【宇垣美里・愛しのショコラ】ガトーショコラを焼きながら思うこと/第11回

小説・エッセイ

公開日:2020/12/4

 その次は冷やした卵白にも少しずつグラニュー糖を混ぜてメレンゲ作り。ハンドミキサーでぐりぐりと力いっぱいかき混ぜるけれど、本当にこのべしゃべしゃな卵白がふわふわのメレンゲになるのか……?といつも不安になる。でも辛抱強くかき混ぜていれば、これだって手ごたえを感じることができること、ふわふわのメレンゲを手に入れられることをちゃんと知っている。

宇垣美里・愛しのショコラ

 なんだか人生みたいだなあ、なんてことを思いながら手首のスナップをきかせ、腕の痛みに耐えながらメレンゲを練り上げる。ゆるめに仕上げるのがふっくら柔らかなガトーショコラを創るコツ。チョコレート、バター、生クリームを温めながら混ぜて乳化させ、さらに先ほど作った砂糖入りの甘い卵黄をイン。泡を潰してしまわないよう気をつけながらサクサクとメレンゲを合わし、その上に薄力粉とココアパウダーをふるいながら加える。

 混ぜすぎればぺちゃんこに焼き上がり、混ぜが足りなければポコポコと生地に穴が開いて崩れやすくなってしまう。この混ぜ具合が何よりも大切なのだ。何度も失敗を繰り返し、ようやく最近は考え事をしながらでも手早くさっくり、けれどしっかりと混ぜ合わせることができるようになった。小さなことだけど、確実に成長していることになんだか心がぽかぽかしてくる。昨日比較されたあの人より、きっと私のほうがガトーショコラを上手に焼ける。そんなことが心の支えになったりするものだ。

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オーブンに入れたら、あとは焼きあがるのを待つだけ。この時間にふんわり漂うチョコレートの香りが何よりもかぐわしい。ああ、この香りが大切なあの人に届けばいいのに。私がこの香りにしあわせを感じるように、あの人にもしあわせを感じてもらえたら、嬉しい。美味しい香りを届けたいな、とか、寒がりな人だからと来る前に床暖をつける、とか。そんな具体的な思いこそが「愛」なんじゃないだろうか。

 せっかくだから、焼きあがったガトーショコラにさっきの余りの生クリームを添える。ああ、可愛くって美味しくって、たまらない。こんな美味しいものを作れる私は、きっと大丈夫。原稿も書けるし、次は上手くいく。

 あの人にもちゃんと謝れる。その時、このガトーショコラを食べてくれたらいいな、と思った。

【筆者プロフィール】
宇垣美里(うがき・みさと)
兵庫県出身。2019年3月にTBSテレビを退社し、4月からフリーのアナウンサーとして活躍中。チョコレートのほか、無類の旅好き、コスメ好きとしても知られる。週刊誌、WEBサイトでコラムやエッセイなど多数連載中。自身初の美容本「宇垣美里のコスメ愛 BEAUTY BOOK」が発売中。

撮影=中村和孝(まきうらオフィス)/ヘアメイク=AYA(LA DONNA)/スタイリスト=小川未久(宇垣さん衣装)、片野坂圭子(雑貨)/編集協力=千葉由知(ribelo visualworks)

衣装協力=furuta(レースブラウス、ドレス:info@furuta-official.com)/e.m.表参道店(イヤカフ:03-5785-0760)/その他、スタイリスト私物