キャプテンコラム第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」

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2011/9/5

ダ・ヴィン電子ナビ キャプテン:横里 隆

ぼくたち電子ナビ編集部は学生時代の部活動のようなところがあります。
だから編集長じゃなくてキャプテンなのです。
そしてネットの海を渡る船長という意味も込めて。
みんなの航海の小さな羅針盤になれたらいいなと。
電子書籍のこと、紙の本のこと、ふらふらと風まかせにお話ししていきます。

はじめて人にやさしくしようと思ったときのことを覚えていますか?

ぼくの場合、それは小学校にあがる少し前のことでした。
道で転んだ女の子に「だいじょうぶ?」と声をかけたのです。
恥ずかしくてどきどきしながら。
女の子からどんな言葉が返ってきたのかは、もう忘れてしまいましたが、「今、ぼくは初めて人にやさしくした」という確かな実感がありました。


もうひとつはっきりと覚えていることがあります。
女の子に声をかけたぼくは、人からやさしくしてもらいたくて、そのような行動をとったということです。
見返りを求めていたがゆえに、女の子のことを心から心配していたんじゃないのかも?と、小さな罪悪感を覚えました。
それは、見返りを求める”やさしさ”は本物じゃないという思いからきたものです。
でも、当時のぼくに言ってあげたいのです。
それは偽物というわけでもないんだよと。
“やさしさ”は、社会で生きていくうえでの約束事であり、契約であり、取引です。
イヤイヤ行うやさしさも、計算して行うやさしさも、見返りを求めるやさしさも、ぜんぶ、社会を円滑に機能させる行為としての”やさしさ”に含まれているといえます。
本物じゃないけど偽物でもないもの。
そんなふうに、”やさしさ”に妥協しながらぼくたちは、ずっと過ごしてきたように思うのです。

それがネット社会の浸透とともに大きく変化したと感じています。
突然、”妥協のないやさしさ”がまかり通る世界がそこに現れたのです。
ネット上ではコミュニケーションにそれほどコストがかかりません。
だから、人にやさしくすることにもコストはかかりません。
コストがかからないので小さな純粋結晶のような”やさしさ”が気軽に発信できます。
次々と発信された”やさしさ”はより広く伝播し、
自分にも戻ってきて循環しやすくなります。
そうしてネット上の”やさしさ”の結晶は、どんどんソリッドになり、大きくなっていったのではないでしょうか。
もちろんネット社会黎明期は、ネガティブな感情の噴出が目立ちました。
現実社会でマイナス感情をほとばしらせることは、コストもリスクも大きいけれど、ネット上ではそれが小さくてすみます。
ゆえに、怒りや恨みや憎しみや妬みが吹き溜まり、炎上を繰り返しました。
そうして少しずつ、みんな気付いていったのです。
これが延々とつづくとしたら疲れてしまうと。
本当は、もっとやさしい気持ちで生きていきたいのだと。

ネットの特性を象徴する2つのキーワード、
「FREE」と「SHARE」も、究極のやさしい概念であり行為であるといえます。
「FREE」は「無償」と訳すこともできます。
キリスト教の「無償の愛」にも通じる概念です。
「SHARE」は「共有」のことです。
資本主義・個人主義に対抗する共産主義の理想形とも通じます。
人間社会が長きに渡り模索してきたもの。
ときに宗教が示唆し、ときに政治思想が目指した、理想の概念が、この2つには込められているのです。

先ごろ、チュニジアやエジプトで起こった「ネット革命」と呼ばれるものも、ソリッドなやさしさが、旧態依然とした独裁政権を破ったものと言えるかもしれません。

東日本大震災では、ツイッターが大活躍しました。
被災地の情報がいちはやく公開されて多くの人々を救い、心の拠り所にもなりました。

もちろん最近のことばかりではありません。
以前からネット上には無料ソフトが溢れていましたし、役に立つ情報がいたるところにアップされています。
折れそうな気持ちを支えてくれる言葉だってどこからともなく届きます。

人類の歴史上、こんなにも”やさしさ”が流通し、
浸透した時代があったでしょうか。

先の震災を例に出して言うまでもなく、ぼくたちが生きているこの世界の素顔は、残酷で理不尽なものです。
過去、数え切れないくらいの自然災害が、疫病が、戦争が、多くの人々の命を奪ってきました。
そのリスクは過去も現在も、何ら変わってはいません。
かつて人々は、世界に溢れる悲しみに抗い、己の身を守るために、共同体を作り、国家を生み出したのでしょう。
その中に掟を作り、法律を作り、”やさしさ”が流通するしくみを作ったのでしょう。

そうした人類の果敢な挑戦が今、ネットをもって完成されようとしているのかもしれません。
ぼくたちが、この残酷な世界に対抗しうる最大の武器が、”妥協のないやさしさ”を現出させたネットなのだと。
だからこそ、ネット社会を貫くキーワードは”やさしさ”であり、ぼくたちは今、かつてない”やさしい時代”に生きていると、そう感じているのです。

<つづく>

※次回、キャプテンコラム第2回は、「やさしい時代に〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」の予定です。つたない文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。どうかあなたが、日々あたたかな気持ちで過ごされますよう。

よこさと・たかし●1965年愛知県豊川市生まれ。信州大学卒。1988年リクルート入社。94年のダ・ヴィンチ創刊からひたすらダ・ヴィンチ一筋! 2011年3月末で本誌編集長をバトンタッチし、電子部のキャプテンに。いざ、新たな航海へ!

第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」
第2回 「やさしい時代に生まれて〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」
第3回 「泡とネットとアミノメの世界の中で」
第4回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その①〉/メリットとデメリット」
第5回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その②〉/出版界の反撃」
第6回 「海、隔てながらつなぐもの」
第7回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その①〉」
第8回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その②〉」
第9回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その①〉」
第10回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その②〉」
第11回 「大きい100万部と小さい100万部」
第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」