「白井悠介のなんとかなるさ」⑤母のありがたみを知った日

小説・エッセイ

公開日:2020/5/4


 憧れの東京での一人暮らしをスタートさせたぼくは、コンビニ弁当片手にアニメを観まくる、という夢のような日々を送っていました。まさに絵に描いたような、少年の一人暮らしです。

 とはいえ、たまには料理をしてみようかとも思うわけで。ただし、なるべくシンプルでボリュームのあるものがいい。そんな男子が手を出す料理ナンバーワンといえば、そう、パスタです。

 でも、なにを思ったか、ぼくがチャレンジしたのは「ボンゴレロッソ」。アサリ入りのトマトソーススパゲティですね。あれ、美味しいじゃないですか! だから、やってみようと思ったんです。

 でも、アサリって砂抜きをしないといけないでしょう(それぐらいは知っていました笑)。塩水にしばらく浸けておく必要があります。ちょっと面倒だな……なんて思いつつも、そこはボンゴレロッソのため。ぼくはいそいそとアサリを塩水に浸け、下準備を始めました。

 すると、専門学校でできた友達から「みんなで遊ばない?」と連絡がきたんです。もちろん、「あ、行く行く」とふたつ返事。同じ夢を持つ野郎同士、話も盛り上がるし、めちゃくちゃ楽しくなっちゃうわけです。

 遊ぶといってもお金がないので、アニメを観たりゲームをしたりと、大したことはしません(笑)。でも、そんな時間こそ楽しいもので、あっという間に時計の針は進んでいきます。気づけば夜遅く……。結局ぼくは、その場のノリで友達の家に泊まっていくことにしました。

 翌日は、天気の良い夏の日でした。「楽しかった~! またね!」と解散し、帰宅したぼくを待っていたのは、謎の異臭です。玄関のトビラを開けた瞬間、生臭さが広がります。なんだこのにおい!? そこでぼくはハッと気が付きました。

 ア、アサリィーーーーーー!!!

 慌ててキッチンを覗き込むと、砂抜きしようと思って放置していたアサリがドロドロに溶け、信じられないくらいの異臭を放っていたんです。うわ、やっちまった……。食べ物を粗末にするなんて、いけないことです。ぼくは自分のいい加減さに呆れてしまいました……。

 情けない気持ちで後片付けをしながら、こみ上げてくるものがありました。それは「お母さんの作ってくれたご飯」のありがたさでした。

 毎日何気なく食べていたご飯が、どれだけ美味しかったか。それだけじゃない。掃除も洗濯も、母は文句ひとつ言わずにやってくれていた。そんな当たり前のことに、そのとき初めて気が付きました。

 自由になるということは、すべて自分でやらなければいけないということです。一人暮らしの解放感に浮かれていたぼくは、この「アサリ事件」をきっかけに、あらためて親という存在のありがたみを知ったのでした。

 そして、あらためて決意しました。絶対に夢を叶える。声優になってみせるからね。


今週の一言:その後、母からはパスタソースが送られてくるようになった

構成協力=五十嵐 大 写真=干川 修 スタイリング=小林かおる ヘアメイク=川口愉里恵

第6回につづく

しらい・ゆうすけ
1月18日、長野県生まれ。2011年に声優デビュー。2015年に出演した『美男高校地球防衛部LOVE!』で注目を集め、以降、『アイドルマスター SideM』『アイドリッシュセブン』『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』などの話題作への出演が相次ぐ。「理想の緑」をブランドアイコンとする、オリジナルアパレルブランド【MIDORI】も立ち上げたほか、YouTuberとしての活動もスタートし、「しらいむチャンネル」で自由気ままな動画も投稿中。
公式Twitter:@shirai_universe
公式YouTubeチャンネル:しらいむチャンネル
MIDORI公式サイト:アパレルブランド