自らの知見頼みのリーダーはもう古い! 青学・原監督流リーダーシップ論/改革する思考こそが、日本を変えられる①

ビジネス

公開日:2020/7/22

 大学駅伝3冠、箱根駅伝4連覇など、陸上競技の指導者として、数々の偉業を成し遂げてきた青山学院大学の原晋監督。同氏が異端児と言われながらも貫き通してきたリーダーシップ論を語る。ポストコロナの時代に求められるものとは。

改革する思考
『改革する思考』(原晋/KADOKAWA)

 本書では、こうしたリスクを積極的に取ることで得られる「改革する思考」について、私が考えたことを思う存分書いています。

 横並びが正解なんかじゃない。考え、対策を講じることでチャンスが生まれる。陸上界が、そして日本がいい方向に変わって欲しいという願いを込めたいと思います。ただし、私ひとりでは変えられません。私にできることは預かっている部員に対して知的好奇心と刺激を与え、走ることを通じて成長していってもらうことです。

 私が学生に伝えたいことは、日本に限らず、いまの世界は「変数」が大きく、即座の対応力が求められる。社会に出てからの訓練の意味でも、すべてを「自分ごと」として捉えて欲しい、と。そうなると、指導者の質が問われてきます。これまでの日本のリーダーの行動指針は「KKD」でした。KKDとはなにか?

 Kは「経験」。

 もうひとつのKは「勘」。

 そしてDは「度胸」。

 昭和的というか、古いのです。要は、自分が体験した知見を基に判断を下すのが日本的リーダーです。それは平時においてはうまく回っていった部分もあり、みんながそれなりにハッピーだった。ところが、KKDに頼った判断が、私は2020年3月から5月にかけ、日本をマイナスの方向に向かわせてしまったと思えてならないのです。

 私は日本酒が大好きですが、いまの醸造の世界は杜氏さんのKKDに頼るのではなく、醸造学科で学んだ若い世代がエビデンスを基にして日本酒造りに取り組んでいるそうです。そのおかげで毎年、品質の安定したお酒を供給できるようになった。つまり、科学なんです。これを陸上や大学の世界に置き換えてみると、どうなるか。いつまでもKKDに頼っていては、「アフター・コロナ」の世界で噴出するであろう予測不能な状況に対応できません。

 私は大学では教員として一般学生の指導にもあたっていますが、今後、大学の授業がすべてオンラインになることだってあり得るわけです。半年前だったら、「そんなバカなことが……」と一笑に付されていたかもしれないアイデアですが、アメリカではハーバード大学をはじめ、一斉にオンライン授業に舵を切りました。日本の大学は学生のインターネット環境の整備をはじめ、大学がオンライン授業をどう運営していくのか、そして映像を通しても興味深い授業ができるものなのか、まだまだ準備が足りません。

 社会は世界史的な転換点を迎えているわけですから、あらゆるパラダイムが変わっています。そんなときに、KKDがアテになりますか? 「そんなものなりゃせんわい」というのが私の意見です。

 大学が変われば、陸上部の活動だって変わります。すべてオンライン授業になった場合、部の運営はどうするのか? ひょっとしたら、一般学生は実家で授業を受け、試験を大学で受けるだけのスタイルになるかもしれない。これは通信制の大学に近い仕組みですね。キャンパスの必要がない大学。アメリカではオンライン大学がありますが、日本でも同じようなことが一気に進む可能性は否定できません。

 ではそうした時代を迎えた時に、体育会の活動はどうなるのか? 必要なくなるのでは? と考える人もいるかもしれませんが、「原流」の改革する思考では、大学スポーツはますます価値が上がります。それは学生、教職員、そして卒業生をつなぐ「絆」としての役割が大きくなり、箱根駅伝はその象徴になる可能性があるからです。

 ただし、しっかり運営するためには、体制の整備をしなければなりません。学生が寮でオンライン授業を受けなければならない時に、それだけの環境を提供してあげられるのか? 40人の学生が一斉に動画で授業を見る可能性があるわけですから、Wi-Fiは当たり前です。その整備は指導者の責任です。また、就職活動でのオンライン面接も増えていますから、合宿所内に落ち着いた環境を作ることも必要になってくるはずです。

 競技面ではどうでしょう。指導、練習計画の策定においても、これからはKKDではなく、エビデンスに基づいた判断が求められるようになります。青学が2015年から2020年までの6年間で5回、箱根駅伝で優勝できたのは、他校とのエビデンスの差とも言えます。KKDではなく、科学。ただし、2019年のように敗れる場合もあります。しかし、エビデンスを基に考えていけば、間違った点に戻ることが可能なのです。

 私は今回の危機を通して、学生たちにもそうした発想を持って欲しいと考えています。ピンチをチャンスに変えるには、将来に対する問題点を日ごろから考える能力を磨いておかないと、身につきません。ピンチの時にあたふたしないようにするためには、目先のことにとらわれすぎず、中長期的な視野を学生時代から身につけておいて欲しいのです。

 そして、思ったことを伝えないとダメ。今回、政府が様々な政策を打ち出していくなかで、「おかしい」と思ったことに対しては声をあげることで、政策によってカバーされる領域が増えました。

 これは部の運営においても一緒で、常日頃から思ったことを声にする文化を作っておかないと、集団が間違った方向に向かってしまった場合に、みんなで沈没しかねない。青学は私を筆頭に「言いたがり」の人間が多いので、学生たちも臆せず意見を言える空気はあります。

 もはや、「ハイ、ハイ」といい返事をするだけの人材は必要ありません。意見を持ち、それをエビデンスで確認しながら、意見交換ができる人材を育てる。それがいま、指導者に求められている役割だと思うのです。

<第2回に続く>