会話の一部に入るノイズ…目と爪以外、体が見えない少女の謎/住野よる『この気持ちもいつか忘れる』⑤

文芸・カルチャー

更新日:2020/9/27

平凡な日常に退屈し、周囲や家族とも適度な距離をとって生きるカヤ。16歳になった直後、深夜の人気のないバス停で、爪と目しか見えない少女と出会う。日常に訪れた「特別」に喜び、真夜中の邂逅を重ねるうち、カヤたちはあることに気づき――。
『君の膵臓をたべたい』の著者・住野よる氏の新作『この気持ちもいつか忘れる』(新潮社)は、氏が敬愛するバンド・THE BACK HORNと、構想段階から打ち合わせを重ね、創作の過程を共有し執筆したという作品。
「小説家×ミュージシャン」という史上初のコラボ作品を、全5回で試し読み配信。

この気持ちもいつか忘れる
『この気持ちもいつか忘れる』(住野よる/新潮社)

「まさか、あなたにも私の声が届くなんて」

 相手は、どうして目と爪だけが見えているのかなどの説明をしてくれることもなく、そう呟(つぶや)いた。意味を考える。

「こっちの声は、そっちに届いてた……?」

「うん」

 目だという光が、上下に揺れる。また、頷いたのか。

「昨日までは、あなたの声しか聞こえなかった。私が何を言っても、あなたが××することはなかった」

「え?」

 言葉の途中が聞き取れなかった。ラジオの周波数が合っていない時に鳴るノイズのようなものに邪魔された。

「今日になって突然、あなたが××したから、驚いた」

 まただ、テレビの砂嵐のような音。文脈から考えると、先ほどと同じような意味の言葉が聞き取れなかったらしい。

「急に、あんたの声が聞こえたんだ……」

 正直に喋ると、目の前の彼女、彼女で良いんだろうか? 声は女性だけれど、まあひとまず彼女は「どうしてだろう」と自然な疑問を口にした。

「さっき、あなたは私のことを、透明人間って言ったけど、私の姿、目と爪以外は××に見えていないの?」

「光ってる部分以外は、何も」

 指さすと、上二つの光が下方向に動いた。「ああ」と納得したような相槌(あいづち)が聞こえる。口がどこなのか分からない為、やってくる声が突然で、意図を捉えるのに神経を使う。おまけにまたノイズ。

「その、光っている部分以外に、体があるのか?」

「もちろん」

 信じていいのかは分からないが、一応信じるのなら、目と爪だとすると、全身の輪郭をぼんやりと想像できなくもない。目の位置を鑑(かんが)みれば、手の長さも脚の長さも人間であったとして不自然ではなさそうだ。

「私からは、あなたの体が××に見えてるよ」

 まただ。

「俺の体が、何かって部分が聞き取れなかった」

「×、×」

 ゆっくりと発音してくれたようだったけれど、やはり聞き取れない。このノイズはなんなのだろう。

「はっきり、しっかり、だったら分かる?」

「ああ、うん、それなら分かる。聞き取れない部分があるんだ。えっと、つまり俺からは、あんたの目と爪しか見えないけど、そっちからは、俺の体が全部見えてる?」

「うん。こっちの声が届く前から。私はずっと、ここに現れて何もせずに消えていくあなたを見て、そういう死んだ人だと思ってた。返事はないけど、話しかけたりしていたの。だからさっきは驚かせてしまって」

 少し長めに、目の光が消える。あちらが俺よりも落ち着いていることに納得がいく。

「なんで、俺からは目と爪しか見えないんだ」

 相手の言葉を信じるとするのなら、不思議で不平等だ。

「……考えてみれば、当たり前かもしれない。こんな暗いところで、光ってない部分が見えるはずない。むしろ、私からあなたの全身が見えていることの方がおかしい」

「暗い……」

 いや、そうじゃない。目と爪の奥、俺にはうっすらとではあるけれど、壁やベンチが見えている。明らかに、今そこに、彼女の体がないんだ。

 一つの提案をしてみる。

「灯りを、あてて見ても?」

「灯りは、禁止されてる」

「禁止って、誰に?」

「もちろん、国に。×××、知らないんだね」

 あなたに訊いてみたいことがいくつもある、と、彼女は呟いてから、目らしき光を大きくしてこちらを見た。

「あっ」

 それまで冷静な様子だった彼女が、怯(おび)えたような声を出した。ゆっくりと、光る爪の元となる手を目の横に添える。耳を塞いでいるように見える。

「サイレンが鳴ってる。そろそろ行かなくちゃ」

続きは本書でお楽しみください。