「人を許せない自分」を許せない苦しみ… 穏やかに生きるためには/『人は、なぜ他人を許せないのか?』②

社会

公開日:2020/3/28

炎上、不謹慎狩り、不倫叩き、ハラスメント…世の中に渦巻く「許せない」感情の暴走は、脳の構造が引き起こしていた!「人を許せない」という感情がどのように生まれるのか、その発露の仕組みを脳科学の観点から解き明かしていきます。

『人は、なぜ他人を許せないのか?』(中野信子/アスコム)

「人を許せない自分」を許せない苦しみ

 ただ、多くの人は元々怒りっぽいわけでも、誰彼構わず攻撃を仕掛けているわけでもありません。普段は、あくまでごく常識的な、穏やかな態度を保てるのに、ある話題、ある状況になると、豹変してしまうのです。

 歴史の話になると自分の説と異なる説を唱える相手を見逃せない、特定の野球チームを応援している人は許せない──などがありがちな例でしょう。

 そして、実際に人と接するリアルの世界では我慢できるのに、ツイッターやフェイスブックなど、インターネットやSNSの世界では攻撃的になってしまうというケースが多々あります。というより、ネットの広がりが正義中毒を顕在化させ、より強めているのではないかと考えられます。

 

 一方で、自らの正義を主張する快感を知りながらも、同時に、相手を罵ってしまう自分、相手を許せない自分を許せないと感じることがあります。さんざん相手をなじっておきながら、後で後悔したり、自己嫌悪に陥るような感覚です。

 あらかじめお断りしておくのですが、私はこのような相反する思いが、なぜ脳の中で同居しているのか、同居し得るのか、興味深いとは思うものの、厳密に科学的な意味では結論と言えるほどの確定的なエビデンスを得ていません。ただ、「人を許せないことが苦しい」「そんな自分自身を許せない」と感じる人は一定数実在し、苦しんでいるのを目の当たりにしています。

 

 自分が相手をけなし、相手もまた自分を罵倒し、どこにも接点を見出せずに憎悪だけが持続し、増幅していく世界。

 他人の過ちを糾弾し、自らの正当性が認められることによってひとときの快楽を得られたとしても、日々他人の言動にイライラし、許せないという強い怒りを感じながら生きる生活を、私は幸せだとは思えません。

 本書では、正義中毒が苦しいと感じている方に、脳科学的な知見から何らかの救いになるようなメッセージを提供できればと思っています。

「許せない仕組み」を知ることは穏やかに生きるヒントになる

「許せない」と思わずに済む一番の方法は、誰とも関わらずに生きていくこと、あるいは自分と考えの合う人としか付き合わないことかもしれません。

 しかし、社会生活を営んでいる私たちが、他人と関わらず、付き合わないでいることは、現実的にはなかなか難しいでしょう。

 先ほども少し述べた通り、人を「許せない」という感情の発露には、脳の仕組みが大きく関わっています。

 人と関わらずには生きていけない以上、自分と考えの異なる人を「許せない」「理解できない」「バカなやつだ」と切り捨てたり、憎しみの感情で捉えたりするのではなく、「なぜ私は、私の脳は、許せないと思ってしまうのか」を知ることこそが、自分の人生にとって、ひいては社会全体にとっても大きなプラスを生むのではないでしょうか。

 他人をけなして快感を得ることも、他人からけなされて傷つくことも、そうした摩擦を恐れてコミュニケーション不足に陥ったり、他人から愚かだと思われたくなくて意思表示を控えたりすることも、結局は相互理解の不足によるものだと思うのです。

 本書では、そういった生きづらさを少しでも解消し、心穏やかに生きるためのコツを述べていきたいと思います。隗より始めよ、などと偉そうなことを述べる意図は一切ありません。ただし、許せない自分を理解し、人をより許せるようになるためには、脳の仕組みを知っておくことが有用なのは確かです。

 これは、自分とは考えの異なる他者をどうすれば理解できるのかを考えることと同じです。そのために、脳科学的な現象の説明、過去の研究が役に立つのではないでしょうか。

 すべての人を理解できるようになることは不可能でも、できることなら、他人に必要以上の怒りや不満、憎しみの感情を持つことなく、穏やかに生きたい。心の底ではそう思っている読者にとって、本書がその助けになり、少しでも気を楽にして生きていくヒントになれば幸いです。

<第3回に続く>