いつものように会社に向かっていると、電車で気を失いそうに…/「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました①

暮らし

公開日:2020/7/16

復職後再発率ゼロの心療内科の先生に、”うつ”についてのあれこれを聞いてみました。「こころの病気」や「うつ病」、「いかに、うつを治すか」などについて学びながら、回復していくプロセスをわかりやすくリアルに伝えます。

『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也:著/日本実業出版社)

 私の名前はハレノヒナタ、「晴野ひなた」と書きます。

 小さな広告代理店に勤めている大卒5年目のOL、営業職です。父に言わせると、「晴野」という苗字は、日本に数十人しかいないレアなものだそうです。小学生のころ、父に「苗字が晴野で、名前がひなたってそのまますぎない?」と言う私に、「日陰よりはマシだろ」と言われたことを今でも覚えています。「ひなたのくせに根暗だ」と男の子にからかわれることがイヤで、「なんでこんな名前にしたの?」と母に食ってかかったこともありました。

 そんな私も今年で27 歳。毎日社会の荒波にもまれながらも、必死でなんとか、がんばっています。

電車で気を失いそうになったら、目の前にいた謎のおじさん

 ある月曜日の朝。この日の私は、いつものように家を出て、いつものように駅まで歩いて、いつもの電車のいつもの車両に乗り込んで、いつもの景色をいつもの窓から見ていました。

 天気は晴れだったので、きっと空は青かったんだろうと思います。でも、思い出す景色は白黒。なんとなく色を失った砂絵のような風景が視界を横切ります。

 

 満員の通勤電車に揺られながら、身動きひとつできない状態でドアの近くの手すりにつかまっていると、人の塊が押しくらまんじゅうのようにのしかかってきます。

「き・つ・い……」。急に胸がザワザワして、肋骨の外側が少しバクバクしてきました。

 私は目を閉じました。立っていられないような感覚に、手すりを握る手に力を込めます。身体が少しガタガタと震えて、汗がジワッと出てきました。

 今にも倒れそうになりましたが、荒い呼吸をしながらなんとか正気を保ちます。でも、「もう無理かも……」と気を失いそうになったそのとき、電車の扉が開きました。私は反射的に電車から降りました。

 いつもの駅とはちがう、降りたことのない駅のホーム。

 ベンチの前にひざまずき、右腕を座面に乗せて寄りかかるような姿勢で顔を伏せ、私はしゃがみ込んでしまいました。意識はもうろうとしながら、多くの人がしゃがみ込む私のかたわらを通りすぎていく気配だけを感じていました。すると、うっすらと何か声が聞こえます。

「大丈夫ですか?」

 その声が自分に向けられたものだと気づくと、私はゆっくりと顔を上げました。

 目に映ったのは、穴の開いたジーンズに青いボーダーラインのTシャツを着たおじさん。しゃがんで私をのぞき込んでいます。おじさんはオシャレな黒ぶちメガネをかけ、つま先が少しとがった革靴はピカピカに磨かれています。たぶん駅員さんだろうと思って顔を上げた私は、想像とちがい、固まってしまいました。

「大丈夫ですか?」

 もう一度、おじさんに同じ言葉を投げかけられて、私は我に返って答えました。

「だ、だ・い・じょうぶです」

 けして大丈夫な状態ではなかったけれど、ここで「大丈夫ではありません」と答えても迷惑をかけるだけです。しばらく休んでいれば、きっと大丈夫だという旨をおじさんに伝え、私はベンチに座り直して再び顔を伏せました。

(最近、とくに忙しかったし、ホント疲れてるな……)

 そう思いながら、私は目を閉じて、自分の状態を整えようと、フーフーと呼吸しました。それを繰り返していると、少し気分が落ち着いてきました。

 さらに、大きな深呼吸を二度、三度しました。意識も少しずつまともになり、そのままの姿勢で会社に連絡を入れました。

「電車に乗っていたら気分が悪くなって、途中の駅で少し休んでから向かいます」。そう上司に伝えると、すぐに電話を切りました。

 そして、ゆっくりと顔を上げると驚きました。おじさんはまだいたのです。私が座っている席から、空席を2つ挟んだ席に座って私を見つめています。

「本当に大丈夫ですか?」

 おじさんは、また同じ言葉を口にしました。なぜか大丈夫ではないことがわかっているかのような口ぶりです。私は少し警戒しました。

(もしかして、怪しい人なんじゃないだろうか?)

 まさか、こんな朝っぱらから変な人との遭遇もないだろうと考えながらも、スキあらばと女性を狙う輩が、今ここに出没してもおかしくはないとも思えました。

 いくら優しい気づかいだとしても、何度もされるとしつこく感じるものです。私は、とりあえず礼だけは言って、その場を立ち去ろうと思いました。幸い、もう座っていなければならないほどの状態ではありません。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 そして立ち上がって歩き去ろうとした瞬間、おじさんは言いました。

「私、医者なんです」

(お医者さん!?)


<第2回に続く>