キャプテンコラム第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」

アラベスク

2011/9/5

ダ・ヴィン電子ナビ キャプテン:横里 隆

ぼくたち電子ナビ編集部は学生時代の部活動のようなところがあります。
だから編集長じゃなくてキャプテンなのです。
そしてネットの海を渡る船長という意味も込めて。
みんなの航海の小さな羅針盤になれたらいいなと。
電子書籍のこと、紙の本のこと、ふらふらと風まかせにお話ししていきます。

 ちっともうまくはないので大きな声では言えないのですが、実は……バレエを習っています。それもクラシックバレエです。習い始めて、かれこれ9年以上になります。

 このコラムの船長イラストを見ていただいてもおわかりのように、ぼくの体型はまったくダンサー的ではありませんし(汗)、身体だってめちゃめちゃ硬いのです。では、なぜバレエを習っているのでしょう。不思議ですよね。

 習い始めたきっかけは明確です。ダ・ヴィンチ本誌で2000年から10年間連載のつづいたバレエマンガ、『テレプシコーラ』(山岸凉子/著、第1部全10巻+第2部全5巻)の担当をしていたからなのです。

 担当編集者とはいえ、ぼくはそれまで一度も本物のクラシックバレエを観に行ったこともなく、当然ながらまったくバレエのことをわかっていませんでした。知識といえば、同じく山岸さんの代表作であるバレエマンガ『アラベスク』(完全版:第Ⅰ部全2巻+第Ⅱ部全2巻)から得たものくらいでした。
 山岸さんから連載のネーム原稿(最終原稿を描き始める前に作成する、セリフとコマ割りが書かれた下書き原稿)を受け取っても、バレエシーンに関する気の利いたコメントもできないというていたらくでした。バレエ用語もろくにわかっていなければ、バレエというものの魅力も、ダンサーたちの喜びも苦しみも、何ひとつわかっていなかったのです。

 連載がスタートしてしばらくした頃のことでした。山岸さんに招待していただき、シルビィ・ギエムの「ボレロ」を一緒に観に行ったのです。踊るギエムはあまりにも素晴らしく、これがバレエというものの魅力なのかと背筋に何度も電気が走ったのを覚えています。
 そんなギエム熱に浮かれながらの帰り道、山岸さんが「そうそう、今度、知り合いが大人のためのバレエ教室を始めることになったので、一緒に習いません?」と声をかけてくれたのです。

 以前のぼくだったら迷わず、丁重にお断りしていたに違いありません。踊りなんて高校時代のフォークダンス以来、一切経験ありませんでした。でも、そのとき頭をかすめたのは、もしかして自分自身で体験してみたら少しはバレエのことがわかるかもしれない……という思いでした。ギエムに魅了されたのも背中を押された要因のひとつだったと思います。「じゃ、じゃあ、ぼくもその教室に参加してみます……」と言っていたのです。

 バレエを始めたきっかけは、かように明確なものでしたが、結局ぼくはそのままなんとなくバレエをつづけています。習い始めて早9年以上がたち、無謀にもバレエ発表会に5回も出場したりしています。

 激しいレッスンに老体が悲鳴をあげ、発表会当日のリハーサルの最中に足の激痛で倒れてしまったこともありました。役柄の派手なメイクのまま病院の救急窓口へ担ぎ込まれ、そこで右足のスネの骨が疲労骨折直前と診断されたのでした。無理言って痛み止め注射を打ってもらい何とか本番には出場しましたが、痛みに耐えて踊る姿は、まるでバレエマンガの主人公のようでした。とはいえ、マンガやドラマの主人公と大きく異なるのは、ぼくの踊りが全然上手じゃないという点です。主人公になるには致命的な欠点なのでした。

 では、どうしてうまくもないぼくが、ずっとバレエをつづけているのかというと、「なんとなく」というか、「ただ流されて」というのが正直な気持ちなのです。

 長々と個人的なバレエ話をしてしまいましたが(すみません!)、この「流されて」というのがぼくの生き方における基本スタンスのような気がしてならないのです。

 大学時代は登山サークルに入って、よく北アルプスに登っていましたが、山登りが好きだったかというとそうではなく、どちらかといえばつらいことばかりだったので、登っている最中は毎回「この山行を最後にしよう」と思っていたのでした。それでもサークルも登山もやめませんでした。
 考えてみれば仕事でも同じようなことが多いと思います。

 大まかな方向性の是非は問うものの、是であろうと決断したら、あとは流れに身を任せる。

 身を任せるなんて言うと何だかかっこいいのですが、ただ流されているだけなのです。でもこれは、ぼくなりの「緊張と弛緩のバランス」だと思っています。方向性の決断をする際は「緊張」しますが、その後は「弛緩」で行こうと。
 もちろん、日々小さな判断は必要になりますし、弛緩しているからといって決していい加減にやっているということではありません。

 うまく言えませんが、緊張感を維持しつづける(常に目標を明確に意識しつづける)と疲れてしまって、かえって視野が狭くなると思うのです。それよりも、流されながら見える景色の中に、思いがけない発見がたくさんあったりするものです。それは得てして緊張の日々の中では見つけられないもので、その後の人生を豊かにしてくれるものだったりします。

 大学時代、山頂で見た素晴らしい景色は今もぼくの宝物ですし、バレエをつづけてきたおかげでいくつもの美しいものを見、体験することができました。
 流されてよかったと思うこともたくさんあるのです。

 さて、ここで考えたいのはネット社会における「緊張と弛緩」についてです。
 「緊張」を表すものとして「検索」という行為があると思います。それは「検索」が、”目的に辿り着くための明確なアクション”だからです。「検索」はネットが普及して一般化した行為ですが、日々「検索」しつづけると、その「検索」に自らが縛られていくと思うのです。
 「検索」をするためには、まず言葉を入力する必要があります。言葉にしつづけることで、今まではぼんやりとしか自覚できていなかった自分自身の嗜好や思考に形が与えられ、明確に自覚できるようになっていきます。例えば、「あ、ぼくはこんなにもAKBのことが好きだったのか」と気づくように。あえてそのことに気づかなくてもよかったことまで自覚させられ、それによってその後の行動が縛られていくのです。
 ネットの海の情報量は膨大なので、「検索」しなければ容易には目的に辿り着けません。ただ、「検索」を繰り返すだけでは、どんどん自分の目的や志向を絞り込んでしまうような気がするのです。
 本来、やさしいはずのネットの海の中で、硬直化した考え方を持つ人々が増殖するのも似たような構造によってなのかもしれません。
 リアル社会における「ぶらり散歩」や「なんとなく店を覗いてみた」といった行動の中から思いがけない出会いや発見が生まれるように、ネット社会にこぎ出す羅針盤として、「検索」以外のものも何か持ちたいと思うのです。

 いよいよ9月6日に、このダ・ヴィンチ電子部は新たに「ダ・ヴィンチ電子ナビ」として生まれ変わりますが、そんなことを考えながらリニューアルの準備を進めてきました。
 「緊張と弛緩」を言い換えれば、「目的と無目的」と言えるかもしれません。それを新サイトの機能に当てはめれば「検索と記事」とも言えるでしょう。「まとめて検索」を活用して探している電子書籍を見つけ出していただきたいですし、掲載されている雑多な記事やレビュー、他のユーザーの方々のコメントなどをぶらぶらと眺めながらおもしろそうな本と出会ってほしいのです。

 ときに明確な目標を持ってネットの海を渡り、ときにゆらゆらと流されながらネットの海を漂い、そのどちらの恩恵をも受けながら、皆で楽しく、寛容に生きていけたら何よりです。

 ダ・ヴィンチ電子ナビが、その一助になれば幸いと願いつつ。

(第12回・了)

※次回のキャプテンコラムは、ダ・ヴィンチ電子部が新たに「ダ・ヴィンチ電子ナビ」にリニューアルするタイミングの9月6日AM10:00に更新する予定です。 よろしければぜひまたお越しくださいませ。今回もまた、つたない文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。どうかあなたが、日々あたたかな気持ちで過ごされますよう。

よこさと・たかし●1965年愛知県豊川市生まれ。信州大学卒。1988年リクルート入社。94年のダ・ヴィンチ創刊からひたすらダ・ヴィンチ一筋! 2011年3月末で本誌編集長をバトンタッチし、電子部のキャプテンに。いざ、新たな航海へ!

第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」
第2回 「やさしい時代に生まれて〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」
第3回 「泡とネットとアミノメの世界の中で」
第4回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その①〉/メリットとデメリット」
第5回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その②〉/出版界の反撃」
第6回 「海、隔てながらつなぐもの」
第7回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その①〉」
第8回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その②〉」
第9回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その①〉」
第10回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その②〉」
第11回 「大きい100万部と小さい100万部」
第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」