強欲な地球人たちを待ち受けていたのは… クロッカス人の本当の狙い/“カツブシ岩”『7分間SF』③

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/27

辺境の惑星で調査隊が出会った食料資源“カツブシ岩”の正体とは? 思わずあっと驚く結末が今度もあなたを待ち受ける!1話7分で読めていつでもどこでも楽しめる、人気のSF作品集。

『7分間SF』(草上仁/早川書房)

 イップは、『発掘現場』から少し離れた砂丘の上から、忙しげに立ち働く地球人たちを眺めた。足場を組み、掘削設備を設置し、角度を計測する。紙を指さしながら試掘をし、ビットを交換し、また試掘をする。それは、イップには、よく理解できない作業だった。

 どうしてまた、あんなに急いで働かなくちゃいけないんだろう。カツブシは逃げていったりしないのに。カツブシはいつもそこにあって、仲間を育み、おれたちを養ってくれる。

 ちっぽけで安っぽい粘土板に目の色を変えて、でかい岩に攻撃をかける地球人たちの気持ちは、イップにはわからなかった。まあ、少しばかり得意ではある。彼がいなければ、博士は、絶対に粘土板を見つけることができなかったろうし、こんな大騒ぎは始まらなかったはずだからだ。

 イップの粘土板については、長老会議も大喜びだった。カツブシ岩の周りにたくさんの人が集まってくるのはいいことだ、と議長のグドガは言っていた。

 イップも、その意見には同調する。

 それにしても、全く酔狂なこったと、彼はカツブシを噛みながら思った。

 八十人が、カツブシにか。

 とにかく、当面、スターク博士はガイドに用はなさそうだった。さっきも、彼の言葉をまともに聞いていないようだったし。博士の無関心は、イップにとっても好都合だった。

 イップは、今のうちに現場から距離を置かせてもらうことにして、カツブシ石を噛みながら、夕陽に向かって歩き出した。

 地球人たちが何を見つけることになるのか、少しだけ、興味があった。ヅガッダグドマネングは、本当にいたのかもしれないし、本当に船を食っていたのかもしれない。船が、本当に財宝を積んでいたということだって、あり得なくはない。

 しかし、イップは知っていた。

 何を見つけようと、連中は、そいつを家に持ち帰ることはできないのだ。

 

 シリンダー・ビットを駆動するモーターの音が急に高まり、次いで低くなった。スターク博士の目の前に、引き抜かれたシリンダーが置かれた。

「一丁上がり」

 ピンクのヘルメットをかぶったボーリング技術者は、放水バルブでシリンダーを冷却してから、工具を使ってビットを外し、直径二インチのシリンダーを開いた。

 長い円柱形のサンプルが、スターク博士の学術調査隊の前にその姿を現した。放水に濡れ、夕陽に照らされたそれは、褐色というより、オレンジ色に見えた。金属のきらめきも、貴石の輝きもない。財宝のかけらにあたるものは何も見あたらなかった。ただの、オレンジ色の岩塊だ。

 しかし、サンプルを目にした途端、スターク博士の全身が硬直した。

「これは──」

 博士は、言葉を継ぐことができなかった。スターク博士だけではない。ボーリング技術者も、地震学者も、比較生物学者も、周囲の学生や作業員たちも、言葉を失い、身動きもできずに、その場に立ちつくしていた。

 

 飼い慣らされたネコトカゲの群れが、『発掘現場』のキャンプをあさっている。彼らがテントを咬み裂き、乗り物や発掘機材に爪を立て、食料を食い尽くしてくれるから、この件も不幸な事故として片づけられるだろう。

 イップは、砂に覆われた柱の列に向かって、手を振った。

「ざっとこんなもんだ」

 長老会議議長のグドガが、イップの労をねぎらった。

「悪くない。これだけあれば、一年はもつだろう」

 イップは、得意げに頷いた。

「酔狂な奴らは、他にもいそうだぞ。また来月あたりに、もっと粘土板を仕込んでおくつもりだ。どこかの遺跡の、菱形の石板の下に」

 グドガは頷くと、満足げに、カツブシ岩の近くに並ぶ八十本のカツブシ石を見渡した。イップが、酔狂な学術調査隊を現地に案内したのは三日前のことだった。カツブシ岩の中で眠っていたカツブシ菌は、水分を与えられて爆発的に繁殖した後で、自滅してしまったはずだ。

 その過程で、カツブシ菌は、地球人の体表を覆い、瞬時に水分を吸い尽くして、動きを奪った。連中は、何にやられたのかもわからないうちに、カツブシ石と化してしまっただろう。小さなカツブシ石とは違って、巨大なカツブシ岩の中には、有害な放射線が届かない。だから、カツブシ菌の胞子は、死滅せずに水分を与えられるのを待っているのだ。苦い経験からその事実を学んだクロッカス現地人が、カツブシ岩を食おうとしない本当の理由はそこにあった。

 当分、カツブシの種は尽きない。つまり、グドガの種族は安泰だ。彼らは、地球人が思っているほど、怠惰ではない。砂漠の恵みである化石食料──カツブシ石は、採掘するだけではなく、手間をかけて栽培することもできるのだ。粘土板という種を遺跡に蒔いて、貪欲という肥料を施す。すると、やがて時を経て、高さ二背丈ほどもある栄養たっぷりのカツブシ石が育つ。

 カツブシ岩は、仲間を呼び寄せ、育み、グドガの種族を養ってくれる。

 まったく、馬鹿で欲深な地球人どもだ。グドガは、すっかり乾燥して堅くなった、石像のようなスターク博士の顔を見上げながら、感慨深げに頭を振った。

「ありがたいことだ。八十人が、カツブシにな」

<第4回に続く>