星野源 『いのちの車窓から』厳選エッセイ10話分を期間限定無料公開⑩「出会いは未来である」

文芸・カルチャー

2020/5/3

雑誌『ダ・ヴィンチ』本誌で好評連載中(現在は3か月に一度の掲載)、星野源のエッセイ「いのちの車窓から」。2017年に単行本化され30万部を突破した著書『いのちの車窓から』と、単行本未収録分のエッセイのなかから厳選10本を5回にわけて特別公開いたします!
(※1日2本ずつ毎日更新/配信期間は2020年4月29日~6月30日まで)

『いのちの車窓から』
(星野源/KADOKAWA)

出会いは未来である(『ダ・ヴィンチ』2019年9月号に掲載※単行本未収録回)

 地鳴りがする。

 何万もの騎馬隊が自分の真下で足音を立てているような、太くて低いうねり。そのあまりの強力さに、振動を拾って共鳴した胃の奥がブルブルと震えている。

 耳の穴をぴったり覆ったイヤー・モニターをゆっくり外すと、その地鳴りはフィルターを外したように一気に鮮明になり、5万人の観客の力強い拍手と大きな声援がダイレクトに鼓膜まで届いた。

 耳がとても痛く、なのにそれが嬉しくてしょうがない。こんなに気持ちがいいものなのか。この世にこれ以上気持ちの良いことなんてないのではないか。そう思えるほどに素晴らしい場所にいま立っている。超満員の東京ドーム、ステージからの景色。本当に限られた人しか見ることができないこの景色を、僕は一生忘れないだろうと思った。

 2月頭から3月上旬まで、最新アルバム『POP VIRUS』の名を冠した5大ドームツアーを開催した。大阪、名古屋、札幌、東京、福岡と計33万人を動員し、チケットは発売当日に完売。各会場満員御礼の中、バンドメンバーやダンサーのみんな、チームスタッフ全員が一生懸命に全力を出し切り、ドームというステージを楽しむ様子をすぐ側で見ることができた。かくいう僕自身も、素晴らしい環境の中で怪我や病気もせずに、楽しく面白い気持ちで最後まで走り切ることができた。

 千秋楽である福岡ヤフオク!ドーム公演が終わった翌日、飛行機に揺られ家に帰ってきて玄関の扉を閉めると、横隔膜のあたりからゴゴゴゴ、と言葉が溢れ出た。

「よくやった! おめでとう!」

 偉いぞ偉いぞと絶叫しながらソファに飛び込んだ。ドーム公演が決まってからというもの、お客さんを満足させられるか、チームの良い思い出になるか、良いステージを作ることができるか、何より体調は崩さないで最後までやれるか、ずっと怖かった。1公演中止するだけで数十億円の損害になり、その日をずっと前から楽しみにしていた3万〜5万人の人間の想い、そのみんなが空けてくれたスケジュール、仲間である600人ものスタッフが自分のために作ってくれたスケジュールもすべて無しになってしまう。それらを無駄にはできないという想いが自分の責任としてのしかかった。

 それがなんと、楽しく、達成感のある、すべてうまくいったツアーになったのだ。新しい景色が見られた。音楽をもっと好きになれた。これ以上ない面白さを知った。怖いからドームはやめよう、そんなこと言わなくて本当に良かった。ソファの上でゴロゴロと転げまわりながら、こんな結果をもたらしてくれたすべてに感謝した。

 カーテンを開き、窓を開け、空気の入れ替えをしながら掃除機をかける。スーツケースから衣類を取り出し、洗濯機の中に入れる。ゴウンゴウンと回るドラム式の洗濯槽を観ながらぼーっとする。

 一人ぼっちである。いつもライブをすると、たくさんの人から拍手をもらい、終演後すぐに家に帰るとその静寂、孤独感、虚無感にめまいがするが、今はその孤独さを感じない。非常に穏やかで暖かな、一人ぼっちの、自立した時間があるだけだ。

 出会いと縁は不思議である。

 タイムマシンに乗って過去に行き、僕が今まで知り合ったすべての人の中から、一人出会わせないだけで、今の僕はたちまち消えて無くなるだろう。それくらい僕の人生は出会いで構成されており、出会って縁が結ばれることで人生が豊かになり前に進むことができた。出会いは未来である。とてもそう思う。

 高校2年生の時、細野晴臣さんの音楽を教えてくれたあの人。20代の時、細野さんとの連載対談企画を立ててくれたあの人。僕に星野源名義でアルバムを出そうとしてくれたディレクターのあの人。そしてそれを提案してくれた細野さん。

 この度、 とてもお世話になっている細野晴臣さんのベストアルバムの選曲をすることになった。バンド、ソロ、グループの垣根なく、すべての活動の中で生み出された数百曲ある中から、曲数もコンセプトも、自由に決めていいという企画。時間がかかりそうだったのでツアー中も少しずつ進めていた。洗濯が終わるまでに少しやってしまおう。

 選曲をしながら、改めて細野さんは愛の人だと思った。1stソロアルバム『HOSONO HOUSE』の一曲「恋は桃色」を聴く。

 おまえの中で 雨が降れば

 僕は傘を閉じて

 濡れていけるかな

 こんな歌詞は、愛が心の中心にある人にしか書けない。照れ屋でシャイな人だし、ユーモアやジョークが好きな人だから普段は愛の話はあまりしないけれど、確実に人間の中心に愛と愛らしさがある人だと感じる。

 これは何度も話していて、何度も書いていることだけれど、好きな話だからまた書きたい。

 初めてお会いしてから数年経った頃、初めて二人での食事に誘われた。「美味しい行きつけのところ」と言うので、どんな美味しい料理やさんなんだろう、細野さんの行きつけってどんなところなんだろう、と妄想と期待に胸が膨らみながら細野さんの後をついていくと、そこはファミリーレストランの「ジョナサン」だった。

 屈託のない顔で「僕はこれが好きなんだよ」とメニューを指差す細野さんを見て「ああ、俺この人のこと大好きだ」と強く思った。

 日本の音楽史を塗り替え、海外の音楽にも大きな影響を与え、世界中の音楽愛好家から音楽の神様と呼ばれている人である。そんな人が、自分の有名さに合わせて食事の値段を高く設定することもなく、あえてファミレスに行くという滑稽な庶民アピールをするでもなく、ただそれが「好き」という理由で店を選び崇拝する後輩を連れていくことが、どれだけ凄いことか。当時の僕にはとてもショックだった。こんな人になりたいとつくづく思った。

 ピーと洗濯完了の音が鳴ったので音楽を止め、洗濯機まで歩いている途中で気づいたのだが、衣類のポケットにポケットティッシュを入れたまま洗濯してしまった気がする。今までも何度かやってしまったことがあるが、その時の洗濯槽は無残にも破壊されたティッシュが飛び散り、その様はさながらパルプ繊維版『HOSTEL』である。とにかく掃除とティッシュを取り除く作業がめんどくさい。衣類の繊維の間に紙の繊維が入り込むのだから。

 ゴクリと生唾を飲み、洗濯槽の扉を開ける。と、そこには綺麗な衣類があった。確認すると、ポケットの中のティッシュは綺麗に丸まり飛散せずに済んでおり、よかったと胸をなでおろした。無意識に「ありがとう、ありがとう」と呟き、衣類をハンガーにかけながら誰にお礼を言っているのはわからんなと思った瞬間、2年前のことをふと思い出した。

 そうだったな、やはり縁とは不思議なものだな。

「ありがとう、ありがとう」

 塩見三省さんはカットがかかるたびに手を合わせ、こうつぶやいた。

『コウノドリ』という病院の産科や新生児科が舞台のドラマの撮影をしていた。僕が演じる四宮春樹という役は、笑わず、厳しく、そして人に冷たい。しかしその厳しさは本当は一人でも多くの赤ちゃんを救いたいという想いからで、とても情熱があるという役だ。

 セカンドシーズンでは四宮の父親が初登場した。同じように真面目で堅物で一見冷たい産科医という役柄。その役を演じたのが塩見三省さんだった。

 塩見さんは2014年に脳出血で倒れた。リハビリを続けその2年後に復帰、その期間と今も麻痺が残る様子を拝見するに、相当過酷な環境の中、必死にリハビリを続けていたのだろうと胸が痛まずにはいられない。

 僕は2012年にくも膜下出血で倒れた。病気の辛さというものは、なった人にしかわからない。どんなに真摯な励ましや優しい言葉も届かない暗闇の場所というものがある。そこに足を踏み入れた感覚というものは絶対に、そこで生きた人にしかわからない。

 だから同じ脳卒中でも僕が経験したのはくも膜下出血であり、脳の外側から血液が出るのと、脳の内側から血液が出る脳出血とでは、どちらも最悪の結果は死だが、脳出血を患われた方の苦労は想像しかできない。だからこちらから安易には辛さを分かち合うことはできないのだが、塩見さんはとても優しく、暖かい言葉をかけてくれた。

「星野君には同じ何かを感じる」

 僕自身も不思議な安心感と、昔から友達だったような感覚を覚えていた。同じ画面に映ると、妙に顔も似ていた。監督とも、これは親子だよねと話して盛り上がった。

 塩見さんは、本番前には必ず手を合わせ、うまくいきますようにと祈ってから本番に臨んでいた。そしてカットがかかると「ありがとう、ありがとう」と手を合わせ、監督からOKが出ると「楽しい、ああ楽しいなあ」と涙ぐみながら何度もつぶやいた。

 オファーをもらえることを、セリフをもらえることを、仕事ができることを常に感謝し、楽しんでいた。その様を見る度に大切な時間を過ごしているという感覚になり、待ち時間もいろんな話をして交流を深めた。

『アウトレイジ 最終章』での復帰後の北野組での話、僕が初めて塩見さんを知った大好きな映画『12人の優しい日本人』の話。僕の音楽や文筆の話。もともと僕の作品をご夫婦で楽しんで下さっていたという話を聞いて僕は喜んだ。

「そうだ、星野君クレージーキャッツ好きだよね?」

 僕は、カッコいいジャズバンドかつ洒落たコメディアン集団であり、日本の多くの人を笑わせ支えたクレージーキャッツ、特にメンバーの植木等さんが大好きで、エッセイやインタビューでもよくその名を口に出していた。

 塩見さんはとても素敵な笑顔で、昔から仲のいい友達に話すように語った。

 僕も本当に大好きでね、この仕事をして初めて植木さんと仕事したのがNHKの朝ドラだったの。植木さんは大先輩だしずっと緊張してたんだけど、何カ月も撮影したある日言われたんだ。「塩見君、今晩二人で飯食いに行こうよ」って。「美味しい行きつけ」があるってさ。それでもう舞い上がっちゃって。嬉しくて嬉しくて。僕の出番はすぐ終わったからNHKのスタジオで何時間も腹空かせて待ってたんだよ。それで夜になって、植木さんが終わって、「行こうか」って言うからワクワクしながら後ついて行ったんだよ。それで俺もう「この人大好き!」って思っちゃってさ。星野君、その行きつけってどこだと思う?

 NHKの1階の食堂だったんだよ。

※単行本『いのちの車窓から』は『ダ・ヴィンチ』2014年12月号~2017年2月に掲載されたエッセイを加筆修正しまとめたものです。公開するエッセイは、執筆されたその当時のまま掲載しております。「出会いは未来である」(2019年9月号に掲載)は、単行本未収録回となります。

この記事で紹介した書籍ほか

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