今日の夕飯の食レポが表現力を磨く!? つねに“五感”を意識すべし!/めんどくさがりなきみのための文章教室④

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公開日:2020/6/1

めんどくさがりな人ほど、文章の才能がある――。著書累計510万部以上の作家はやみねかおる初の実用書。 だれでも文章が上達する方法を、ぽっちゃり猫が小説形式で楽しく教えます。作文、メール、レポートから小説まで、これ1冊で文章がみるみる上達するはず!

『めんどくさがりなきみのための文章教室』(はやみねかおる/飛鳥新社)

「表現力がある人」がこっそりやっていること

伝わる文章は、「目」と「耳」と「鼻」と「舌」と「肌」で書く!


「健は、これまでのトレーニングで、文を書くことに抵抗がなくなったと思う」

 ぼくを前に、ダナイが胸を張る。うん、たしかにその通りだ。

「いよいよ本日からは、レベルアップしたトレーニングに入る」

 おお、レベルアップ! 勇者の剣を手に入れた気分だ。

 しかし……。ぼくは、右手をあげる。

「トレーニングが、次の段階に入ったことは、理解した。わからないのは、どうしてここにいるのかってことだ?」

 ここは、家から自転車で1時間ぐらい走った場所。

 目の前には、車が1台ぐらいとおれる幅の峠道。舗装されてはいるけど、かなりの急坂だ。ぼくは、道の横に立てられた看板を見る。

『登山道入り口 標高544m』

「字を書くのに、登山するのか?」

 ぼくが聞くと、ダナイが微笑む。

「最近、健は運動不足だからね。ちょうどいいだろ」

「…………」

 いろいろ言いたいことがあるけど、運動不足は事実だ。

 ぼくは、自転車を脇の木にもたれさせ、チェーンロックをかけた。

あれ? どうして、鍵をかけるんだい?

自転車を起きっぱなしにしたら、盗まれるかもしれないじゃないか

何言ってるんだ? 今から、自転車に乗って、山を登るんだぞ

は?

今、どんな気持ちがした?

……びっくりした。狂犬病にでもかかって、おかしくなったのかと思った。あれ? 猫も、狂犬病にかかるのか?

ほとんどの哺乳類は、狂犬病にかかるよ。それより、早く登ろう

どうして、自転車で?

わたしを荷台に乗せて登るためじゃないか

…………

家に帰ったら、登山のことを作文に書いてもらうからね

文を書くのにも、かなり慣れたからね。自転車で登山するよりは、簡単だよ

ただし、五感を使って書くこと。これが、条件

ゴカン……?

 五感とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つの感覚のこと。

 視覚は、目で見る感覚。

 聴覚は、耳で聞く感覚。

 嗅覚は、鼻でかぐ匂いの感覚。

 味覚は、舌で感じる味。

 触覚は、肌が何かに触れたときに感じる感覚。

 五感を使って文章を書くと、読み手が情景をイメージしやすい。

味や匂いも、書くの?

そのとおり。理解したら、さぁ、出発!

簡単に言うけど……坂だぞ。ペダルを回しても回しても、なかなか進まない

情けないこと言わないで! ほら、もっとスピードを出す! 頑張って、頑張って!

平らな道じゃないんだぞ! おまけに、荷台に重りを載せてるし――

重りというのは、わたしのことか?

ダナイは、絶対にダイエットをした方がいい……

ここで、質問。何が見える?

坂道……。道に覆い被さるように、木が生えてる。その葉っぱの隙間から、青空と雲が見える

まだ、余裕があるね。聞こえるのは?

自転車が、ギシギシ言ってる。あと、自分の心臓の音

匂いは?

草と、落ち葉と混じった土の匂い。ときどき、獣の匂い

それ、鹿の匂いだね。何か、味はするかい?

汗の味……

肌に感じるのは?

痛い……

そりゃ、これだけの坂を登ってるんだから、足が痛いだろうね

いや、足よりも、汗が目に入って痛いんだ。あと、手も痛い。ハンドルを握ってるのに、すごく力がいる

風は、感じないのかい?

全然……。ちょっとでも吹いてくれたら涼しいのに

頑張れ~! あと50分ぐらいこいだら、峠のてっぺんだよ

 自分が、何を感じているか?

 常に意識するのが大事。


 登山道を自転車で登るよう言われたとき、どうして、そんなことをしなければいけないのか不思議だった。おまけにダナイは、「家に帰ったら五感を使った文章で作文を書け」と言う。

 でも、走り始めてわかった。

 自転車で急な坂を登るのは、とっても大変。全身をフル稼働しないと、少しも進まない。おまけに、荷台のダナイは重いし……。

 最初のうちは、周りの木々や空を見る余裕があった。しかし、すぐに顔を上げていられなくなった。見えるのは、自転車の車体と前輪、アスファルトの道路と、そこに落ちる汗。

 ときどき、立ちこぎをするため体を伸ばすと、汗が目と口に入ってくる。塩辛いし、目にしみて痛い。

 ペダルを踏み込み、ハンドルを自分に引きつける。車体が、ギシギシきしむ。

 こんなことするのが、文を書くためのトレーニングになるのか?

――そんなことを考えてる余裕はなくなり、頭の中が空っぽになった。

 どうにかこうにか峠のてっぺんに着いて、地面に寝転がるぼくに、ダナイが訊いた。

「どんな気分だい?」

とりあえず、ダナイの餌を減らしてダイエットさせようと思った。

今日の夕飯の食レポが表現力を磨く?

気持ちを伝える文章は、必ず五感が入っている。

食事の感想は五感を使うと伝わりやすい

「ちゅるとろ」ってどんな食べ物?


目で見て→茶色くて、なめやすいペースト状

耳で聞いて→袋から直接なめると、ペタペタと音がする

鼻でかいで→うま味がギュッとつまった魚介の香り

舌で感じて→ホタテとトロが煮込まれているから、舌の上でとろけるほど柔らかい

肌に触れて→スティック状の小袋をぎゅっと押すと、1口ぶんだけ出てきて、食べやすい

自分の経験を伝えるときにも五感を使おう

マラソン大会でどう感じた?


目で見て→道にたくさんの観客が応援している
参加者は体育着に色取りどりの運動靴を履いている

耳で聞いて→「頑張れー」という観客の声、
緊張でバクバクと鳴る心臓の音

鼻でかいで→汗の匂い

舌で感じて→口に入った汗の塩辛い味

肌に触れて→走ると風が当たる
地面の振動が伝わる


<第5回に続く>