まつもとあつしの電子書籍最前線Part3(後編)村上龍が描く電子書籍の未来とは?

更新日:2018/5/15

こんにちは。まつもとあつしです。

先週から引き続き村上龍さんの電子書籍制作会社、G2010代表の船山さんに取材をした記事です。
※前編はこちらから※
 


船山浩平●ふなやまこうへい:1971年東京生まれ。幼少期をブラジルで10年間過ごし1994年に早稲田大学を卒業後、日商岩井株式会社(現・ 双日)を経て株式会社グリオへ入社し、2008年からは代表取締役社長をつとめる。グリオでは日本を代表する編曲家、船山基紀を中心とした音楽作家20名を擁してSMAP、嵐、EXILE、安室奈 美恵、AKB48等の音楽制作を行う傍ら、携帯公式サイト運営、東芝やNECのPCにプリインストールさ れる動画&ゲーム配信アプリケーション「Sempre」の制作運営などエンターテ イメント系ITビジネスを数多く手掛けている。2010年、作家・村上龍と共に「歌うクジラ」電子書籍版 を発表したのち、電子書籍の制作/出版会社「G2010」 を立ち上 げ代表取締役社長に就任。2011年にはグリオで携帯公式サイトを手掛ける 作家・ 瀬戸内寂聴も同社に資本参加。
付加価値を生み出す3つの方向性

 
――どちらかというと、高付加価値で、数も限定されるようなものを、今後も作っていかれる事になるんでしょうか。大衆向けにたくさん売るという事ではなくて。
 

船山:そういうわけでもありません。今いろいろと新しい企画もありまして。リッチコンテンツという言葉を村上龍さんが使っていますが、3種類ほど方向性があると考えています。

いわゆる、音楽や映像を付けるというものもそうですし、あとは、情報量が紙では実現できないような大量のもの。たとえば『すべての男は消耗品である』っていう、エッセイ集が、もう十何冊出ているのですが、そういう作品を1つにコンパイルして、低価格で出すという方向。それも当然、付加価値だと思います。

 あとはたとえば絶版本とかですよね。絶版となってしまい今は読まれてないけど、いい本って、すごくたくさんあると。そういったものをもう一回出す。それをただ単に出すっていう事ではなくて、当然そこに仕掛けが必要だと思うんですけど。ナビゲーションといったようなものがですね。

 たとえば、時代って、周り巡っていて、今の世相といったものと似ている時代が必ずあると思うんです。もしかしたら、関東大震災の後のような、そういった時かもしれないですし。そのときに書かれているものだとか、いろんなものについて村上龍さんだとか、或いは瀬戸内寂聴さんといった方々が、選定して解説をしてくれる、といったものです。それも1つのリッチ化ですね。

――とても意義のある企画だと思います。実際、今進めているのでしょうか?
 
船山:詳しくはまだお話できませんが、そういった方向性のものも進めています。
 
音楽も、やっぱりカバーものって非常に人気があって、あれはもともとのいいメロディとか詩を今の人達がもう一回表現するわけです。それにちょっと近いものがあると思っています。文学の場合、簡単じゃないかもしれないですけども、そういう「リバイバル」という考え方というのは、絶対あると思うんですよね。

電子書籍という「革命」

 
――これは私がこの連載を通じて、ずっと感じていることなんですが、電子書籍を契機に文壇が復活するんじゃないか、仮説を持ってます。要は、明治のころ、非常にカリスマティックな作家さんが一人おられて、そこにお弟子さんとか、後進、あとを継ぐ人達がいて、文壇を形成していたわけですよね。
 
今はあまりそういうのって、なくなってしまった訳ですが、再びその、電子書籍でそういう動きが復活してるんじゃないかなと。たとえば、G2010の場合だと、村上龍さんの理念、思想に、やはり共感しないと、作家さんが声かけてこないと思うんです。
 
そういう何かが形作られつつある、みたいなイメージってお持ちですか?

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船山:いえいえ。現時点ではまだ、そこまで、考えられていないですけども、もしかしたら、そういう事もあるかもしれませんね。要は、今回、村上龍さんのとった行動とか、それにすぐに反応された瀬戸内寂聴さんの行動って、非常に新しい行動というか。ある意味では、出版社と相反するような動きというのを、そのクラスの人達が、とったというところは非常に意味のあることなのは間違いありません。
 
 わたしも驚いたのですが、二人とも、ほぼ同時に、革命という言葉を使われたんですね。電子書籍は革命だと。その二人がいっしょになったら、これは凄いことになると思ったんですけど。
 
 そういう気持ちで、なにか文学にとってこれは新しい何かが起きるというのを、はっきり認識して、行動に移した人達。この試みに人が集まってくるのかもしれません。

――革命って、そういうものですからね。構造、体制が大きく変わって。しかもその、たくさん集まっている「人」のパワーで、変わるということですから。 失礼ながら村上さんが革命というのは、すごくわかりやすいんですけど、瀬戸内さんが革命っていうのは、ちょっと驚きですよね。
 
船山:そうですね。寂聴さんは今年89歳になられたんですが、情報収集力や想像力、それから分析力がものすごいんですよ。印刷技術の歴史にも非常に詳しくて、もう2、3年前から、紙はなくなるけれどそれはあたりまえの話だと。私にはそれが何かはわからないけど、違うものになっていく。でも文学はなくならないはずだ。文学がなくなるという時は、もっと悪い事が起きるはず。文化がなくなるという事だから。いいものというのは、源氏物語もそうだし、何十年も何百年も残る。そういうものは永久に生き続けるだろうと。
 
 それで、寂聴さんには村上龍さんの『歌うクジラ』を最初に見ていただいたんですけど、もう、大きい声をあげられて、これは革命だ!と。
 
スタッフの方々を周りに集められて、これだと。私は絶対これをやるといって。彼女は、芸術家というのは、新しい事にチャレンジしなきゃいけないんだという訳です。それにチャレンジするのが、芸術家なんだと。岡本太郎さんとも親交の深かった方でもあります。

※参考:瀬戸内寂聴さんのメッセージ

――なるほど。そういう系譜なのかもしれないですね。
 
船山:彼女は、ある意味では極めてラジカルですし。なんか、昔からあるものを無理して残そうとかっていう考えは全然なくて。本質的な部分以外は、どんどん姿形は変わっていくものだと。よく「無常」という言葉を使われるのですが、ずうっと同じものなんて、ないと。
 
――なるほど。そういう意味での革命ですね。無常からくる、革命。なんか革命というと、非常に激しい、何かね、動きっていう。
 
船山:そうですね。その革命。
 
――先日、新潮社さんから「電子書籍基本宣言」が出されていましたけど、あそこにあったような「共存するべき」では取り組み・メッセージとしては弱いのかもしれませんね。

船山:でも、紙がなくなる事は、絶対になくて。共存だと思うんですね。その比率がこれまでと大きく変わっていく事は避けようもないのかもしれないですけど。ただもう少し皆さんが前向きに、電子書籍を作るところにクリエイティビティーを取り入れるということを、多少辛くてもやっておいたほうがいいとは思うんですよ。

クリエイティブこそが違法コピーから本を守る
 
船山:単にテキストを印刷所からもらってきて、リーダーに流し込んで出すっていう、そんな単純作業に多くの人を費やす事はできないと思うんですよね。

――費やしてしまってる会社、ありますけどね(笑)

船山:そうなんですね。僕はちょっとわかってないですけど(笑)

そういう、作業系の仕事というよりも、やっぱりどんな事でもいいんでクリエイティヴの要素を少し入れていく。入れていきながら電子書籍化をしていくという事が、すごく重要じゃないかと思っていて。それはお客さんにも伝わるものだと思うんですよね。必ず、それは伝わると思います。

 音楽の経験から言っても、何が一番怖いかって違法ダウンロードが一気に一般化してしまって、スタンダードになったら、もうそれは終わるんですよ。その業界は。音楽はもうその方向にむかいつつあると。違法ダウンロードから元にもどすのは本当に辛いんですけども、もういったんそこまで行ってしまったら企業だけじゃなくて、本当は国がやるべき事だと。

――確かにアニメなどでも指摘されている課題ですね。
 
船山:本当の意味で文化を守る必要がでてきます。
 
やっぱり、万人に認められる良いものを作った人にお金がいかないというのはあってはいけない事です。そこをまず改善していかなきゃいけないと。
 
 でも一方でもう自炊がこれだけ広まってきたら、あとは、そのデータがネット上に流れ出てくるのが、明日なのか明後日なのか。その出元が中国なのかアフリカなのかどこなのか――というようなときに、300円とか200円払って字のサイズを変えられるとか、少し読みやすくなるとか、ページの動きがちょっとなめらかで、というようなものでタダに対抗できるの? 絶対できないですよと。人間は絶対、タダを選ぶんですよ。
 
 音楽の場合でも音質がちょっといいとかというのは、全然関係なくて。みんなタダほど好きなものはないというなかで、じゃあ、『歌うクジラ』の電子書籍というものを、体感したいと思ってもらった場合、あの世界観は例えばPDFでは再現できないわけです。内容は読めるかもしれないですけど。
 
 クリエイティビティーをちょっと持たせる事で、紙とは多少違う事にするというだけでももしかしたら……そこは、我々は信じようと思ってます。

――スキャンしたデータとは、まったく違う体験が。
 
船山:できると。
 
――つまり、読み手からすると、そこに対価を払う。
 
船山:払ってもいいと。
 
――そういう気持ちというか、モチベーションになるという事ですよね。
 
船山:ええ。

G2010のこれまでを振り返って

 
――なるほど。一方で、その、リッチ化しようとすると、やはり手間もかかりますし、コストもかかるというところで、G2010の設立会見では、1年間で20点。1億円の売上げを目指すとありますが、この数字もけっこうインパクトがありました。

今のクリエイティヴのお話というのは、たぶんこの点数のところ――大手出版社さんですと全部のライブラリをデジタル化するという事をやってらっしゃいますけど、リッチ化する場合は、そういうわけにはいかないですよね。

船山:そうですね。1億に届くかどうかというのは、まだ見えていない部分もあります。

――そうですか。まもなく1年ですけど。
 
船山:あと、点数に関しても、やっぱり、20点に届かないかもしれない、というのが現状です。そういう意味ではもう一回プランを練り直さなきゃいけないと。

船山:G2010をスタートして、リッチコンテンツの制作工程についてはノウハウが確立されました。どういう手順で、誰がどういう役割を負えばよいかというところはわかりました。

あとはそこをいかに効率よくやっていくかというところですね。もう1つすごく大きな問題が、やっぱりプログラムの問題で。iOS(iPhoneやiPad用のAppleの基本ソフト)だけだったらいいんですけど、Android。これからAndroidOSを搭載した端末は絶対に増えていくわけですが、さまざまなバージョンもあれば、画面サイズの違いもある。次から次へといろんな新製品が出てくる。

 ここに対応させる為に、プログラムをチューンナップしていくのに、かなりの時間がかかるんですね。

 全く新しい技術や考え方を持ち込んで全部の機種に対応させるという方法をとるのか、ある部分は捨てるという方法をとるのか。そこの指針を出さなきゃいけないんですけど。そしたら今度は制作のスピードをぐんと上げることが出来ると思うんですね。そうなってきたら、いろいろと勝負ができるはずです。

 今はそこがボトルネックになっています。また作品は記者会見を開いて以降、有名無名に関わらず大量の応募をいただいていて。そのなかには、我々としてもどうしても実現したいものがある。

でもさっき言ったプログラムの問題とかで先に進めていないところがあって。ではどうしていくかというと、人を増やすしかないんですね。結局。で、人を増やすにはお金の問題があるというところで、今は資金的なところでもいろいろ動いていて。

――なるほど。
 
船山:瀬戸内寂聴さんに会社に入っていただいて、資本金が3千万になったところに、来週朝日ネットさんという。

――JMMをスポンサードされているプロバイダーですね。
 
船山:そうですね、ご支援いただいている関係で。追加で3千万円出資していただいて。
※6/21付けで資本参加

――ああ、そうなんですね。
 
船山:これで資本金が6千万になって。そうなってくると、当座の資金というのができるので。またこれでスピードを上げて、いろいろと企画をダダダっと出していくと。

――プログラミングって、内製でやってらっしゃるんですか。
 
船山:内製と外製と両方です。

――まあでも、スピードという意味では、内製にせざるを得ない部分というのはありますね。

船山:そうですね。外部の力を借りたほうが良いケースもありますが、ある程度、内製できる体制もとっておかないと、きついですね。コスト的にも。

――なるほど。あと、やっぱり、Apple対Androidという意味では、審査のところですよね。その関係もありますか。つまり、作品の中身・表現の部分ですよね。そこが影響している部分というのは、ありますか。

船山:そこはあまり気にしていないですかね。

――そうなんですか。

船山:Appleさんとも、非常に友好な関係を築けていると。そういう意味では、あまりそこは心配しないです。

――そうですか。けっこうAndroidに参入する、本格化させるとおっしゃってる方のなかには、特にマンガで多いんですけど、やっぱり、表現審査の問題があって。そういった作品をラインナップできないからAndroidも選ぶと仰るケースは多いです。

そこでビジネスを成立させたいとおっしゃるんですけど。では特にテキスト中心に、やってらっしゃるという事もあって、そこは、大丈夫だということですね。

――先ほどいまは無名の方からの応募もあるとのことでしたが今後、書き下ろしのものを出すという可能性はあるのでしょうか?

船山村上龍さんは今後G2010で新人賞を主催したいと仰っています。そのときには、作家だけじゃなくて、いろんな才能を一度に発掘するということも可能なはずです。

――なるほど、そこでもリッチ化が活きてくるわけですね。

船山:あと、作家の方も、年をとっているとか若いとか関係なく、こういういろんな端末が出てくるなかでおもしろいアイデアを持っている方がまだまだたくさんいらっしゃると思うんですよね。

 電子書籍ならではのものを。もちろんジャンルはなんでもいいんですけども。プラスアルファのものをもって、要するに2つぐらいの視点があって。作品そのものと、それを端末を使ってどう見せるかという、視座を2つ、3つ持ってる人も僕は世の中にいると思ってて。そういう人が出てきたらおもしろいかもしれない。
 
――なるほど。

船山:どうせだったら、そういう電子書籍の今後を担っていけるような人材の発掘みたいなことができればおもしろいと思って。

――わかりました。じゃあ、ちょっとその動きにも、期待をしております。全体のプロデュースは、村上さんも深く関わってらっしゃいますか。

船山:はい。そうですね。基本的に、村上龍さんに、全部話を通します。
 
――それは、他の作家さんの作品なんかでもそうですか。
 
船山:はい。クリエイティブも含めて指針を出して頂いてます。
 
――ちょっと話が、もどってしまうんですけど。村上龍さんが『歌うクジラ』を配信されて、ダヴィンチ電子書籍アワードでも、毎回の共同作業が、非常に刺激的で、作家生活やっていて、こんな楽しかった事はないという事を仰っていたのがとても印象的でした。共同作業の具体なやりとりについてもう少し詳しく聞かせてください。
 
船山:楽しかったっていうのは、龍さんにしてみても、初めての事だったんで。あの作品については、龍さんがクリエイティブのディレクションを全て仕掛けられていました。それで何ができあがってくるかわからないというドキドキ感がある中で、これはちょっと手前味噌になりますけども、村上龍さんが想像していた通りのもの、或いはそれ以上のものを、僕らが作れたというのもあったのではないかと思います。
 
 また、村上龍さんもいろんな仕事があるなかで、1カ月半ぐらいで、仕上げようということですから、こちらからも要求というか、お願いをしなくてはならないこともあるわけです。
 
 例えば、最初は我々も勝手がわからなかったので、Appleの倫理審査は厳しいらしいので、こういう残虐表現は削ったほうが良いかもしれません、と。それを村上龍さんのような作家に提言するというのは、ものすごくまずい事だと思いながらも、作品を世に出す為には正直に伝えなくちゃいけないとか。
 
 あと、最初に村上龍さんが校正からはじめようと仰ったんですが、校正の手順を教えて頂くというところから、スタートしたんです。
 
漢字の間違い探しを探してくれとか。あと、作品を読んでいてストーリーに矛盾がないかとか。あとは台割を作ってくれと言われて、台割ってなんですか?とか。本当にそういう根本的なところから。
 
――なるほど。
 
船山:ほんとにいろんな意味で、龍さんにとってもチャレンジャブルな状況だったと思います。そんな中で、自分が書いた作品に対して、明らかに、何か、新たな何かが吹き込まれていくというのは、興奮するんじゃないですかね。もちろん、それが満足いくものになっていった時は。逆に満足いかない時は、間逆の感情がはたらくと思うんです。そういう、ギリギリのやりとりというのが、龍さんにとっても楽しかったのではないかと思います。
 
――たいへんですね。作家さんが異なる場合だと、もうその、作家さんに対しても、いろんな説明、チェックをしていかないといけないし。村上さん、瀬戸内さんに対しても、していかないといけないという。編集、普通、書籍の編集だと、一対一の関係になるのがほとんどだと思うんですけど。ほんとに、各方面に。
 
船山:そうですね。
 
出版社との連携も視野に
 
  
――それは、御社のスタッフのなかで、皆さんそれを一生懸命やってらっしゃるという事なんですか。
 
船山:そうですね。今、本でいえば、編集者の仕事っていうのを、この松野、斉藤がやっているんですね。彼らがやるのは、まず作家さん達との話しあいなんですが、例えば既刊本の電子書籍化を進める場合に、本文はについてこのままいくのかというところから始まって、それで今度はじゃあそれに対してどんな付加価値要素を、入れていくか、という設計図を描くと。
 
 2人ともある程度プログラムの事もわかっているし、勉強をしているというところもある。じゃあ今度のリーダー・アプリケーションはこういう形でいこうとか。あとは、彼(松野氏)は元々音楽出身で、彼女(斉藤氏)はプログラマー出身なんですけど、じゃあ、音楽はこういう形でつけようとか。あと映像だったら、グリオの映像制作チームにこういうものを発注しようとか決めて、それを僕もチェックしながら進めていくという。
 
 というような、役割分担をある程度しながら、クリエイティヴのところで、やはりこの2人みたいな、いわゆる編集者というか、ディレクターというか――。

――そういった電子書籍の担い手をなんと呼べばいいんでしょうね?お二人の思わず名刺を見ちゃったんですけど。なんか、たぶん、編集者っていうと、どういう仕事というか、どういう肩書で、示されるべきものなのでしょうね。
 
船山:やっぱり、ディレクターでしょうね。
 
編集というと、やはり、色々な意味で原稿をいっしょに作っていくという部分が大きいのではないかと思うんです。で、紙であっても電子であっても一つの書籍としてどうあるべきかという事をいっしょに考えるという事でいうと、編集者に近いとこともあるとは思うんですが、リッチ化に対するのいろんな提案をして作品を作りあげるという意味では、ディレクターという言葉のほうがあっているのかな、と思います。

左からG2010スタッフの斉藤麗子さん、船山浩平さん、松野大祐さん

――たぶんそこがある種の難しさを生んでいるところかなと思うんですけど。村上さんが他のインタビューで仰っているように、出版社には、編集のプロがいるけど、電子書籍のプロはいないというところにも通じるお話ですね。

 一方で、著者としては作品を通じて向き合ってる編集に、電子書籍についてもいろいろ応じてもらいたいというところはすごくあるのだと思います。でも、実際やって来なかったし、今もやっぱり紙の作業をするので手一杯なところがあって。なかなかそこはむずかしい……。
 
船山:そうですね。それはむずかしいと思いますね。
 
――御社の場合は、ここの約1年ですか。でそのプロセス、あとはスキルというところも含めて、確立されつつあるぞと。

船山:そうですね。徐々に、徐々にですけど。ただ、逆に我々の中には編集者がいないんですよね。
 
――編集のご経験というのは、ないんでしょうか?
 
船山:ないです。持っている人間は、誰もいないです。ですので、既存の作品ですとか、あとは、自分の作品にはこれ以上触ってくれるな、というようなタイプの作家だったら、なんとか成立して、どちらかといえば、我々が今まで出版させて頂いている作家の方々は、そういう感じかもしれません。お前らにそこは期待していないよっていう(笑)
 
 でも、新しい作品に取り組んでいくという時は、必ず編集のプロの方が必要になってくるという認識はありますね。
 
――たいへんですね。だから、さっきおっしゃった、Android対応のためのプログラマーも必要だし、おそらく、今後その、書き下ろし、新作という事もやっていくとなると、編集のスキルを持った方も必要になるし、という事で。
 
船山:そうですね。そこはG2010として編集者を採用するっていうのもあるし、外注するっていうのもあるし、内部と外部でバランスをとっていくという方法もあると思いますし。

――村上さんは否定されていますけど。どこか他の出版社と組んで、という様な事は。
 
船山:否定はしていないと思いますが・・・・。 それは考えています。

――あ、なるほど。

船山:僕はそれも効率がいいと思っていて。やはり書籍をつくるプロがいて、いい本ができると。そこに我々が今積み続けている経験やノウハウというものを提供して、出版社さんといっしょに何か新しいものを作りだすというのが、理想的な作り方の一つですね。

――まだそういう環境がお互いに整ってない、けれども、そうしていかないといけないというのは、出版社も含めいろんな方にお話をうかがっていると、みえてきているとのも事実ですね。時期がくれば、そういう連携も生まれるかもしれない。

船山:そうですね。ただ今は単純に警戒されてるので(笑)
プライベートでは、けっこう、出版社の方とも、飲みにいったりするんですよ。最初は初めて会う人だと、相手も、あー、あのG2010の人間かっていうことでものすごく警戒されるんですけど、話しているうちに、こいつ、そんな悪いやつじゃないじゃん、というような(笑)。

 それで話をしていると、相手も本音が出てきますよね。というのも、いろいろ話をしていると、こんな面白い電子書籍をつくってみたいっていう個人の思いと、会社の事情というのは、やはり全然違うレベルであって。まだこんな、市場ができあがってないところで、会社組織の意に反したところでリスクをとってチャレンジをして、失敗しましたって平気で言える人って、普通に考えたら、そんなにいるわけないよなっていうのがあって。

――そうですね。
 
船山:そういう意味では、我々みたいな外部とでも、経験を積んでいるところとやったらどうかと。なるべくお互いのリスクを減らして、いいものを作るというようなやり方が、そういう意味でいいと思ったんですね。
 
黒船と水先案内人
 
――なんか、水先案内人みたいな感じですね。大きい船があるけど、電子書籍という港には、なかなか、うまく入れないんで。じゃあ、こっちだよ、みたいな。
 
船山:そもそも入ろうとしないみたいなところはあるかもしれませんが(笑)。そうですね。そう考えると昨年しきりに「黒船」脅威論が唱えられたことも思い出されます。
 
でも、今後どうしていくかという時に、海外マーケットを狙わなかったらだめに決まっているんですよ。もうそうじゃなかったら、みんな死ぬっていうのはもう本当にはっきりわかっていたほうがよくて。
 
 もちろん簡単な話じゃないと思うんですよ。でも、こっちから日本の文学を出すというのと同時に、もしかしたらいままでよりも遙かに簡単に世界の文学が日本のマーケットにぼんと入ってくるっていう事も充分考えられるわけですよ。素晴らしい海外の作品が、素人やセミプロでもいいんですけれども、いい翻訳をされて。

――なるほど。
 
船山:ある一定の限られた読書の時間というものを、海外からきた作品に取られていくという事だって、これはもう全然ありうる話だと思うんですよ。電子書籍ってそういうものでもあると思うんで。
 
紙に印刷するとなると非常にむずかしかった事(流通)が、できるようになっちゃうと。そこを出版社の方がどれだけ認識して戦略を建てていくのかというところは、すごく大事だと思っていて。
 
 最初は売れっこないと思うので大変だと思います。ただ、作戦ですよね。これは色々な角度から真剣に考えないといけない。あと、本当にアニメやマンガだけでいいの?とか。そもそもアニメ、人気あるの? とか。

――マンガについては、もう、ね。海外、特に米国では、取り扱いが減ってきていますからね。
 
船山:その、なんとなく、ある一つのメディアが、フランスでこれだけ何万人集めましたって報道して。そしたら、背景を確かめずにみんな、どーんと、こう、一斉に報道して。アニメ、マンガ一本やりになるって。あの風潮は非常に危険な気がして。もう少し、その、腰を据えた形で考えないと。日本の人口がこれからどういうふうになっていくか考えれば、いま何をしなくてはいけないかというのは答えが出ているはずです。

――そうですね。

船山:多機能端末がどんどん出てきたら、売上にどういう影響がでてくるか。書籍以外のエンタメコンテンツがこの小さな端末のなかに、どんどん入ってきて、その中で、読書に割かれる時間がどれだけあるかといったら、もう、人口多いところ(海外)を見据えていくしかないに、決まっているんですよ。

――海外向けの戦略とか、実際に手を打ってらっしゃるという事は。
 
船山:まずは、韓国語版で『歌うクジラ』を出しています。それなりのプロモーションも、やったつもりだったんですが、正直、苦戦しています。価格の問題など超えなきゃいけないものがまだまだたくさんあります。今はそのノウハウを積んでいっている段階だと捉えています。
 
今度7カ国語くらいの翻訳本の展開を考えています。無闇矢鱈にではなく戦略を考えながらでありますが。ただ本当は、そういう戦略を積極的に日本の文化を世界に発信していくっていうのを、どなたか、やっぱり大きい会社の優秀な方にやっていただきたいな、というのは、すごくあります(笑)とてもじゃないですけど、われわれG2010だけで担える役割ではありません。

――でも、誰もやらないんだったら、やるしかないかっていう部分も。
 
船山:先走りすぎて討ち死にするのは避けたいんですけど。(笑)しかしどんな手を使ってでも、やってやろうと思っています。

 

6月24日に電子ブックストアサービス「TSUTAYA GALAPAGOS」にて配信が開始された、村上龍さんの第3作目の電子書籍。
ラブ&ポップ(村上龍/G2010/TSUTAYA GALAPAGOS/900円)
 
90年代後半の渋谷の風俗を女子高生の視点から描いた小説。リッチコンテンツとして、オスカープロモーション所属のモデル100人の写真とテキストの融合、さらに渋谷の街頭の環境音を挿入している。また英語版も同時収録し、日本語文とシームレスに切替えができるようになっている。
 
村上龍さんはこの作品に下記のようなコメントを寄せている。
「電子版『ラブ&ポップ』は、膨大な時間と労力を要して作られています。小説の作品世界を、充分に深化させることができたという自負が、わたしにはあります。紙の本を「2次元の平面図」だとすると、この電子版は「3次元の立体図」です。充分に楽しんでいただけるものと確信しています」
まつもとあつしの電子書籍最前線」記事一覧
■第1回「ダイヤモンド社の電子書籍作り」(前編)(後編)
■第2回「赤松健が考える電子コミックの未来」(前編)(後編)
■第3回「村上龍が描く電子書籍の未来とは?」(前編)(後編)
■第4回「電子本棚『ブクログ』と電子出版『パブー』からみる新しい読書の形」(前編)(後編)
■第5回「電子出版をゲリラ戦で勝ち抜くアドベンチャー社」(前編)(後編)
■第6回「電子書籍は読書の未来を変える?」(前編)(後編)
■第7回「ソニー”Reader”が本好きに支持される理由」(前編)(後編)
■第8回「ミリオンセラー『スティーブ・ジョブズ』 はこうして生まれた」
■第9回「2011年、電子書籍は進化したのか」