真面目に働いたほうが負け? ずるい方が得をするスカラベの世界/ファーブル先生の昆虫教室①

スポーツ・科学

更新日:2020/7/7

朝日小学生新聞の人気連載「ファーブル先生の昆虫教室」が、1冊の本になりました! たのしいイラストとやさしい文章で、ファーブル先生が昆虫たちのおもしろい生態を教えてくれます。昆虫たちの奥深い世界に、大人も好奇心をくすぐられる児童書です。

『ファーブル先生の昆虫教室』(奥本大三郎:文、やましたこうへい:絵/ポプラ社)

スカラベ① 牧場のにぎわい

 こんにちは。私の名は、ジャン= アンリ・ファーブル。フランスの昆虫学者だよ。私はきみたちと同じぐらいの、小さい子どものときから自然が大好きだった。

 草や木、キノコや小鳥、……それからとくに昆虫が大好き。虫を相手に小川や野山で遊んでいるうちに、いろいろな虫の生活ぶりが細かく見えてくるようになったんだよ。

 やがて、小学校の先生になった。大人になってからもずっと、昆虫を採集したり、観察したり、実験したりしてきた。そして昆虫やクモの生態、そしてその本能について、たくさんのおもしろい発見をして『昆虫記』という本を書きあげたんだ。これからそのお話をしよう。

 

 南フランスの、アヴィニョンという町の学校で教えていたときの話だよ。

 アヴィニョンは古い、大きな街で、ローヌ川という大きな川のほとりにあるんだ。街から外に出ると、川の向こうの丘には、羊や牛、馬のいる牧場が広がっている。じつは今日、私はその牧場に来て、家畜のふんを食べる甲虫たちを観察するところなんだ。

 いた、いた! 大きな牛のふんに、黒い、りっぱな虫がいっぱい来てる。ブーンと飛んできたかと思うと、ふんの山のそばにポトリと落ち、せかせかとふんの山のほうに歩いていく。ふんの山にのぼったり、もぐりこんだり、大さわぎ。虫たちの動きはとても活発だ。

 1ぴきの黒い、カブトムシのような甲虫が、いきなりふんの玉を転がしはじめた。この玉は虫が自分でまるめて作ったんだ。

 丸く曲がった、長い後ろあしで玉をおさえ、虫はさかだちをして、前あしでつっぱるように、「いちに、いちに」と後ろ向きに転がしていく。速い、速い! すごいスピードだ。

 これが有名なスカラベというふん虫だよ。フンコロガシともいうね。この虫はふんの玉をこうやって転がしていって、それからどうするときみは思う?

 いや、考える前に、とにかくスカラベのあとをつけていってみよう。実際に観察することが大切なんだ。そのあとでよく考えることにしよう。

text : Daisaburo Okumoto

スカラベ② ふん玉どろぼう

 ふん玉を転がすスカラベは、あいかわらず後ろ向きのまま、どんどん進んでいく。

「それ、がんばれ、いいぞ、いいぞ!」

 坂道にさしかかった。人間の場合でいったら、大きながけだ。あっ、足をふみはずした! スカラベは、玉といっしょにぶっとんで、坂の下まで転がりおちてしまった。おい、だいじょうぶか。

 平気、平気。また何ごともなかったかのように、玉を転がしはじめる。でも自分の体より大きくて重い玉を、また坂の上まで持ちあげるのは大変なことだよね。

「バカだなあ、もっとなだらかな、転がすのに楽な道を行けばいいのに」

 スカラベは何回転がりおちても、道を変えない。なんてがんこなんだ。するとそこに、もう1ぴき、スカラベがぶーんと飛んできた。あとから来たスカラベは、玉の横にぽとりと落ちて着地すると、玉にとりついた。

「玉を転がすの、手伝ってあげるよ」

というのは、うそなんだけど。

 相手のスカラベは返事をしないでだまっている。

 すると、あとから来たやつは、いきなり、玉の持ち主のスカラベにパンチをくらわせた。

 ばちーん!

 玉をおしていたスカラベはひっくりかえったが、元気よく起きあがる。

「おまえ、玉どろぼうだったんだな。ゆるさんぞ!」

 たちまち、くみうちがはじまった。さあ、カシャカシャ、スカラベのよろいとよろいのぶつかりあい、こすれあう音が聞こえてくる。とうとう勝負がついたようだ。どっちが勝ったと思う?

 じつは、どろぼうのほうが勝つことが多いんだ。どろぼうはここまでふん玉のにおいを追ってブーンと飛んできたんだよね。だから準備運動がじゅうぶんで、体温も高く、活発に動けるんだ。

 どろぼうのほうが勝って、まじめに働いたほうが作ったものをとられてしまうなんて、まったくひどい話だね。負けたほうのスカラベは気を取りなおして、またふんの山のほうにもどっていったよ。

text : Daisaburo Okumoto

<第2回に続く>