まつもとあつしの電子書籍最前線Part3(前編)村上龍が描く電子書籍の未来とは?

更新日:2018/5/15

グリオという会社をご存じでしょうか?

昨年11月、村上龍氏が電子書籍事業会社「G2010」を立ち上げた際、その運営を行うとして紹介された会社です。わたしも含め、電子書籍の動向を追っているジャーナリストたちもその名を聞くのは初めてという人がほとんどで、「一体どんな会社なんだ」と話題を集めました。
 
(参考)INTERNET watch「電子書籍はワクワクするもの」、村上龍氏が電子書籍の新会社「G2010」設立
 
 人気作家が、出版社を介さず電子書籍をリリースするという動きが続いていますが、G2010はその発端となったとも言えるでしょう。連載第3回目の今回は、このG2010を運営するグリオ代表の船山浩平さんにその設立の経緯から、現在のビジネスの状況、そして今後展望を聞きます。一連のお話を通じて、村上龍瀬戸内寂聴氏が電子書籍に何を望んでいるのかも見えてくるはずです。
 
村上龍氏との出会い
 

船山浩平 1971年東京生まれ。幼少期をブラジルで10年間過ごし1994年に早稲田大学を卒業後、日商岩井株式会社(現・ 双日)を経て株式会社グリオへ入社し、2008年からは代表取締役社長をつとめる。グリオでは日本を代表する編曲家、船山基紀を中心とした音楽作家20名を擁してSMAP、嵐、EXILE、安室奈 美恵、AKB48等の音楽制作を行う傍ら、携帯公式サイト運営、東芝やNECのPCにプリインストールさ れる動画&ゲーム配信アプリケーション「Sempre」の制作運営などエンターテ イメント系ITビジネスを数多く手掛けている。2010年、作家・村上龍と共に「歌うクジラ」電子書籍版 を発表したのち、電子書籍の制作/出版会社「G2010」 を立ち上 げ代表取締役社長に就任。2011年にはグリオで携帯公式サイトを手掛ける 作家・ 瀬戸内寂聴も同社に資本参加。

――恥ずかしながら、G2010の設立会見で、御社(グリオ)のお名前を初めて知りました。そもそも村上龍さんとはどんなきっかけでお知り合いになったのでしょうか?
 

船山:我々は実は設立して20年たっている会社なんです。もともと、音楽制作からスタートして。以来ずっと音楽関連の仕事をやって来ました。
10年ぐらい前、iモードがスタートした時から、着信メロディのデータの制作ですとか、自分達でサイトを作って、音楽を配信するという仕事を始めることになり、そこから音楽だけじゃなくて、いわゆるIT方面――サイトを運用するとか、プログラミングをするようなスタッフも、自然に増えていきました。

――なるほど。
 

船山:分野は違えども、コンテンツをインターネットを通して、どうやって配信していくかというところに、かなり注力をしていました。そのノウハウは電子書籍でも活かされていると思います。
 そういう歴史があるのですが、村上龍さんに関しては、もともとグリオの今の会長の中村(中村三郎氏)が村上さんとは高校の時の先輩後輩なんです。

――あっ、そうなんですね。
 

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船山:中村のお兄さんというのは、村上龍さんの小説『69 sixty nine』の中でも、ナカムラというそのままの名前で登場していて、あの校長室でうんこをしたという(笑)

――ああ、あのエピソードの方なんですね。
 

船山:ええ――という具合にすごく仲がよくて。その中村のお兄さんが、佐世保のほうでイベント会社をやってまして。毎回、村上龍さんと、キューバのバンドを呼んで東京や長崎でイベントを行うのですが、我々はそのときに、たとえばそのライブ音を収録したのをCDにするといったことを、お手伝いしたりしていました。そういった最初はソフトなおつきあいをしていたんですね。

 転機が訪れたのは、2006年。マイクロソフトさんとのお仕事がきっかけでした。当時ユーチューブなどの動画サービスが急速に拡がっていってた時で、マイクロソフトも、MSNビデオという無料サービスをやろうとしていました。そこでユーチューブとの違いを出すために、オリジナル番組をいくつか作りたいというので、相談がありました。

 すでに音楽イベントを通じておつきあいのあった村上龍さんに「トーク番組をやってもらえませんか?」と相談に行ったんです。週に1回、時事ネタを少し話してみませんかといったお話をして。それが現在の「村上龍 RVR — Ryu’s Video Report」です。

(参考)[村上龍 RVR — Ryu’s Video Report] 動画– MSNビデオ
 
 で、おそらくフィーリングが合ったのだと思います。すぐに「じゃあ、やろうか」というとことになって。村上龍さんの方から「この企画をドイツでスタートさせよう」という提案を頂いたんですね。ドイツは当時ワールドカップで盛り上がりを見せており、そこから現地の熱気を伝えようと。
 ちゃんとお話ししたのは、その1回だけで、もう次はドイツだったという(笑)。
 そこから2、3週間、ほんとうに、二人きりとか、3、4人とか、少人数で精力的に動きました。村上龍さんと、非常に濃密な時間を過ごした結果、そこからじゃあ、いろんな仕事をやっていこうということになりRVRを手始めとして、こんどは村上龍さんが編集長を務めるJMM(ジャパン・メール・メディア)の運営を僕らのほうでやることになりました。

(参考)Japan Mail Media
 
 あとは、村上龍レーベルというCDのレーベルを始動するとか、キューバ音楽のイベントを、それまで東京FMさんがやっていたものを、我々のほうで引き継ぐということをやっていきました。2006年ぐらいから村上さんの、執筆活動以外の部分に関していろんな事を任せて頂くようになったんですね。

 そういった活動を通じて、村上龍さんにも、音楽だとか、映像だとか、あるいは配信に関するノウハウだとか、いろんなものを私たちが持っているというのは、少しずつ理解してもらえたんだと思います。そういう関係を4、5年、続けてきたわけです。

――音楽イベント、映像配信やメールマガジンと領域が広がっていって、いよいよ、昨年、電子書籍の会社をスタートさせるに至るわけですね。
 

船山:はい。電子書籍の話は村上龍さんのほうから持ちかけて頂きました。前々からご本人は、電子書籍に対しての関心があったようです。いつも「自分のすべての作品に関しては、電子化する権利は自分が持っている」、「出版社との契約の際、そこは注意してみていて、要するに、出版社が、二次利用をすぐにできるというような契約にはしていない」と仰っていたことにもそれが現れています。

 
コストを公開する意味とは?
 

――JMMのなかでも設立の理由、経緯も非常に詳しく書かれていますが、驚いたのがコストについてしっかり言及されていることです。村上さんご自身がきちっと把握されていて。しかもそれを公開していくんだという事をおっしゃっていますね。この1つ前の記事で、Jコミの赤松健先生を取材したんですけど、そちらでも、売上げを公表していくことを宣言されています。ジャンルは違えど電子書籍に同じようなスタンスで臨んでおられる、というのが興味深いところです。
 
船山:なるほど。ただコストについてはいわゆる外注費に関して述べられていて、人件費は入っていません。G2010では多くの場合、グリオ側でいわゆる校正のところから、全部やって、ユーザーインターフェースのデザインやアニメーションだとか、イラストのデザインとか。そういったところを全部、内製で行っていました。そこのコストというのは、村上さんの発表の中には含まれていないのでご注意頂ければと。これに関しては、もしかしたら、多少いろんなところで、誤解を生んでいるかなという気が、しなくもないんですけども(笑)

――たしかに、ずいぶん、低コストでできるものなんだとびっくりしていました。ここに現れていないコストもあるわけですね。
 

船山:そうですね。作品全体の仕様設計を全部こちらでやって、プログラムを組んでいくところだけを、外の会社にお願いしています。要するに、設計から何から何までやって、最後の組み上げるところだけ、他社さんにお願いした――公表されたのはそのコストです。

――そういう事なんですね。わかりました。
 

船山:とはいいつつ、制作に関わる当事者同士の間でもいくらかかるというのを、はっきりと明確にするというスタンスじゃないと、G2010というのはやっていけない会社かなと思います。資金も決して潤沢ではないですし、人手も限られてます。隠していい事って1つもなくて、逆にいうと、作家さんにも、売れればたくさん報酬がいくけども、売れなかったら、我慢していただかないといけないのです。

――「そのときはごめんなさい」と。
 

船山:という事も、あり得ますよ。要するにG2010から出す本で、最初にアドバンスを何%お支払いしますよっていうのは、基本的にはないということの裏返しでもあります。

――成功報酬型を取られているわけですね。
 

船山:はい。ある意味、成功報酬型でなくて最初にアドバンスをいくらか払うという形をとれば、費用に対する関心は急速に薄れてしまいます。でも逆に我々は、これにいくらかかった、で、ご納得頂けますよね、というコミュニケーションを取らなければなりません。
これにいくらかかった、かけます。じゃあ、デザイナーはこの人でいいですよ。この人ギャランティーいくらです。写真家はこの人はどうでしょうか?音楽家はこの人を起用しますと--そんなやり取りを重ねて、トータルでみて、やりますか、やりませんか、OKであれば進んでいくっていうステージが、このあとしばらく続くと考えています。

――なるほど。そこはこれまでの紙の本の作り方、ビジネススキームとの大きな違いですね。著者からすると、アドバンス――原稿料とか印税――ありきというのがこれまでの常識ではありましたから。
 

船山:そうですね。たとえば、文芸誌で原稿料をもらって、単行本でもらって、文庫本でもらって、全集でもらって……とかっていうようなところからは、やっぱり変わっていくに違いないと思います。

――村上さんは、もちろんそこは充分理解して、最初に出版社と契約されているというお話でしたが、新しくG2010に加わってこられる作家さんは同じような意識をもっておられるのでしょうか?戸惑う方はおられませんか。
 

船山:今のところは、皆さんご理解いただいています。まだ詳しくはお話できませんが、多くの著名な作家さんからも、お声がけを頂いてもいます。そういった方々は、我々のコストも含めた説明をあらかじめ見て頂いていて、先におおよその理解・了解はされていますね。

――なるほど。でもそこで問題になってくるのが、やはり、出版社さんとの向き合い方ですよね。さきほどおっしゃったように、多くの場合、契約のなかでは電子化については記述されてなくて、法理的には、著者に決定権があるはずです。けれども出版社への義理というのもありますよね。特に新人で出版社にある意味育ててもらった作家さんなどからすると尚更だと思います。
 

船山:そうですね。ですので、今のところ、作家さんのほうから、やりたい、出したいっていう申し出を頂いてからやっていくという考え方です。

 自分たち(G2010)のほうから、電子書籍化の契約を結んでないんだったらこっちでやっちゃいましょうよ、というような提案は、今のところはやめようと。作家の先生ご本人が、どうしても自分でこういうものを作りたいと。で、出版社と話はしているけども、自分の思い描くようなものっていうのが、ちょっとできなさそうだとか、そういうケースに対して応えて行こうと思っています。
 それは、たぶん料率という事もあるでしょうし、電子書籍に求めるクオリティという事もあると思うんですね。

 
G2010が追求する「リッチ化」
 

――クオリティというのも重要な観点ですね。紙で出したものを、そのままあたかもスキャンするような形で電子化するのであれば、クオリティを議論する余地はあまりないわけで。
 
船山:そうですね。したがって「リッチ化」という我々が目指す電子化をやりたいという作家さんもいらっしゃるので。そういう時は、お話をさせていただきます。

――確かに。私自身も、本を数冊出している立場でもあるのですが、リッチ化という方向ではなかなか踏み込んだ打ち合わせができないケースは多いと思います。取材を重ねたり、原稿を起こしたり、装丁を詰めていく中でいろんな素材も生まれるのですが、その殆どが死蔵されてしまっています。
 
船山:そうですね。多くの場合、そうかもしれません。

――やはり、リッチ化というところが、声をかけてこられる著者の方からすると、大きな魅力として映っている。
 

船山:そうですね。あとは、印税分配の明快さというところ。その2点だと思います。

――逆にいうと、リッチ化というところは、御社からすると、絶対に外せない要素ですね。
 

船山:そうですね。リッチ化というのはコストがかかるものなので、正直、なかなか厳しいですけど(笑)

ただ、まだ作品数が少ないG2010としては、自分たちをどうアピールをしていくかという時に、やっぱりそこでしか、勝負ができないと思っています。

 
「歌うクジラ」はリッチ化に最適だった
 

『歌うクジラ』(村上龍/グリオ/AppStore/1500円)

――ただ、この、着メロをやってらっしゃった頃とか、映像をやってこられた頃というのは、既存のコンテンツに、何かリッチになる要素を付け加えてって作業ではないですよね。
 

船山:そうですね。

――そうすると、電子書籍をやろうとなった時に、リッチにしようというのはどういう経緯からなんでしょうか?「歌うクジラ」では、村上龍さんが坂本龍一さんに声をかけたというエピソードがよくしられていますが。
 

船山:そうですね。実は「歌うクジラ」については、最初は坂本さんの既存の楽曲を使わせてもらおうという想定だったのですが、紆余曲折あり、結局書き下ろしになりました。

で、当時、確か土曜の夜中だったんですが、村上さんから「電子化しようと思うけど、手伝ってくれないか」っていうメールが来て、もう月曜日には、僕らのほうで、ラフスケッチを持って行ったんですね。

こういう世界観で、こういう形で、やっていったらどうかというような話をしまして。ラッキーだったのは、『歌うクジラ』というのは、SFものだったので、私たちがイメージしていた電子書籍にもぴったりだったんですね。

近未来をSFの世界というときに、たまたま、担当していたデザイナーがそういう世界が好きだったというのもあるんですよ。あと、龍さんの作品の特徴で、彼は書くときに、読者に完全に自分の頭の中で描いている事を再現させる、というようなところまで、細かく描写をしていく。「歌うクジラ」は特にそれが強く出た作品だったので。イメージの共有も、そういう意味では、しやすかったんですね。

――なるほど。もう、本文に細部の指定がされているようなものなのですね。
 

船山:読み進めていくと、この「グリースガン」というのは、どういう形だとか、「装甲車」というのは、どういう形だとか。「宇宙ステーション」というのは、こういう形だとか。「脱出ポッド」というのは、なんだ――とかっていうのは、もうイメージが、いろいろ見えてきたので。
 非常に長い原稿でした。それを原稿用紙、千百枚ぐらいまで削ったとは、思うんですが、最後まで、ばーっと読んでいった時に、どういうことをやりたいかというのは、まとまってきました。

ただ、結局そこからやった事というのは、まずは削ぎ落とすという作業でした。たとえば、最初は、村上龍さんは、全ページにイラストを入れたいと仰っていました。

――えっ全ページにですか!?
 

船山:はい(笑)でも、我々読んだほうからしてみたら、それをやったら、逆に世界観が崩れますよ、と申し上げたんです。これだけパワーのある作品に対しては絵は読者がそれほど求めてない。読めば読むほど、本文のところに、何かを入れるというのは、これはよくないなと感じたんですね。あくまで、我々がやることって、「作品の奥行きを出す」という事で、新たな何かをペタペタくっつけて、龍さんの世界に、上塗りをしていくという作業ではないと思ったので。

――あくまで、村上龍さんの世界を、忠実に。
 

船山:そうですね。

――再現、というか、表現する。
 

船山:再現、表現していくという時に、どうすべきか?どこまでだったらOKかを迷いながら。やりたい事はたくさん――映像を入れるとか、アニメーションを入れるとか――っていうのは、あったんですけれどもそれは先ほどの上塗りという観点からどうか、また技術的・コスト的にはどうか、ということで頭を悩ませました。

 たとえば、映像を入れるにしても、自然にそれを入れるのは、けっこう難しいのです。ここでどうしても映像を入れたいといった時に、本文を読んでいる途中で画面が切り替わってしまうのは、よくないなと思ったり。

 トータル的に考えて、あの時点の持ち合わせていた技術で、作品として成り立つのは、ここだということで。ある意味思い切って、割り切って、作った面はあります。