実家が全焼! 大切にしていた貯金箱が丸焦げになって落ち込む僕に、父は…/実家が全焼したらインフルエンサーになりました④

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/19

実家は全焼、母親は蒸発、父親は自殺…。新橋で働くサラリーマン“実家が全焼したサノ”がインフルエンサーになるまでの軌跡を描いた、笑いあり・涙ありのエッセイ集。

『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』(実家が全焼したサノ/KADOKAWA)

実家が全焼した話

 僕のアカウント名の由来でもある、実家が全焼したときの話をします。

 実家が全焼したのは、僕が小学生のときです。

 実はこの頃、僕はほとんど実家に帰っていませんでした。

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 父の生活ぶりを見ていた伯父と伯母が、僕をあまりにも不憫だと思い、引き取ってくれていたためです。

 この頃父は、ギャンブルにさらに溺れ、数百万円の借金をしていました。

 父は「息子と一緒に暮らしたい」と離れて暮らすことにしばらく反対していましたが、伯父と伯母が父の借金をすべて立て替えてくれたときに、僕を引き渡すことに合意しました。

 僕は、父が数百万円で僕を売ったとは思っていません。

 父は借金をリセットしたことで人生をリセットし、一生懸命働いて、また健全な状態になったときに、家族で暮らしたかったのでしょう。

 当時の僕は大人同士のお金のやりとりなんて何も知りませんでしたが、伯父と伯母のことが好きだったので、引き取られることに同意しました。

 そんな矢先の火事でした。原因は、お隣さんの寝タバコでした。

 伯父と伯母の家と父が暮らしていた実家はかなり近く、僕は実家にも定期的に帰っていましたが、実家が火事になった日、幸いにも僕は伯父と伯母の家にいました。

 一方父は、実家で寝ていました。ご近所さんの話によると、父はモクモクとあがる煙と炎の中から、パンツ一丁で現れたそうです。

 この火事によって、家も、家具も、服も、写真も、アダルトビデオも、すべて燃えてなくなってしまいました。

 しかしもともと貧乏だったので、全焼したときのダメージはそれほど大きくありませんでした。

 むしろ中途半端に半焼するよりも、しっかりと全焼してくれた方が保険金を多く貰えるので、父は「全焼になれ!」と燃えさかる炎に向かって祈っていたそうです。

 その祈りが通じたのかどうかはわかりませんが、実家は全焼しました。

 当時の僕にとって何よりつらかったのは、お気に入りだったウルトラマンの貯金箱が丸焦げになってしまったことでした。

 お年玉やお小遣いも全部そこへ入れていたのですが、実家の僕の部屋に置いてあった貯金箱は、真っ黒に焼け焦げビニールがドロドロに溶けて、即身仏のようになってしまっていました。

 父が生きていたのはよかったのですが、全財産を入れていたお気に入りの貯金箱を失ったのは、僕としてはやはりつらかったのです。

 火事から数日経ったある日、父から連絡が来ました。

 なんでもそのボロボロの貯金箱を、父が5000円で買い取ってくれるというのです。

 やはり父は、借金がなくなって改心したのかもしれません。家を失ったばかりなのに、貯金箱が燃えて落ち込んでいる僕を気遣ってくれたのです。

 こんなにも男気のある父の姿を見たのは久しぶりでした。

 僕にとってこんなにありがたい提案はなかったのですが、そのときの僕はなぜか少しだけ欲張って、「7000円ならいいよ」と言いました。

 すると驚いたことに、父はその提案すらも、素直に受け入れてくれました。

 ひょっとしたら、誰かから見舞い金を受け取ったのかもしれないし、将来貰える保険金をアテにしているのかもしれません。

 しかし、どんなお金だろうと、子を思いやる父のその気遣いが嬉しかったのです。

 僕は父にお礼を言い、ありがたく7000円を受け取りました。

 僕が父の姿を尊敬のまなざしで見ていると、父は僕から買い取ったウルトラマンの貯金箱の背中にある蓋を無造作に開けました。

 貯金箱の中には、お年玉やお小遣いが綺麗に残っていて、10万円近くのお金が入っていました。

 父は貯金箱の中身が無事であることを知っていたのです。

 そして、実の息子から9万3000円ふんだくったのです。

 僕はあまりのショックに、膝から崩れ落ちて泣きました。

 すると父は、真っ直ぐな目で僕を見つめながら言いました。

「人も物も外見で判断したらあかん。しっかりと中身を確認しないと、本当の価値はわからんからな」

 たしかに僕はボロボロの貯金箱を見て、中身もボロボロにちがいないと、見た目だけで判断してしまっていたのです。

 僕はそれ以来、ものごとを見た目だけで判断するのは絶対にやめようと心に誓いました。

 結果的に僕は、まんまと9万円以上を父に取り上げられてしまいましたが、1点だけ父のことを素敵だと思ったのは、子供のお金を無条件に取り上げる親なんていくらでもいるし、ましてや火事に乗じて黙ってお金をくすねることだってできたのに、きちんと交渉という手順を踏んで僕からお金を取り上げたことです。

 その謎の公平性だけは素敵だと思いました。

 ただ、その教訓を語りながらボロボロのジーパンのポケットに1万円札を数枚突っ込んでパチンコ屋に向かった父の姿は、外見の通りにやはりイカれていました。

<第5回に続く>