私って他人の気分に左右されやすい? と思ったら…/敏感すぎる自分を好きになれる本⑤

暮らし

公開日:2020/5/25

ちょっとしたことで過敏に反応してしまう…それは性格ではなく、性質のせいかもしれません。何事にも敏感に反応しすぎてしまうのが「HSP(Highly Sensitive Person)」の性質。
神経質、傷つきやすい、引っ込み思案…そういったことで生きづらさを感じている方向けに、気持ちがラクになれるヒントを医師が紹介します。『「敏感すぎる自分」を好きになれる本』(長沼睦雄/青春出版社)からの全6回連載です。

『「敏感すぎる自分」を好きになれる本』(長沼睦雄/青春出版社)

特徴② 人の影響を受けやすい

HSPは、他人の気分にはげしく左右される

 HSPの多くは、表情や声の調子の小さな変化などから相手の気持ちを読み取ることに長(た)けていますし、また、複数の人たちがいる場所でも、そこに足を踏み入れた瞬間に、その場に流れる空気を察知できたりします。このような「特技」は、HSPの生まれつきの鋭敏な神経と、そして、豊かな感受性の賜物(たまもの)といえるでしょう。

 さらに、HSPには、敏感さのほかにも「とても良心的である」という特徴があります。

 このHSPの良心的なやさしさと、生来の敏感さがあいまって相乗効果を生み、HSPは他人の気持ちにスーッと寄り添い、深く思いやることもできます。このように他者に共感できることを「共感性」と呼び、そして、この共感性の高さもHSPの特徴の1つなのです。

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 ただ、HSPはその強い共感性ゆえに周囲にいる人がマイナスの感情を抱いていれば、そのマイナスの感情にとことん引っ張られてしまいます。

 HSPの多くは、よくも悪くも、周囲の人の気持ちに大きく左右されやすいといえるでしょう。

自分の中に相手が入り込んでしまう「過剰同調」に陥ることも

 HSPの多くは、相手の心の変化を敏感にキャッチして、喜びや悲しみといった相手の感情に深く共感する能力が高いです。けれど、HSPの中には共感性が高いというレベルを超え、周囲の人に対して、過剰に同調してしまう人も少なからずいます。このような状態は「過剰同調」といわれ、共感性とは似て非なるものです。


 共感性は相手の気持ちや感情、考え方に「共鳴」する状態です。心療内科医で、カウンセラーでもある森津純子先生は、共感する心の動きを「音叉(おんさ)」にたとえています。

 同じ周波数の音叉を2つ並べた状態で、片方を鳴らすと、もう1つの音叉も、鳴っている音叉に共鳴するように音を出します。これが共感です。

 このとき、当然ですが音叉はそれぞれの距離を保ったまま、それぞれに音を出すわけです。そのため、あくまでも1つひとつは独立した存在であり、共鳴はしても、いっぽうが他方に同化して一体となることはありえません。

 これに対して、過剰同調は自分の中に相手がくっついたり、重なったり、入り込んでしまう状態をいいます。

 私が診察をしたHSPの方々は、このような状態を「相手の心が自分の中になだれ込んでくる」とか、「水が上から下に流れるように入ってくる」といった表現で説明してくれました。ときに圧倒的なパワーで、ときに静かに、ゆっくりと確実に、防ぎようもなく、相手の心が自他の境界線を越えて入り込んできてしまうというイメージなのでしょう。そして、そうなったら最後、相手の考えや思いに同調し、心や体が反応してしまうのです。

 では、このような過剰同調といった現象は、いったいなぜ起きるのでしょう。

 それは自分と他人との間に当然あるべき「境界線」がないか、あってもとても薄いためだと考えられます。

 私たちは、自分と他人との間に目に見えない境界線を持って生きています。この境界線があるおかげで、相手の考えや心を自分の中に過度に入り込ませないですむのです。こうして私たちは自分自身を無意識のうちに守っています。

 境界線は「自分は自分、他人は他人」という自他をへだて、区別するものです。HSPの大きな特徴に、他者と自分の間の境界線が薄いということもあげられます。

 境界線を強く持たないからこそ、他人の心の動きに敏感に反応することができるのですが、この境界線の薄さがあだとなり、他者の考えで自分の心の中がいっぱいになってしまう過剰同調を生み出してしまうこともあるのです。

自分を守る境界線が薄くなってしまう理由

 境界線は成長の過程で自ら手に入れていくものですが、HSPは境界線をうまく築けないことが多いのです。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、まだ、境界線を持っていません。右脳が優位で左脳の言語機能がまだ十分に育っていないのですから、自他を区別しようがありませんし、また、お乳を飲ませてくれて、おむつを替えてくれるお母さんとは、境界線なしの一心同体の関係であることを、赤ちゃんは本能的に感じています。

 2歳半頃になると、自分の感情や感覚の認識がしっかりしてきて子どもの心に、「お母さんと自分は別々の人間なんだ」という意識が芽生えてきます。これが「自我の目覚め」「境界線の確立」です。この自我が目覚める2歳半頃を中心に、自己主張期を迎えます。その後、さまざまな経験をする中で自分という感覚や意識が更に育っていき、それと同時に、自己と他者を区別する境界線もハッキリしてくるのです。

 ところが、生来の気質や、神経発達の弱さ、自己主張できない環境などによって、自己と他者を区別する境界線をうまく育てることができないと、境界線が壊された大人になってしまいます。そして、HSPの中には、そのような人が少なくないのです。 第2章で詳しく説明しますが、HSPはとても敏感な分、親の些細な言葉や態度に傷つきやすく、さらに相手の心を慮(おもんぱか)るばかりに、自分が抱いた負の感情を処理できずに、トラウマ(心の傷)を抱えてしまうことがあります。

 すると、負の感情をさらに表に出しづらくなり、自分を肯定し、自信を持つこともむずかしくなります。

 自我を育てるには、負の感情も含めた自分のすべての感情や感覚を肯定できる「自己肯定感」や、自分の意見を他者へ伝える「自己主張の経験」が不可欠ですが、トラウマによって自己肯定感が低くなり、自己主張ができなければ、自我を育てることも、境界線をうまく築くこともむずかしくなるのです。


 境界線は相手との距離を保ち、他人を侵害したり、されたりしないために〝嫌だ〟と言って自己を守るための防御壁です。そして、その境界線に守られた心の中には、自分を優先して大切にするための「自分軸」が必要です。これがなければ、心の中は〝……したい〞という主体的な思いのない、いわば「空っぽの状態」になってしまいます。境界線が破壊され、自分軸が立っていなければ、他者が自分の心の中に容易に侵入できることはいうまでもないでしょう。

 もちろんHSPだからといって、全員が他者との境界線を持てず、過剰同調に陥りやすいわけではありませんが、HSPの方はもともとの性質として、非HSPの人よりも他者との間に境界線を引くのがむずかしい傾向にあるのです。

【次回に続きます】