まつもとあつしの電子書籍最前線Part3(前編)村上龍が描く電子書籍の未来とは?

更新日:2018/5/15

電子書籍に大切な「引き算」
 

――引き算をされた、という事ですね。
 

船山:そうですね。引き算ですね。
 
あとは演出というところに関して言えば、実は、グリオでは電子コミックの制作もやっていたので、その経験が活きた面はあります。電子コミックって、スキャニングするだけじゃなくて専用のツールを使ってコマを順に送っていくスクリプトを組み込んでいきます。

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そういったことも相当やっていたので、人が本を読んでいく時に、どういう動きがいいかとか、どこをアピールすればいいかとか。画面のサイズに対するバランスだとか、そういったものが、ノウハウとしてあったのも大きかったと思います。

――アマゾンのジェフ・ベゾスがキンドルを指して、「AmazonはKindleに特別のユーザー体験を導入するつもりはない。ユーザー体験を創造するのは本の著者だ」と述べたことがあります。
 

(参考)Jeff Bezos、Kindleの未来について大いに語る
 
つまり、リッチ化という事を、現状では否定する発言です。こういう見方についてはいかがでしょうか?

船山:別にそこには反論はなくて、文字だけの電子書籍というのも、当然あっていいと思います。あと、我々の作品も、できる限り、特に文芸作品に関しては、本文を邪魔しない、作家の意図がなければ、本文を邪魔しないように電子化・リッチ化することを心がけています。

BGMがうるさければ、切れるわけですし。たとえば扉絵のアニメーションが、うるさかったら、すぐにめくればいい。動画が入っているのが嫌だったら、再生ボタンを押さなければいいという考え方です。

 あまり批判には、合理的な理由がないと思います。つまり、要するに、リッチ化された作品を読んだ事のない人が、音楽を入れるなんて、とか。映像を入れるなんて!というふうに言っているような気がするんですね。

――読まずに、体験せずに批判している?
 

船山:はい。でも、そこって、新しいものが出てきた時って、必ずそういう事が起きて――。

――ありますね。
 

船山:あとは、今度は逆に、僕らが、これがあるからいいんだとか、僕らだけじゃなくて、作家さんと、その、たとえば、G2010という会社で、これはあったほうがいいよねっていうものを、どうやって作っていくかっていうところを、追求していく中で、そういう、プレーンなものであるべきだという意見があっても、それは全然いいと思うんです。

――これまで原作としての本があり村上さん作品でも、映像化されたりとかという事はあったと思うんですけど。G2010の作品はどう位置づけられますか?1つ手法が増えたという理解でよいのでしょうか。
 

船山:それはもう、おっしゃる通りだと思いますね。表現――特に村上龍さんの場合は、そういう映像を作ったりとか、いろんなことをやってきた人ですから。ある1つの表現方法が増えたというところで。

 
文庫本よりも高い価格設定も
 

――わかりました。実はその点は、価格というところも絡んでくるのかなと考えています。先ほど触れたようにコストもある程度、明示されていて、リッチ化もされました。けれども、いま世の中に作品によっては、紙で買える、たとえば文庫になってたりすると、かなり安く買えるものもあります。
電子書籍の価格設定をどうすればいいかって、けっこう皆さん悩んでらっしゃるのではないでしょうか?

 

船山:そうですね。
 
――G2010では、文庫よりも高く設定されているのもありますよね。リッチ化をすれば、コストはかかるので、当然高くしたいという気持ちも働くとは思います。
けれども、世の中の電子書籍をみると、文庫の半額になっていたりするわけです。再販制に守られていない電子書籍で価格を、どのように考えて設定されていますか?

 

船山:やっぱり、今は「これぐらいの価格だったら、赤にはならないよな」という価格を、どうしてもやっぱり付けたくなります(笑)

 たとえば、『限りなく透明に近いブルー』あれが390円で今、売られているというところに対して、900円の値付けをする。非常にこれは、チャレンジングな価格なわけですけど。でもまあ、あの作品に関していえば、もう、読みたい人が読んでくれればいいと。ずばりそういう割り切りですね。

『限りなく透明に近いブルー』(村上龍/グリオ/AppStore/900円)

やっぱり、みんなに読んでもらおうと思ったら、115円とか230円とかで、出すというのが、一番いいと思うんですけども。
 今のところは、そういった普及価格を追求するという段階ではないかなと思います。また1回値段を落とすと、なかなかそこから高くするのは難しいというのも正直なところです。キャンペーンなどを弾力的に行う余地は残しておきたいですね。

しかし、本質的には、極端に価格を落とさなくてもいいような、クオリティのものを作り続けるしかない、というふうに考えています。逆に、値段を落としてもいい、制作費のかかってないものに関しては、思いっ切り下げてみるという事も、やってみたいですところではありますが。

 なかなか、今、たとえば、iTunes、AppStoreを見ていても、だいたい売れ線って、115円、230円、350円。そのなかに割り込んでいくというのは、非常にむずかしいというのも実際に約半年間取り組んで痛感しているところです。
しかしこれも過渡期の苦しみだと感じています。いい作品が出揃ってきたときに、あの価格で勝負できるわけがない(リクープできない)ですから。今は、ああいう、なんていうんでしょう、簡単に読める新書のようなものが中心で、ごくまれにパワーのある作品が入る。もう少し、将来的には、もしかしたら、デバイスはiPhoneじゃないかもしれないですけども、本を読むのに適したものがデバイスとして出てきた時には――。

――iPadやKindleのような端末ですね。
 

船山:そうですね。すでに価格帯が、iPadと、iPhoneのランキングでも全然違いますし。

――今のお話のなかで、買いたい人が買ってくれればいいというお話があったんですけど。買いたい人って、ずばり、どういう人なんでしょう。
 

船山:やっぱり、まずは、その作家のファンの方ですね。

――そうすると、「限りなく透明に近いブルー」で読むことができる手書きの原稿なども、非常にファンにとっては価値がある。文庫本と比較すらしてないかもしれないですね。
 

船山:そうですね。既に、あれだけ何百万部も売れてる本なんで。ほんとに、ファンしか、もう買わないだろうと。最初から(笑)

――ファンの方、買った方から、どんな反応が届いていますか。
 

船山:やっぱり、すごくよかったと、うれしいと。読みやすいし。あと、手書きの文章から、そのパワーをもらったと。やっぱり、彼がどういう思いで、応募用の原稿用紙を書いていたかというところに、すごく、伝わってくるものがあったと。

――なるほど。僕も手書き原稿を眺めるのは好きですね。取り消し線に現れる迷いとか、その推敲の跡を追って、書き手の思考を想像するのはすごく楽しいですね。そういうコレクターズアイテム的な価値なんですね。
 

船山:そうですね。「限りなく透明に近いブルー」に関しては愛蔵本というか、コレクターズアイテムみたいな、位置づけですね、一方「歌うクジラ」は位置づけが全然異なります。単行本を出す前に発売するという、大きなフックでしたから。

後編に続く。後編では、村上龍さんの今後の電子書籍の展開、G2010が考える電子書籍の未来について。6月29日(水)に更新します。

まつもとあつしの電子書籍最前線」記事一覧
■第1回「ダイヤモンド社の電子書籍作り」(前編)(後編)
■第2回「赤松健が考える電子コミックの未来」(前編)(後編)
■第3回「村上龍が描く電子書籍の未来とは?」(前編)(後編)
■第4回「電子本棚『ブクログ』と電子出版『パブー』からみる新しい読書の形」(前編)(後編)
■第5回「電子出版をゲリラ戦で勝ち抜くアドベンチャー社」(前編)(後編)
■第6回「電子書籍は読書の未来を変える?」(前編)(後編)
■第7回「ソニー”Reader”が本好きに支持される理由」(前編)(後編)
■第8回「ミリオンセラー『スティーブ・ジョブズ』 はこうして生まれた」
■第9回「2011年、電子書籍は進化したのか」