺産に目を付けていたのです。千恵子さんが危篤だと知ってから相続に関する情報を調べはじめ、自分にも法定相続の権利がある可能性に気付き、相続の主張を始めたのでしょう。

 この兄弟はその後、弁護士を交えて何度も話し合いを重ね、最終的に千恵子さんが遺した財産の半分を雄一郎さんに相続させるという結論に落ち着きました。

 しかし、一度壊れてしまった兄弟の仲が修復されることはありませんでした。その後、雄一郎さん夫婦と、誠二さん夫婦の関係まで悪化し、相続の一件以来、千恵子さんの法要も別々に執り行うことになったのです。

 このように一度「争族」が起きてしまうと、金銭面で解決することはあっても、遺恨が消えることはありません。

 今回のケースで「争族」を防ぐ方法は、遺言に「弟に介護の面倒を見てもらったので自宅や現金はすべて弟に相続させたい。兄は大阪にいて、本人も遺産をいらないと私に言っていたので納得してください」という内容を付言事項に記載しておけば、トラブルになる要素はまったくなかったでしょう。

 遺言には、いくつか記載のルールがあります。そこには、財産分割に関する記載以外に「付言事項」という被相続人の想(おも)いを書き込める項目が用意されているのです。

 付言事項はしょせん「想い」ですから、そこに書かれた内容に特段の法的効力はありません。しかし、財産をもらえない人や、多めに分割する人がいる場合は、「争族」を避けるために、その理由を付言事項に書くことをお勧めします。亡くなった人の言葉というものは、遺された家族にとって、やはり重いのです。

 多くの場合、「納得できない」という感情が「争族」の引き金になりますから、「家族が納得できる理由」をあなたの言葉で書くことで、かなりのもめごとを回避できるのです。

 この事例の家族のように、定年退職や病気で経済状況が大きく変わったことで「前言撤回」される方はしばしばいます。繰り返しになりますが、どのような家族も「争族」になり得ることを忘れないでください。

争族を避ける対策④
遺言の「付言事項」に想いを書く

 公証役場で作成する「公正証書遺言」は、公証人が作成してくれる正式な遺言で、その効力は法的に認められています。そういう意味で遺言としての効力は強いのですが、「付言事項」だけは公証人任せにできません。

 そこだけは、あなたの言葉で書くのです。

 付言事項には、書いてはいけない事柄や文字数の制約は特にありません。ですから、家族一人ひとりへの感謝の想いを綴(つづ)る人もいますし、自分の人生を振り返る文章を書かれる方もいます。

 このような文章は、本人にしか書けないため、遺言作成時にさほど重要視しない公証人もいます。付言事項を書くことを勧めないケースさえあります。

 ですが、先にもお話ししたように「争族」を避けるために、付言事項はとても重要です。特に、財産分与に差をつける場合は、必ずその理由を遺された相続人が納得できるように記載してください。

 そして重要なことですが、いかなるときでも家族(将来の相続人)に遺言内容を相談することだけは避けてください。

 相続は極めてセンシティブな話題ですから、下手に当事者に相談してしまうと、その相談自体が「争族」の引き金になってしまう可能性があります。

 もし、誰かに相談したいときは「争族」に詳しい、相続の専門家を訪ねましょう。

争族を避けるポイント

①付言事項に財産分与の割合が違う理由を記載する
②付言事項に想いを記載する
③遺言の内容は相続人に相談してはいけない

続きは本書でお楽しみください。