「僕の一番大事なもの持ったよ!」父親の遺影を掲げる息子を大津波が襲う――夫と子どもを失った悲しみをどう乗り越えたのか/あきらめよう、あきらめよう①

暮らし

公開日:2020/7/23

あきらめよう、あきらめよう。そうすれば、どんなときも幸せは見つかります。この困難な時代をしなやかに生きるヒントを語った、シスター鈴木秀子、渾身のメッセージです。さあ、一緒に聖なるあきらめのレッスンをしていきましょう。

『あきらめよう、あきらめよう』(鈴木秀子/アスコム)

不幸の中にも幸せの種はある

 夫と子どもを失った悲しみを、聖なるあきらめで乗り越えたAさんの話をしましょう。

 Aさんと私は、東日本大震災の10カ月後、被災地を訪れた際に出会いました。Aさんは「相次いで家族を亡くす」という悲しい運命に見舞われました。

 まず、交通事故で夫が急死します。それから1カ月も経たないうちに、東日本大震災が起こり、津波の被害によって一人息子のBくんが行方不明となります。

 けれどもAさんは今、「震災で親を失った子どもたちをお世話する活動」に携わり、毎日を充実させて過ごしています。そして「すべてをいい意味で、諦めました」と語ってくれました。

 家族全員を失ったあと、どうしてAさんは心を立て直していけたのか。それは、息子さんとの別れから大きな恵みを感じ取り、大きな不幸の中から大きな幸せを見出すことができたからなのです。

 

 2011年3月11日。Bくんは風邪で小学校を休み、自宅で寝ていました。地震のあと、Aさんは「津波が来る」ということを知ります。

 Aさんは、すぐにBくんと避難することを決めます。夫がいない今、Bくんを守ってあげられるのはAさんしかいません。1階で、布団にくるまって寝ているBくんに「あなたの一番大事なものを一つだけ持って、すぐに玄関を出て!」と告げました。

 3月とはいえ、まだまだ寒い日が続いていました。「これからしばらく外に出ていなければならないかもしれない」と思ったAさんは、Bくんのジャケットを取りに2階へと駆け上がります。Bくんの風邪がこじれては大変ですから。

 そのときAさんは、階下からBくんのこのような叫びを耳にします。

「お母さん、僕の一番大事なもの、持ったよ!」

 階段越しにAさんは、Bくんが意外なものを掲げているのに気づきます。それはなんと、1カ月前に事故死したBくんの父親の遺影でした。この切羽詰まった状況の中で、Bくんはお父さんの遺影を選んだのです。

 その瞬間のことです。外から大きな津波がやってきました。家全体に大きな衝撃が走ります。

「この衝撃は、津波なのだろう」

 Aさんはそう感じつつ、大きな恐怖とショックに襲われます。そして、津波のとてつもない水圧に巻き込まれてしまいます。1階のBくんが気になりますが、駆け下りることは到底できません。彼女はそのまま2階で意識を失ってしまいました。

 しばらくして、Aさんは意識を取り戻します。Aさんは、Bくんを探します。けれども、その姿は見当たりません。家の中の家財道具はきれいになくなり、柱などの枠組みだけがかろうじて残されていたのです。津波は、1階のものを根こそぎ、海へと飲み込んでいったようでした。

 Bくんのことを思って、2階へわざわざ彼のジャケットを取りにいったAさんが生き残った。そして、1階に残っていたBくんが津波にさらわれたのです。

 それからAさんは、Bくんを何日も探し続けます。倒壊した家のがれきを押しのけ、会う人会う人に「息子を見なかったか」と何度もたずね、「Bくんが歩いているのではないか」と朝に夕に海辺を歩きます。けれども、Bくんは帰ってはこなかったのです。

 

 そのときのことを思い返して、Aさんは私にこう話してくれました。

「『あなたの一番大事なものを一つだけ持って、すぐに玄関を出て!』。息子にそう告げたとき。彼はきっと、ゲームを持って避難するだろうと思っていました。それがまさか、父親の遺影を一番大事なものと選択できるように育っていたなんて、驚きました。『そのような家族を、一度でもつくれた』ということが、私の大きな誇りであり喜びです。息子はあのとき9歳でした。『子どもを授かり9年間一緒に過ごせた』『夫といい家庭を築けた』、そんな思い出が、これからの私を支えてくれると思います」

「なぜ、そのように前向きに考えることができるのですか?」

 私の問いに、Aさんはこう答えてくれました。

「だって現実だから。現実を受け入れて、返ってこないものは諦めないとしようがないでしょう。私は夫とも別れ、息子も失いました。苦しいのはあたりまえです。けれどもどんなに苦しくても、私自身はこれからずっと、生き続けていかなければならないのです」

 Aさんは、このように続けました。

「過去に執着し続けるのではなく、過去からいいものだけ、いい思い出だけを選び出して、それを生きるよすがとしてつなげていく。そうやってきたから、私はなんとか生き続けてこられたのかもしれません」

 Aさんは家族という大切な宝ものを失いました。でも、家族との素晴らしい思い出はAさんの心の中から決して消えることがありません。

 いい思い出を糧に、前向きに生きていく。それは、残された人間にとって、大きな知恵の一つです。

 そしてAさんは「震災で親を失った子どもたちをお世話する活動」に新しい気持ちで携わっていくことで、新たな自信と生きる喜びを獲得しながら、暮らしを続けているのです。

 つまり、(現状を把握するという)明らめを行うことで、自分も周りも幸せになる生き方を見つけられたのです。そのような心境に至るまでには、長い時間と多くの涙があったことでしょう。

 Aさんのあきらめる力は、つらい過去にこだわりすぎるのではなく「新しい選択に向かう」という方向に強く働いています。

<第2回に続く>