「もう、早く出てくれよ」彼女は料理中なのにトイレからノックが…/蝦夷忌譚 北怪導①

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/4

大ヒットご当地怪談『恐怖実話 北怪道』の続編がよりディープになって帰ってきた! 道内の民家や住宅地など生活圏内で、いま現在進行形で起きている怪事件、霊現象… 実はあなたの周りにも⁉ もっとも身近で恐ろしい北のご当地怪談を試し読み。

『蝦夷忌譚 北怪導 』(服部義史/竹書房)

彼女がいるとき

 平田さんは札幌の東区のアパートで生活している。

 ある日のこと、彼女が遊びにきていた。

 一緒にレンタルビデオを見ながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 夕方になると、彼女が食事の支度を始めてくれた。

 小気味いい包丁の音や何かを炒める音がする。

 将来的にはこれが日常になるのだろう。

 平田さんはついにやけてしまった。

「もう少しでできるからねー」

「おう」

 少しの間を置き、平田さんは今の内にトイレに行っておこうと思った。

 ドアノブを握ると鍵が掛かっている。

(もう、早く出てくれよ。美紀……)

 少し待つが水の流れる音なども聞こえてこない。

 急かすようにノックをすると、中からノックが返ってきた。

「いや、そろそろやばいから、早く美紀出てー」

「何が早く出てって?」

 彼の背後に美紀さんが立っていた。

(え、あれ?)

 ドアノブを回すと、トイレのドアは普通に開いた。

 

「そんなことを何回か、やっちゃってるんですよね」

 ノックが返ってくるのはいつも、美紀さんが来ているときらしい。

 食事の支度や、洗濯をしてくれているのを何故か忘れてノックをしてしまう。

「これって、どういうことなんでしょうね」

 彼の疑問は解けそうにもない。

<第2回に続く>