信じられない! いつもと違う駅で降りたら、偶然あの男の子に出会った/『2409回目の初恋』⑤

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/11

榊詩音は11歳の頃、天文クラブのイベントで一緒に星空を見た男の子、芹沢周に恋をした。高校生になり周と再会した時、彼女は病気で余命1年と宣告されていた。ここからふたりの、千年を重ねる物語が始まる――。

『2409回目の初恋』(西村悠/LINE)

▼6月22日

 昨日の日記を読み返した。なんとまあ恥ずかしい。そしてよくあれだけ、長文書いたな、私。

 まあ、それだけイライラしてて、そのくせ、夜空があんまりきれいだったから、色々思い出したんだと思う。

 読み返すとなんだか照れるけど、事実は事実だし。昔のことを思い出して懐かしかったりするし、このままにしておこう。

 あ、今日は特に、書いておくようなことはありませんでした。

 書いておくようなことがなにもない一日って、ちょっともったいないと思いつつ、私の立場で考えると、すごく贅沢をしたような気もする。

 不思議な感じ。

 

▼6月25日

 今日も朝から雨が降って、教室の雰囲気はその日の天気と同じように、重苦しくて憂鬱だった。

 その原因は、皆が優しいからで、その優しい皆の中に、もうすぐ死んじゃう私がいるからなんだと思う。

 いい人しかいなくても、悪いことって起こるんだね。

 皆の気遣いが、息苦しくて仕方ない。

 意地で学校に通おうと思ってたけど、それが同級生や、友達の負担になるっていうなら、やめたほうがいいのかもしれない。

 学校ではすっかり有名人になってしまった感がある。どこに行ってもちらちら見られるし、あからさまに距離が遠くなる人もいるし、一方で、急に仲良くなろうとしてくる人もいる。

 それが、その人なりの気の遣い方なんだろうけど。

 でも。

 私のわがままなのかもしれないけど、そういう変化の根っこには、もうすぐ私が死ぬってことがあるような気がして、とてもやりきれない。

 あと少し通ってみよう。

 それでやっぱり疲れるってなったら、そのときはもう、学校に行かなくてもいいかな、とは思ってる。誰も反対はしないだろうし。

 未来がないっていうのは、こういうとき便利だね。

 今楽しいかどうかだけ、考えてればいいんだから。

 先のことなんて、なにひとつ考えなくていいんだから。

 

▼7月2日

 信じられない! こんな偶然があるなんて!

 あの男の子に出会った。天文学クラブにいて、一緒に星を見て、私の歌を聞いてくれた、あの男の子!

 学校からの帰り道。その日もなんだかイライラしてて、気分を変えたくて、いつもとは違う駅で降りたんだ。

 中学の頃にピアノ教室に行くのに利用した駅で、なんとなく、馴染みのある場所だった。

 乗り継ぎの関係で、周辺の駅よりは大きいけれど、やっぱり田舎だからベンチと自販機がポツポツある程度の駅で、とにかく気持ちを落ち着けるにはうってつけの場所だったと思う。

 ホームにはその人以外誰もいなかったから自然に目がいった。夕暮れの赤い日がベンチに座る彼を、赤く染めてた。

 そう、彼。あの男の子。すぐにわかった。

 背が高くなってた。なよっとした雰囲気はまだ少し残ってたかもしれないけど、女の子っぽいとはもう思わない。きちんと男の子で、背筋をピンと伸ばして本を読む姿に、昔、暗い山道を一緒に歩いた男の子の、生真面目な雰囲気を感じ取れた。

 同じ天文学クラブのイベントに参加したんだから、同じ地域の学校に通ってるなんて、考えてみれば当たり前なんだろうけど。

 小学校の頃はね、学区が違うって、それはもう、住んでる国が違うっていうくらいに遠くて、その頃の距離感をそのまま引きずって思い出にしてしまった私にとっては、もう、これは神様のお導きとしか思えない、くらいの気持ちだった。

 声をかけようか迷った。気づいてもらいたいような、気づいてもらいたくないような。

 それから急に、自分の格好が気になった。雑にまとめた髪とか、昨日、ブラウスにアイロンかけてなかったし、制服のブラッシング、適当だったし。ここのところ、スキンケアだって適当にしてたし。わ、こんなところに埃が! とかわたわたして。

 例えば声をかけたとして、覚えていてくれなかったら、私は、ひとりで舞い上がってる変な女だし、覚えていてくれたとして、なんか、ちょっとがっかりみたいな顔をされたら絶対嫌だし。

 短い間に、色々考えが駆け巡って、それでようやく決心した。

 十五秒、ここに突っ立っていよう。彼が顔を上げてこっちを見たら、それで、あれ、君は昔会った……みたいな顔をしたら、今、目が合ったようなふりをして、声をかけよう。

 彼は本を読んでいて、私はその本のタイトルがなんなのか、すごく気になった。それだけ確認できないかなと、本を素早く観察しようとした。

 けれど、それを知ることはできないまま電車が来て、そして彼は行ってしまった。

 この話はそれでおしまい。意気地のない私らしいとは思う。

 でも、彼にもう一度会えた。それだけでも嬉しかった。

 うん、それは久しぶりに嬉しいことだったんだ。

 だから、今日はいい日だった。

 そういうことにしておこうと思う。

 

▼7月5日

 ストーカーと、呼びたければ、呼べばいい。

 ここ数日の私は、放課後には必ず、再び彼に会ったあの駅に通った。

 彼に会いたいとか、会ってどうこうとか、そういうことではなくて、あの駅のホームは気晴らしに最適だから。

 ……すみません、少しは本当ですが、ほとんどウソです。

 彼に会えるかもしれないっていう理由がほとんどです。七月二日の日記はなんだかいい感じの終わり方をしたのにアレなんですが。

 だって、もう一度顔を見たいと思っちゃったんだから仕方ないじゃないですか! 誰にも迷惑かけてないし。せめて、何を読んでいたか、本のタイトルを知りたかったの!

 人間なんてそんなもんです! きれいに終わってたまるか、と思うのです!

 私は一体誰に言い訳してるんだ! 未来に読み返す私か!?

 まあいいや。

 結局会えてないし、代わりに、なんだかやたらと顔を合わせる女の人が、不思議そうな目でこちらを見てくるようになったしで、さんざんだ。

 よく目が合うその女の人は、黒くて真っ直ぐな髪ときゃしゃな身体つきで、ああいうのを、儚さ、というんだろうか、なんだかすごく色んなものを深く知っているような感じがした。ミステリアス、というか。

 少しだけ彼を思わせる雰囲気があって、あれだけきれいなら、私もあの時、自信を持って彼に声をかけていたのにな、などと考えていた。

 ほんとに、もう少しかわいく生まれてれば、色々違うんだろうにな、とはよく思う。

 いけない、なんか落ち込んできた。

 もし神様がいて、私と彼を会わせてくれたっていうことなら、もう一回くらい、会わせてくれてもいいんじゃないですかね。それが責任ってものなんだと思うんですよ。こんな中途半端はね、ダメですよ、絶対に。別にね、仲良くなりたいとか、そういう大それたことを考えているわけじゃないんですよ。

 読んでる本のタイトルが知りたいだけなので。本当に、ただただそれが気になっているだけなので!

 どうかどうか、神様、よろしくお願いいたします。

<第6回に続く>