あなたが感じる生きづらさ、実は他人との「境界線」が原因かも?/『NOを言える人になる』②

暮らし

2020/3/31

あなたから自由を奪うすべてにNOを言い、自分の人生を取り戻すときだ――。会社の同僚、上司、家族といった人間関係や社会に、どうNOを言うべきか。どうすれば、あなただけのルールで生きられるようになるか。生きづらさを抱えた多くの人々の生存戦略を、わかりやすくご紹介します!

『NOを言える人になる 他人のルールに縛られず、自分のルールで生きる方法』(鈴木裕介/アスコム)

世界は、「自分が責任をもって守るべき領域」と「他人が責任をもって守るべき領域」の二つに分けられる

 さて、人間関係のあり方やルールを見直し、好ましい人間関係を増やしていくうえで、何よりもまず、みなさんに心がけてほしいことがある。

 それは「自分と他人の間の境界線をきちんと意識し、守る」ことだ。

 世界は、「自分が責任をもって守るべき領域」と「他人が責任をもって守るべき領域」の二つに、大きく分けることができる。

 たとえばあなたの心(思考)や身体、生活、人生などは、あなたが責任をもって守るべきものだ。

 もちろん、人は一人では生きていけないから、他人の影響を受けたり、他人の力を借りたりすることはあるけど、必要以上に他人を立ち入らせたり、責任やコントロール権を他人に丸投げしたり渡したりしてはいけない。

 一方、家族や友人など、どれほど親しい間柄であっても、他人の心や身体、生活、人生などは、その人が責任をもって守るべきものだ。

 そこにあなたが必要以上に立ち入ったり、責任やコントロール権を背負い込んだり奪ったりしてはいけない。

 しかし実際には、「自分の領域が他人によって侵害される」「自分が他人の領域を侵害してしまう」といったことは、頻繁に起きている。

 たとえば、あなたは次のようなことをしたりされたりしたことはないだろうか。

・「こんなことは常識だ」「社会人として、~するのは当たり前だ」「いい歳をして、~するなんてみっともない」「男のくせに(女のくせに)~するなんて恥ずかしい」といった言葉を口にする。

・「俺の言うことが聞けないのか」、あるいは「私が~なのはあなたのせいだ」といった言葉や態度で相手を威嚇し、責め、無理な要求をしたり、片方だけにしかメリットがないような取引を持ちかけたりする。

・「使えない」「才能がない」「人間性に問題がある」といった言葉で、相手を一方的にジャッジする。

 もし心当たりがあるなら、要注意だ。

 これらは、他人の領域に土足で入り込み、自分のルールや価値観、要求を押しつけ、相手をコントロールしようとする行為だからだ。

 あるいはみなさんの中に、家族や友人、同僚など、自分以外の人がトラブルを起こしたとき、自分のことのように責任を感じてしまったり、頼まれると断れず、自分の仕事を後回しにしてまで他人の仕事を手伝ったり、みんながやりたがらない町内会の役員などを引き受けてしまったりする人はいないだろうか。

 一見、優しさや責任感の強さのあらわれのように思えるけど、これらも「自分の領域をきちんと守れていない」「他人の領域の責任まで背負ってしまっている」ことになるため、注意が必要だ。

 こうした、自他の領域の侵害が起こるのは、「自分と他人の間の境界線」があいまいだったり、正しく機能していなかったりするためだ。

 目には見えないけど、人の心の中には本来、自分の領域と他人の領域を隔てる境界線が存在する。

 もっとも、この境界線は、壁のようにそそり立ち、他人を拒絶するものではない。

 柔軟性と弾力性があって、ちょうど身体の免疫機能のように、

・内部(自分)が「良くないもの」「不快なもの」に侵食されるのを防ぐ。

・「良い」「快い」と感じたものを外部(他人や社会)から内部(自分)に取り入れ、内部にある「良くないもの」「不快なもの」を外部へ追い出す。

 といった役割を果たしている。

 境界線は、外部から入ってくるおびただしい情報の中から、あなたの自己肯定感を損なうような言葉、あなたに対する勝手なジャッジ、あなたが自分らしく生きるのを妨げるようなルール、あなたに対する一方的で不公平な要求などをきちんと選別し、あなたの内部がそれらによって侵食されないよう守ってくれるのだ。

 そのため、境界線が正しく機能している人、他人によって境界線を侵害された(それを僕は「ラインオーバー」と呼んでいる)ときに、きちんと対処できる人の心の中や生活、人生は、自然と、その人にとって「良いもの」「快いもの」を中心に構成されるようになる。

 ところが、世の中には、境界線があいまいな人、境界線をひくのが苦手な人、境界線が正しく機能していない人、ラインオーバーに気づかない人、ラインオーバーされても拒否できない人が少なくない。

 特に、過干渉やDV、ネグレクトなど、親との関係に何らかの問題があった人は、その傾向が強い。

 自分の意見がいっさい通らず、親の要求だけを一方的に押しつけられ、ラインオーバーされ続けるような環境で暮らしていると、守るべき自分の境界線がわからなくなってしまいやすい。

 小さい頃から、親や周りの人の「お世話役」を引き受けざるを得ない環境で育った場合も、困っている誰かを放っておけず、相手の責任領域のものまで背負ってしまいがちだ。

 もちろん、家庭環境とは関係なく、単に「NO」と言うのが苦手な性格、お人よしすぎる性格、人に嫌われるのを恐れすぎる性格のせいで、ずるずると他人がラインオーバーしてくるのを許してしまう人もいる。

 そのような人の場合、

・他人(社会)が決めた「~は常識」「~は当たり前」「~するべき」といったルールを、絶対に守るべきものだと考えてしまう。

・他人(社会)からネガティブな評価を下され、自分でも「自分はダメな人間だ」と思うようになってしまう。

・他人(社会)から無茶な要求や不公平な取引を持ちかけられたとき、対抗することができず、受け入れてしまう。

 といったことが起こりやすく、心の中や生活、人生が、その人にとって「良くないもの」「不快なもの」を中心に構成されやすくなる。

 一方で、ラインオーバーされやすい人は、ラインオーバーしやすい人でもある。

 そもそも境界線があいまいだったり、境界線をきちんと意識できていなかったりするうえ、誰かにラインオーバーされた怒りやイライラを、無意識のうちに、別の誰かの境界線を侵害することで解消しようとしてしまうのだ。

 さらに、境界線があいまいだったり、正しく機能していなかったりすると、自分を責める(自責)傾向や他人を責める(他責)傾向が強くなりがちだ。

 自責傾向が強い人は、本来負うべきでない他人の責任まで背負い、なんでも「自分が悪い」「自分のせいだ」と思い込む。

 たとえば、進路や職業、結婚、出産等で親の期待に応えられなかったとき、本当は勝手に期待をした親の方に問題があるのに、「親の期待に応えられなかった自分の至らなさ」を責めてしまう。

 あるいは、心身をすり減らして努力したのに、上司から課されたノルマが達成できなかったとき、本当は厳しすぎるノルマを課した上司(もしくは経営者)のやり方に問題があるのに、「達成できなかった自分の能力不足」を責めてしまう。

 自責傾向が強い人は、他人の何気ない一言にも「自分が責められている」と感じやすく、どうしても自己評価が下がりがちだし、自己肯定感も持ちづらい。

 また、自分の責任領域を超えた部分まで一人で背負い込んだ結果、心身を壊してしまったり、パンクしてすべてを放り出してしまったりすることも少なくない。

 逆に、他責傾向が強い人は、本来自分が負うべき責任まで他人のせいにする。

 任された仕事を、明らかに自分の努力不足で達成できなかった部分があるにもかかわらず、「そもそも、自分にそんな仕事を任せた上司が悪い」と考えたり、自分の言動のせいで周囲から敬遠され、距離を置かれているのに、「自分は何も悪くないけど、一方的に嫌われ、いじめられている」と考えたり、傍から見れば本人にも責任があることでも、ひたすら周囲の人や社会のせいにしてしまうのだ。

 他責傾向が強い人は、実は不安が強い人でもある。

「自分は間違っていない」と主張するため、一見自信がありそうな人もいるが、本当は心の中にたくさん不安を抱えていることが多い。

 だから、その不安を打ち消そうとして、声高に「自分の正しさ」を主張し、他人を責めてしまう。

 このように、正反対に見える「自責」と「他責」だが、根っこは一緒だ。

 いずれも、自他の境界線があいまいだったり、自分が守るべき責任領域をきちんと把握できていなかったりするために起こる。

 自責傾向が強い人は、本来自分が守るべき領域をはるかに超えた範囲を自分の責任領域だととらえて自分を責め、生きづらさを感じ、他責傾向が強い人は、本来自分が守るべき領域よりもはるかに狭い範囲を自分の責任領域だととらえて他人を責め、「なぜ、自分ばかりがこんな目に」と生きづらさを感じるのだ。

 これまで見てきたように、自他の境界線をきちんと引き、自分が守るべき範囲を正確に把握し、ラインオーバーをしたりされたりするのを防ぐことは、生きづらさを軽減し、他人のルールに縛られず、自分のルールで生きるうえで、必要不可欠だ。

 では、自他の境界線と自分の領域を守るにはどうすればいいのか。

 その方法については、次項以降で詳しくお伝えしよう。

<第3回に続く>

この記事で紹介した書籍ほか