「おまえコロナだろ」止まらない感染者への誹謗中傷。一体どうすれば…/コロナ危機を生き抜くための心のワクチン③

暮らし

公開日:2020/8/24

家族、人間関係、経済、仕事、人生――新型コロナ禍の世界で、私たちは様々な悩みや心身の危機とどう向かいあうべきでしょうか? “絶望に陥らないための智恵”と“法律の知識”を、全盲の熱血弁護士が今、あなたに伝えます!

コロナ危機を生き抜くための心のワクチン
『コロナ危機を生き抜くための心のワクチン – 全盲弁護士の智恵と言葉 -』(大胡田誠/ワニブックス)

コロナ感染で差別を受けたら

 新型コロナウイルスは人間の命との戦いであると同時に、誹謗中傷、デマとの戦いでもあるといえるかもしれません。

 事務所の無料電話相談にかかってくる電話も、最近はコロナがらみの相談が多く、中には「コロナに感染したら差別を受けた」という深刻な相談も少なくありません。

 ある地方に住む男性は、親族の一人から、「おまえ、町の人に感染したらどうしてくれるんだ。おまえだけじゃなく、親族一同犯罪者扱いになるんだぞ」と言われたそうです。

 実は、彼は新型コロナウイルスに感染し、病院の隔離病室に入院していたのですが、退院後は症状も回復し、投薬も点滴も受けていませんでした。

 しかし、帰宅すると、すでに彼の感染は町中に知れ渡っていました。それで親族がピリピリして、彼を非難したのです。

 

 特効薬やワクチンが開発されていない今、重篤化すると死に至るケースもあり、新型コロナウイルスは確かに怖い病気ですが、それよりも怖いのは僕たちの中にある感染者への好奇の目、差別意識です。

 感染したくて感染者になった人はいません。

 感染者も被害者なのです。

 そのことを皆で理解し、共有する社会でなければ、感染者を差別するという悲劇の連鎖は止まらないでしょう。

 

 ある単身赴任中の父親は、週末、「移動の電車の中で感染するのでは」「家族に感染するのでは」と怖れて、帰省を取りやめたといいます。

 その根底にあるのは、感染への怖れに加えて、感染したあとに受ける非難や差別を怖れての自主規制であったようです。

 差別を受ける対象は大人だけでなく、子どもの世界にも及んでいます。

 ある子どもは花粉症によるくしゃみや咳が出始めると、家にこもりがちになり、「遊びに行かないの?」と親が聞くと、「おまえコロナだろ、って言われる。感染者扱いされるから行かない」と涙をこぼしたといいます。

 僕も視覚障害者ということで、これまでの人生で何度か「差別的な扱い」を受けたことがあります。

 哀しい思いをしたのは、大学(慶應義塾大学法学部法律学科)に合格して、大学の近辺で、静岡から上京した母とアパートを探した時のことです。

「安全確保が難しい」

 との理由で、部屋を貸してくれる不動産業者がなかなか見つかりません。

 何社も断られたあと、母が「アパートを借りてあげられなくてごめんね」と泣きながら僕に謝りました。何も悪いことはしていないのに、僕に謝る母が不憫で、この社会の理不尽さを知りました。

 何軒か不動産屋を回り、部屋は見つかりましたが、その時感じた強い怒りと憤りは、何としても弁護士になってこの社会を変えなければいけない、と僕を奮い立たせる力になりました。

 また、大学の講義では、ある授業に出席した際、「点字」でノートをとるときの打刻音が「うるさい」と、「教室の隅のほうで授業を受けるように」と教授から言われたことがありました。

 すると、同じ授業を受けていた学生が、教授に抗議の声をあげてくれたのです。「授業以前に、『差別的行為』ではないか」と。

 授業そっちのけで激論となり、最後は教授が折れて、僕はそれまで通り自由な席で授業が受けられることになりました。

 擁護してくれた仲間の声は、いまも耳に残っています。

 

「新型コロナウイルスは感染したら生命を脅かしかねない」そう怖れるがゆえに、人々の間で感染者への差別と偏見は容易には無くならないでしょう。

 しかし、あなたがその感染者にならない保証はないのです。差別や偏見とどう向き合うか、差別や偏見をなくすためにはどうしたら良いか。教育の場も含めて、様々な場所で議論が必要だと僕は思います。

「感染したら生命を脅かしかねない」
と怖れるがゆえに
感染者への差別と偏見は容易にはなくならない
その感染者にあなたがならない保証はない
差別や偏見をなくすためにはどうしたら良いか
教育の場も含めて、様々な場所で議論が必要

<第4回に続く>