ついに彼と敬語で話さなくなった! 一歩距離が縮まったようで嬉しい…/『2409回目の初恋』⑧

文芸・カルチャー

公開日:2020/5/14

榊詩音は11歳の頃、天文クラブのイベントで一緒に星空を見た男の子、芹沢周に恋をした。高校生になり周と再会した時、彼女は病気で余命1年と宣告されていた。ここからふたりの、千年を重ねる物語が始まる――。

『2409回目の初恋』(西村悠/LINE)

▼7月16日

 ここ数日は、日記をつけることも忘れていた。

 それくらい、夢中になることがあったということだから、いいことなんだと思う。

 学校には行かず、けれど、駅のホームには行った。もちろん、彼に会うためだ。

 学校から直接塾に通っている、という何も考えなしのウソを成り立たせるために、きちんと制服を着こなしていくことにしている。

 学校を休んでいるのに駅にいるなんて、クラスメートに見られたらどう思われるだろう、と考えないこともないけれど。

 学校なんて、未来のある若者の行くところだ。私には関係ないし、行かなくたって、誰も怒らない。

 便利だと思う半面、別に怒ってくれてもいいのに、とも思う。我ながらワガママな性格だ。

 とにかく、ここ数日は、駅と本屋と自宅をぐるぐると回っていたんだ。

 本を読んで、彼とその話をする。それだけのことが、とても楽しくて楽しくて、仕方なかったから。

 薦められた本も、薦められるままにたくさん読んだ。正直、よくわからない本もあったけれど、これを彼も読んだのだと思うと不思議な感じがして、彼はこの本を読んで、何を考えたんだろう、今度聞いてみよう、などと思いながら、パラパラとページをめくると、いつの間にか読み終えているようなこともあった。

 彼との時間の中で、嬉しかったことは、本当にたくさんあった。彼が、私の話す言葉がとても素敵だと言ってくれたこともそのひとつ。

 それは多分、短い間にたくさんの本を読んだ影響だと思う。日記にも、昨日読んだあの本の、あの言葉を使うと、今の気持ちにぴったり、なんて考えるようになってきたし。

 とにかく、ちょっと本気で、小説でも書いてみようかと思うくらいには、嬉しかったんだ。

 あとそれから、今日どうしても書きたかったこと。ついに敬語で話さなくなったこと。これまでも敬語を忘れることはたびたびあって、そのたびにお互い、ちょっと迷いながらも敬語に言い直していたりしたのだけど。

 彼が、なんだか堅苦しいからそろそろやめようと言ってくれたのだった。

 私もいつそれを言い出そうかとタイミングを窺ってたから、熱心に頷いた。そんなに敬語嫌だった? 早く言えばよかった、と彼に言わせたくらいだから、それはもう熱心に頷いていたのだろう。

 一歩距離が縮まったようで、嬉しかった。

 それから、あとひとつ。本を貸した。これまで本をあまり読んでこなかった私の、唯一といっていいくらいの、最後まで読みきった本。

『銀河鉄道の夜』

 読書家の彼はきっとすでに読んでいるだろうとも思ったけど、でも、それでもいい。自分の読んだ本を彼が読んで、一緒に感想を話せれば、それだけで私は幸せだ。

 それが今日の出来事。

 強がってもしかたないし、私はそろそろ認めるべきだと思う。

 私は彼のことが好きだ。

 ずっとずっと、多分、あの日の夜、一緒に空を眺めた時からずっと、私は彼のことが好きだったのだろう。彼が覚えているかどうかは問題ではないし、今さらそのことに触れる気持ちもないし、この気持ちが報われることは多分ないのだけど。

 でも、自分の気持ちにウソをついて生きていくことは間違っていると思うから。

 私はここに、勇気と決意をもって、書き記しておこうと思う。

続きは本書でお楽しみください。