正義中毒にわざと餌を撒いて躍らせる「炎上ビジネス」とは/『人は、なぜ他人を許せないのか?』⑤

社会

公開日:2020/3/31

炎上、不謹慎狩り、不倫叩き、ハラスメント…世の中に渦巻く「許せない」感情の暴走は、脳の構造が引き起こしていた!「人を許せない」という感情がどのように生まれるのか、その発露の仕組みを脳科学の観点から解き明かしていきます。

『人は、なぜ他人を許せないのか?』(中野信子/アスコム)

自分と異なるものをバカにしあう不毛な社会

 SNSで飛び交っている、正義中毒者がなぜか頻繁に使用する単語は「バカ」です。

 自分が絶対的に正しいという過剰な思い込みから、異なる考えを持つ他人をバカと決めつけ、攻撃(バッシング)を加えます。

 災害時などに見られる過剰な不謹慎叩きや、芸能人の不倫叩きも、こうした見方から再考すれば、「あいつはバカだ」「あんなバカなことをするやつは許せない」「叩かれて当然だ」という、正義中毒者の暴走と見ることができるのです。

 ネットの登場とSNSの普及によって、私たちはより正義中毒にかかりやすくなりました。また、中毒症状が全世界に公開される場が出現してしまったことで、誰がバカなのか、誰が自分よりも劣っているのかを常に気にし続けなければならない状況が派生的に誕生しました。自分がバカだと思われることを恐れ、自分がターゲットにならないために、パッシブに他人を叩く行為に加担する(あるいはスルーして助けない)という現象が見られるようになったのです。これは、自分がいじめのターゲットにならないように、いじめに加担する構造とよく似ています。

 

 1984年、ニュージーランド・オタゴ大学のジェームズ・フリンが提唱したところでは、人類は20世紀以降、知能指数(IQ)を年々向上させていると言われます。1932年と1978年のIQを比較すると13.8ポイント高くなっており、1年に0.3ポイントずつ上昇していくというのです。これは「フリン効果」と呼ばれています(The mean IQ of Americans: Massive gains 1932 to 1978.(Flynn, J. R. (1984).)Psychological Bulletin, 95(1), 29-51.)。

 栄養状態の改善や、情報、知識を得るためのツールの充実によって人は着実に知能が上がっているはずなのに、互いをけなし合い、不毛に消耗し合う正義中毒がどんどん重篤になっているというのは、なんとも皮肉な話です。元々は人間も動物と同じ、ただ生まれて、食べて育ち、起きて寝て、子を産み育てて死んでいくだけの存在だったのに、なまじ脳を発達させてしまったために、苦しむようになってしまった。互いにバカと罵り合いながら、解決しようのない、そもそも解決する気もない争いを続けているのが人間という種の特徴なのだとしたら、最も悲しい生き物だと言えるかもしれません。

炎上ビジネスに踊らされる正義中毒者たち

 一方、他人の粗探しに奔走する正義中毒の人たちを一歩引いたところから冷ややかに俯瞰している人もいます。そのなかには、大勢の正義中毒者をコントロールすることで、うまくビジネスにしてしまう例もあります。いわゆる「炎上ビジネス」と呼ばれるものです。

 正義中毒者は、常に自らを絶対的な正義と確信できる不正義を飢えた動物のように求めています。ですから、これをエンターテインメントビジネスとして考えれば、わざとわかりやすい失態を演じて、彼らに餌を供給し、その代価として報酬を集める仕組みが成立するわけです。

 わかりやすい不正義の発生で世論が沸騰しているタイミングで、意図的に不正義とされている側をかばったり、正義のポジションで非難している人を厳しく批判する、というのも有効なタクティクスです。正義中毒者たちは燃料を与えられてますます勢いよく燃え上がり、同時にそれが新たな話題となります。ここで炎上ビジネスを仕掛けた側に注目が集まるわけです。最近の芸能界、芸能事務所を巡るさまざまな議論でも見られたように、SNSの出現でいわゆる外野が参画しやすい仕組みが作られたわけです。

 一方で、そうした行為を炎上ビジネスと批判することそのものが間違っているのではないか、言論封じではないか、などといった新たなテーマも浮上してきます。

 大事件になればなるほど、炎上のチャンスも増えていくことになるわけです。ここでは、話題としていかに素早く、気持ちよく、力強く沸騰するかがポイントなので、フラットな情報、ニュートラルな見方を保つための努力はあまり必要ありません。正義中毒者が喜んで消費してくれるような不正義なネタを、スピード感を伴って供給できれば、話題の拡散による知名度や認知度の向上、ひいてはビジネスのスケールアップにまでつながるという仕掛けです。

<第6回に続く>