本当の自分がわからなくなったとき、心を軽くしてくれる絵本/鎌田實の人生図書館⑤

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/13

「読書は人生の羅針盤の役割を果たしてくれた」 鎌田先生の人生を支えた名著から、コロナ禍のなかで読みたい本、子どもの心を動かす絵本まで。400を超える本や絵本、映画を鎌田流に読み解いた渾身の読書案内をご紹介します。

鎌田實の人生図書館 あなたを変える本と映画と絵本たち400
『鎌田實の人生図書館 あなたを変える本と映画と絵本たち400』(鎌田實/マガジンハウス)

貼られたレッテルに負けるな!

 4位は『なまえのないねこ』(竹下文子作、町田尚子絵、小峰書店)。

 名前のない猫が、名前を持っている猫たちをうらやましがります。「どうして自分だけ名前がないんだろう?」。自分で好きな名前をつけようとします。ダリヤやガーベラなど、花にも名前があることに気がつきました。だんだん、あきらめかけます。

 雨が降ってきたとき、小さな女の子が「きみ、きれいな メロンいろの めを しているね」と声をかけてくれました。このとき、野良猫は気がつくのです。ひとりぼっちの猫が最後に見つけた、本当にほしかったものとは何か? グッときます。

 同じような作品で優れたものがあります。『こわいかおのライオン』(たざわあきこ作、大泉保育福祉専門学校出版局)。「自分とは何か?」が時々わからなくなることがあります。笑わなかったライオンが一度笑った。するとライオンの生活が一変します。

『うがいライオン』(ねじめ正一作、長谷川義史絵、鈴木出版)は、ライオンらしさに迷うライオンです。

 僕たちはついつい、貼られたレッテルに負けてしまい、本当の自分が時々、どっかに行ってしまいがちになるのです。若いお父さんやお母さんが、自分の子どもに、こうした本を読み聞かせていると、逆にお父さん、お母さんが大切なことに気がついていくはずです。小さな子どもも、子どもなりにいろいろなことを考えています。

 絵本は不思議な力を持っています。中高年が絵本を読むと、隙間がいっぱいあるぶんだけ、自分勝手に想像することができます。人生を振り返ることもできます。一季節に一冊くらい、自分のために、絵本を選んでみるのもいいかもしれません。

 ライオンらしさに疑問を持ったライオンが、ライオンらしくない〝ずっこけ〞をかまします。しかしその後、やっぱり「らしさが大事」だと考え直すのです。「らしさ」はとても大事、父親らしさ、母親らしさ、有能なビジネスマンらしさ、アスリートらしさ……でも時々、その「らしさ」から離れてみるのもいいもんだなあと、この絵本を読みながら思いました。

 第5位は『ヤクーバとライオン』(ティエリー・デデュー作、柳田邦男訳、講談社)。

「Ⅰ勇気」「Ⅱ信頼」という2冊仕立てです。ヤクーバというアフリカの少年が主人公。ライオンを倒すことが仲間に認められる大切な儀式ですが、ヤクーバの目の前にいるライオンは傷ついていました。

 ライオンを殺して村人にたたえられるか、傷ついたライオンを殺さず、気高い心を持った人間になるか、その選択を問いかけます。ヤクーバは「戦わない勇気」を選択します。戦わなかったヤクーバは村人から尊敬されなくなる。しかし誰も気がついていませんが。それ以来ライオンは、この村の牛を襲撃しなくなったのです。

 第2巻の「信頼」編は、再びライオンが、村にやってきます。ヤクーバとライオンは、今度は戦います。戦う意味があったからです。熾烈な戦いでした。夜明けまで続きました。本に、翻訳者の柳田邦男さんのサインと、こんな言葉が書いてあります。

「鎌田先生 本当の勇気とは――殺さない勇気とは――このすごいメッセージを すべての子らに 柳田邦男」

 そして第2巻には、

「鎌田先生 たがいに信頼し合うとは その極限のこの物語を すべての子らに 柳田邦男」

 子どもたちにこの絵本を読み聞かせてあげたら、きっと、よろこぶはずです。

 これに近い本はモンゴルの民話を題材にした『スーホの白い馬』(大塚勇三再話、赤羽末吉絵、福音館書店)です。王様がスーホから白い馬を奪ってしまいます。しかしスーホは、王様の言いなりになりませんでした。王様の兵隊は、スーホを弓で射ました。白い馬は最後の力を振り絞って、スーホに希望を託します。

 絵本は勝手に、自分流に読んでいいのです。絵本を何度も読み聞かせられた子どもは、あったかくて強く、懐の深い人間になっていくと思います。物事を一面で捉えず、見えないものの向こう側の大切さがわかる子になっていくのではないかと、信じています。

心の中のブレーキを外そう

 第6位は『空の飛び方』(ゼバスティアン・メッシェンモーザー作、関口 裕昭訳、光村教育図書)。

 主人公が、空を飛びたくて、飛びたくて、うずうずしているペンギンと出会います。ペンギンと仲良くなり、家でご飯をあげたり、飛ぶ訓練をしたりします。しかしなかなか、ペンギンは飛べません。失敗の連続であきらめかけたとき、奇跡のようなことが起きるのです。努力することの大切さや、そばにいてくれる人のありがたさ、仲間の大切さがわかってきます。飛べない肥満気味のペンギンが、とても可愛く描かれています。

 ペンギンは飛べると思い込んで、「飛んだ」という。途中で、「自分は飛ぶようにはできていないと思ったら墜落した」というのです。そのところから、一人の人間と出会って、彼に面倒をみてもらいながら、飛ぶための訓練や工夫、実験を積み重ねていきます。世の中にはブレーキがたくさんあります。「飛べるはずがない」「飛んではいけない」「危険なことをしてはダメ」という意識。社会のブレーキだけではなく、自分自身の中にあるブレーキもあります。

 そんなブレーキを、一度外してみてはどうでしょうか。それを『空の飛び方』は考えさせてくれる素敵な絵本です。

『空の飛び方』は「冒険」の大切さを訴えていますが、子どもたちがよろこぶ冒険の話は、『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック作、富山房)に尽きるでしょう。やんちゃな少年が悪さばかりするので、夕食を抜かれ、お母さんに寝室に放り込まれてしまいます。すると寝室が森になり、そして海が広がって、少年は船に乗って海に出ていきます。ある島に到着すると、そこは怪獣のいる島でした。

「冒険はワクワクする」ということを、子ども時代に知っておくことが大事です。いくつになっても、冒険とワクワクはセットです。この絵本を読んでいると、それを痛感します。

肩肘を張らないで! ありのままの自分がいちばん

 ベスト10には入らなかったのですが、『百年たってわらった木』(中野美咲作、おぼまこと絵、くもん出版)という絵本も大好きです。森の中に100歳の木がいます。とても立派で、いつもかっこいい。枝をグンと張り上げています。しかし、100年もがんばってきたけど友達ができない、いつだってかっこよくしているのに、誰もそばに来てくれないと、元気を失っていきます。

 毅然と天に向かっていた枝が、心なしか下を向き始めました。するとなんと、下を向くことで手頃な陰が生まれ、動物たちが集まってくるようになりました。いつもツヤツヤの肌にしていたら鳥が留まりにくいと感じ、自然のままにしたら、鳥が留まるようになりました。

「100年たって笑った木は、僕の『がんばらない』を読んだかなあ」と、ニヤッと笑ってしまいました。「もっと早く読んでくれればよかったのに」と感じました。疲れたときは疲れたように、ありのままの自分が大事です。

 第7位は、『わすれられないおくりもの』(スーザン・バーレイ作、小川仁央訳、評論社)です。「この世をどうおさらばしたらいいのか」を、スーザン・バーレイの絵が穏やかに語りかけてきます。「アナグマは、死ぬことをおそれてはいません。死んで、からだがなくなっても、心は残ることを、知っていたからです」

 そして穴熊は、友達や、穴熊を慕う人々から、死んだ後も、その思い出を語り続けられるのです。命がバトンタッチされていくことを、見事に表現しています。子どもたちに、僕たち人間は限りある命を生きていることを優しく伝えながら、それを読んであげることで、中高年の人たちも、自分の命の有限性に気がついていきます。

『ちいさな死神くん』(キティ・クローザー作、ときありえ訳、講談社)。死神くんが、死にそうな女の子のところにやってくるのですが、その女の子と仲良くなって、逆立ちをしたりして楽しく遊んでしまうのです。その後に思ってもみなかったことが起こります。僕たちに見えているものはんのわずか。見えないところにけっこう素敵な世界があることをわからせてくれます。

 想像の世界が広がっていく絵本は、読むたびに「作者が仕掛けてきた罠」に気づいていきます。何年かぶりに、もう一度、いい絵本を見直してみると、新しい意識が目覚めます。何度も読み返してください。

<第6回に続く>