オズワルド伊藤のエッセイ連載『一旦書かせて頂きます』/第1回「書くということ」

小説・エッセイ

更新日:2020/10/16

オズワルド
オズワルド 畠中悠(はたなかゆう/左)伊藤俊介(いとうしゅんすけ/右)

お世話になってます。オズワルドの伊藤と申します。

この挨拶一発で、誰しもがサスペンダーのちょび髭眼鏡を思い浮かべてくれることが、今の僕にとってどれほど難しく、どれほど憧れるものなのか。

そんなことを、だらだらと言い訳なんかも交えながら説明していきたいところではあるが、あたまっから知らない奴の知らない世界の講釈を聞いて、一体全体誰が続きを読む気になるのだろうかというところにはさすがに気付けてはいるので、まずは僕という人間が、どこの馬の骨かはわかる程度に簡単な自己紹介をさせて頂きます。

 

僕は吉本興業に所属していて、オズワルドとは僕と畠中悠という顔の8割をアゴに占められている男によるエンターテイメントグループのことである。

要するにお笑い芸人。

奇跡的に知っている方がいるとしたら、その要因は大きく分けて二つだろう。

一つは昨年のM-1グランプリの決勝。

普段から漫才師を名乗らせて頂いている以上は、本当に夢の様な体験であったし、ここから知って頂けているパターンが最も喜ばしいことである。

もう一つは、僕の妹からの情報。

僕の妹は、伊藤沙莉という本名で天才女優の方をやらせて頂いている。一緒に住んでいたというのもあるし、僕自身数年に渡りひもお兄さんの名を欲しいままにしていた為、彼女関連の事柄を調べていくと必ず僕にぶち当たるのである。ここから先は僕を倒してからにして欲しい次第なのだ。

 

他にも、キャバクラのアルバイトを10年間やっていたり、土下座をすることに関してなんのストッパーもなかったり、近頃はルームシェアに夢中だったり。

どんな人間でも、31年も生きてりゃそれなりのアイデンティティは出来上がるし、自身を知ってもらう為の角度なんて360度ある。一概に自分はこういう人間だとは言い切れないし、はっきりと確実に自分そういうとこあるんすよと断言出来る部分もある。

だからこそ、今回の自己紹介で、自分の全てを紹介させて頂くことなど、皆様同様ちゃんちゃらおかしい話なのだ。というより、さすがに約2000文字に収まると思われたくないのだ。それはいくらなんでも勘弁してほしいのだ。

 

というわけで、個人的な情報やらなにやらの細かな部分は、皆様が、伊藤ちゃん本当そういうとこあるよねえみたいな感覚になりはじめてくれた時にでも書かせて頂くとして、初回である今回はこの『書く』ということについて考えてみることにした。

同調も批判もなにもかもペロリと頂くつもりなので、とりあえずは商品成分読むくらいのノリでなんとなく読み進めて欲しい所存である。

 

そもそも、先程から『書く』という表現を用いてはいるが、実際のところはもちろん『書いて』はいない。

 

僕は正直、これは自分の最も愚かな点の1つではあるが、新しいものに対して信じられないくらい腰が重いところがある。全く上がらない。

未だにSuicaではなく切符だし、携帯電話も安さでしか選んだことがない。平気で写メールとかも言う。

もちろんパソコンなんてダブルクリックと電源入れることと消すことくらいしか出来ないし、ブラインドタッチとかいう前戯の必殺技みたいな名の行為も、特別な才能を持った者にしか習得出来ないと思っている。というかパソコンとかSuicaを新しいものにカテゴライズしている時点で察して欲しい。wi-fiも全力でウィーフィーと呼んでいたに決まっているのだ。

だから、今こうして書いている言葉も、携帯で書いている。大学の約2万字の卒業論文もガラケーで作成した。このファイトスタイルを選んだのは僕とシザーハンズくらい爪長いギャルだけであった。

 

この時点で、時代に取り残されすぎている僕に嫌悪感を抱いたあなたには、ちょうど好感度がプラマイになるくらいの情報もお渡しするのでどうかもう1度笑顔を見せて欲しい。3人兄妹の僕が、長男として痔持ちだった母のおしりに座薬を入れる大役を担っていた情報もお渡しするのでどうか。

 

つまりは今この時の文は、『書いている』のではなく『打っている』のである。

それでも『書いている』と表現する。

 

なぜ携帯やパソコンで文を『打つ』時にも、『書く』という表現を使うのだろうか。

僕は、『書く』という言葉が、『思いを綴る』行為の総称に成り代わったからではないのかと、全日本人とは言わないまでも、僕が10人いたら10人納得してくれるであろう結論に至ったのである。

例えばLINEだとかメールだとか、明確に誰かに向けた行為は、『書く』ではなく『打つ』と表現する。

自分自身、現在蔓延る歴史の教科書見開きフルカラー案件の影響により、完全な自粛期間を過ごすうちに、noteという自分の文を売ることが出来るアプリに出会い、本当に毎日気が狂ったように文を『書いて』いた時、自分の中の諸々の存在に気付くことが出来た。

以上のことから、『書く』という表現は、思いを綴ることによって自分自身をわかってあげることであると思えてならないのである。

ちなみに、手紙を『書く』という行為は、完全に誰かに向けたものであり、僕の持論を根っこから爆破させることが出来る事実ではあるが、いよいよ『書き』終わるという段階で気付いた為、バッチリ目は合ってはいるが盛大に無視をさせて頂く。

こういう抜けてる部分とかも愛してくれるような、そんな読者に皆様にはなって欲しいものである。

 

どの方法を用いるか以前に、大人になると『書く』ことが少なくなる。

なにかに行き詰まった時、もしかすると誰に相談するよりも、『書く』ことによる自分自身との対話が必要なのかもしれない。

一旦辞めさせて頂きます。

オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019ファイナリスト。

note:https://note.com/ozwardito0808
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オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019ファイナリスト。


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