【宇垣美里・愛しのショコラ】ブラウニーは記憶のカギ/第9回

小説・エッセイ

公開日:2020/10/2

 ブラウニーは彼女がよく作ってくれたお菓子だった。きっと得意、だったのだと思う。初めてふるまってもらったのは、中学生の頃。彼女の家に遊びに行った時に、そういえば昨日焼いたんだ、と出てきたブラウニーに、「お母さん以外が家でお菓子つくることってあるんだ……」とびっくりしたことを覚えている。

宇垣美里・愛しのショコラ

 それまでだって何度も食べたことがあったはずなのに、彼女の作ったブラウニーが美味しくて、美味しくて。まわりはサクッとどこか香ばしいのに、生地はしっとりと柔らかく、濃厚な中身がずっしり詰まってる。ひとかけらもこぼすまいと、息を大きく吸いながら頬張れば、食べた後にふんわりと香るラム酒。こんなに贅沢なお菓子ってなかなかない。なのに手づかみでひょいっと食べられる手軽なところがまた憎い。たまらんなあ……と食後もしばらくうっとりしていた姿がきいたのか、それからちょくちょく作ってくれるようになった。

 くるみやナッツ、アーモンドがこれでもかと言わんばかりにぎっしり入ったものや、甘味を抑えたダークチョコレートのもの、サツマイモや栗が練りこまれていたり、抹茶味、ほうじ茶風味のものまで! オレンジのコンポートが乗ったブラウニー、大好きだったなあ。これがあったから、部活も受験も就活も乗り越えられたのかもしれない。美味しい美味しいと小躍りしながら食べる私は、自分で言うのもなんだけど、なかなか作り甲斐のある相手だったんじゃないかと思う。

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 道を違えたのはいつからだっただろう。
 大学進学で私が引っ越してからだろうか、就職でさらに遠くへと離れたからだろうか。少しずつ、それでも確実に許容できない価値観のズレが生まれるようになっていった。仕事、恋愛、人生。生きるために仕方なく働く、と豪語する彼女は、私が少ない睡眠時間でそれでも楽しそうに働いてる姿が理解できなかったようだし、当時好きな人や恋愛どころじゃなかった私は、それを哀れまれ、色々とアドバイスされるのが苦痛だった。