将棋界の勝負は“めし”が決める!? 勝負めしにスポットを当てた“異食”マンガ!

マンガ

公開日:2020/10/16

『将棋めし』(松本渚/KADOKAWA)
『将棋めし』(松本渚/KADOKAWA)

 受験に“うカール”や、試合に“キットカツ”など、人生を左右する重要な場面での縁起や“げんかつぎ”を食事においても重んじる日本人。「この試練に“勝つ”」と願って食べるカツ料理も「勝負めし」のひとつ。あらゆる勝負の世界で欠かせない勝負めしは将棋の世界にもあり、その時のコンディションや選んだメニューによって勝敗が決まることもあるのだとか。今回は、こういった将棋の対局のウラで繰り広げられる勝負めしをメインに、対局の様子やプロ棋士たちのドラマが描かれる異色の将棋マンガ、松本渚先生の『将棋めし』(KADOKAWA)をご紹介。

勝負めしの存在が棋士のテンションと勝率を上げる…!?

 玉座戦最終局。今回も長期戦の予感をしていた女性プロ棋士の峠なゆた六段は、迫りくる“その時”に向けてソワソワしていた。それは休憩とともに訪れる夕食の時間。将棋は戦略を長時間考えるために、かなりの体力を使う。「腹が減っては戦ができぬ」とはまさにその通りで、戦略を円滑に進めるための脳への重要なエネルギー補給タイムであり、この食事で勝敗が決まると言っても過言ではない、とのことだ。

 注文を聞きにくる前に戦略を立てるなゆた。最近はカレーがしばらく続いていたので、ここで方向を変えたいと考えていた。間もなく係の人間が注文を聞きにメニューを持ってくる。そこまで選択肢は多くないが、和と洋、そしてビーフカレー…とそれなりに豊富なラインナップだ。対戦相手とのメニューかぶりだけはしたくないなゆたは、まず候補を2つに絞る。1つは、まさに「この対局に勝つ」という“げんかつぎ”からのカツ丼。もう1つは、ある棋士にとっては勝率が高く、その勢いにあやかりたいと考えた天丼。縁起物としても手堅いこの2品――果たして、なゆたが最終的に食したメニューは? 対局の緊張感を解く束の間の休戦で繰り広げられる、なゆたの対局相手との食の盤外戦、そして“めし”にまつわる棋士たちのエピソードを描いた、まったく別の視点から美味しく楽しめる将棋グルメ作品だ。

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 本作の主人公・峠なゆたは、現実ではまだ誕生していない女性プロ棋士の肩書を持つ。なゆたの段位は六段。ちなみに正式に棋士になるためには、男女問わず奨励会員で四段に昇段しているという条件がある。なゆたは六段なのでこれを満たしているスゴい棋士なのだ。他の男性棋士とのタイトル獲得を懸けた熱い対局を注目しつつ、本作最大のテーマである、相手には負けられないし決してゆずれないメニューの駆け引き(これもまた心理戦)、そしてなゆたの無邪気で美味しそうに食す姿からも目が離せない。そして読者は腹が減ること間違いなしだ!

 さて、棋士たちの勝負めしを“将棋めし”(「しょうぶ」と「しょうぎ」が巧みにかけられている)と呼ぶこの作品は全6巻で構成されており、ドラマ化もされた。その影響もあり、“将棋めし”というワードは、将棋界はもちろん、ニュースを通じて一般にも広く知られるようになり、有名棋士が食したメニューがあるお店は「将棋めしの聖地」として紹介されるまでに至っている。本作には、うなぎのふじもとなど、実在する将棋めしのお店も続々と登場する。気になるところがあればネットなどで調べて、作品世界をさらに深く味わうのも一手だろう。

 ちなみに「将棋めし」をネットで検索してみると、大変興味深い情報にたどり着く。それは、次々と新記録を打ち立てている藤井聡太棋士の過去の戦歴と将棋めしの勝率が掲載されたデータだ。例えば、史上最年少で棋聖を獲得した、2020年7月16日の棋聖戦。そこでの将棋めしは味噌煮込みうどんで、その勝率は負けなしの100%。他の対局でも勝率の高いメニューを選んでいることがデータからわかる。実力がすべてではあるが、どんなに強い棋士でもげんかつぎにあやかっているのだろう。

 ここぞという時の勝負めし――私はりまの中では今のところ勝負めしというものはないが、今回でこの連載も30回目。すべてに“勝つ”ためにも、今回のPOPにカツ丼(気持ちは「松」か「特上」)をげんかつぎとして貼っておきますね!


文・手書きPOP=はりまりょう

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