“とある仕組み作り”をすれば、文章が書けるようになる。魔法のような方法とは?/書くことについて②

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公開日:2020/12/11

「文章を書く」とは、「自分の考えを伝える。意見を言う。主張を述べる」ことに尽きる。長年にわたりベストセラーを多数書き上げた作家・野口悠紀雄氏が、自らの「書くことについて」を解き明かした新時代の文章読本。「日々の継続」を「驚くべき成果」に変える文章法がここに…!

書くことについて
『書くことについて』(野口悠紀雄/KADOKAWA)

第1章 文章を書くための仕組みを作る

 自分の考えを系統立った文章として書くのは、容易なことではありません。

 学校でもそのための教育は行なっていません。文章読本に書いてあるのは、正しい文章を書くための注意であり、書くべき内容をどのように見いだし、どのように構成していくかの方法ではありません。

 本書が主として述べているのは、後者のための具体的なアドバイスです。そして、それを実行していくための仕組みを提案します。

1.文章を書く教育はなされていない

「文章を書く」とはどういうことか?

 本書は、文章を書こうと考えている方々のためのガイドブックです。

 文章を書いて自分の考えを他の人々に伝えるとは、どういうことなのでしょうか? なぜいまの時代にも、その方法を学ぶ必要があるのでしょうか?

 本書で、「文章を書く」というのは、手紙で近況を伝えることではありません。また、日記をつけることでもありません。

 考えを伝える。意見を言う。主張を述べることです。つまり、論述文が本書の対象です。

 ツイッターのように140字では、まとまった考えを伝えることはできません。まとまった考えを伝えるには、最低限でも、一定の構造を持った1500字程度の文章を書く必要があります(これについての詳しい説明は、第5章で行ないます)。

 これは、訓練をしないとできないことです。

 手紙を書いたり日記をつけたり、ツイートをするために、特別の訓練は必要ありません。

 しばしば、「手紙の書き方」といった指南書があるのですが、私は、こうした指南書は不要だと思います。

 しかし、まとまった考えを述べるためには、訓練が必要です。そして、適切な仕組みを作る必要があります。

「読む」教育だけで「書く」教育はない

 右に規定した意味での「文章」を書くための教育は、学校教育でなされていません。正確にいえば、満足のいく形ではなされていません。

「読み・書き・算盤」というのですが、「書き」でなされているのは、文字を教えることが中心です。

「文章を読むための教育」はなされています。文字を学び、教科書を読み、内容を正確に理解しているかどうかをテストされます。

 また、「作文」というものもあります。しかし、これは、日記や手紙のような文章しか対象にしていません。まとまった考えを伝えるのは、「何でも自由に書いてよい」ということではないのです。

 最近では、「プログラミングの教育が必要だ」といわれます。これには、賛成です。また英作文の教育も必要だと思います。しかし、その前に、日本語で文章を書く教育が必要です。

 この教育は、実は大変難しいことなのです。本当は個人教育が必要なのですが、学校で一人一人の学生を相手に教育するのは不可能といってよいでしょう。

 文章の添削というサービスはありますが、そこで直してくれるのは、言葉遣いなどです。「この内容では面白くない」という類の添削が必要なのですが、そうした添削サービスを求めるのは、難しいことです。これは、自分でやるしかないことです(ただし、第7章で述べるブレインストーミングは、この目的のために有効です)。

これまでの文章読本とどこが違うか

「文章を書く約束をしてしまったが、どうしたらよいか?」と困っている人は決して少なくありません。本書は、そうした方々の要請に応えることを目的としています。

 この目的のために、昔から「文章読本」というものが書かれてきました。しかし、これまでの文章読本は、書く内容があって、それを正しい表現で書くための指南書でした。

 実際に重要なのは、まず、書く内容を見いだすことです。

 本当は、「これを伝えたくてしようがない」ということがあって、文章を書くのですが、実際にはそれが逆になっていることが多いのです。つまり、「文章を書く必要があるが、何について書いたらよいのか分からない」という場合が多いのです。

 したがって、まず重要なのは、メッセージ、主張、考え、要求、指摘、発見などをどのようにして見いだすか、ということです。そして、アイディアを成長させ、それを組み上げていくことです。

 本書はそうした要請に応えることに重点を置いています。

 そのためには仕掛けが必要です。本書は、そのような仕掛けを提案します。

2.文章が自動的にできるわけではないが「手続きに従えば」書ける

「魔法のような」方法の提案

 文章を書くための仕組みとして本書で提案している主要な方法は、つぎの3つです。

(1)クリエイティング・バイ・ドゥーイング
  これは、「とにかく仕事を始める。そのための仕組みを整える」ということです。これについて、第2章の2で述べています。

(2)3層構造のアイディア農場
  思いついたアイディアをすぐに捉えて、迷子にしない仕組みを作る必要があります。これについて、第4章の2で述べています。

(3)多層構造で本を書いていく
  1500字程度のブロックを100個積み上げて、15万字の構造にする。なお、「ブロック」という言葉の意味は、第5章で説明します。

 これらのどれもが、これまでどこでも提案されていない新しい方法です。そして、きわめて強力です。「魔法のような方法」だといっても過言ではありません。

 以上の仕組みが「アイディア製造工場」です。その詳細をこれからの章で説明していきますが、全体の見取り図をあらかじめ示しておくと、図1-1のようになります。

書くことについて

AIに文章を書かせるのとは違う

 ここで提案しているのは、文章作成を自動化しようという試みでしょうか?

 そうではありません。

 AI(人工知能)で文章を書こうとする試みは、すでに行なわれています。新聞記事などでは、すでに一部実用化されています。AIに広告の文言を作成させようとする試みもなされています。個人が利用できる文章サービスも、ウエブに登場しています。

 では、人間が文章を書こうなどと努力する必要は、なくなりつつあるのでしょうか?

 私は、そうは思いません。

 なぜなら、AIに文章を書かせる仕組みは、「創造」とは言い難いものだからです。それは、これまで書かれた多数の文章をコンピュータが覚え込み、その一部分ずつを切り抜いて、組み合わせるだけのものです。素になる文章は、人間が書いたものです。それがなければ、AIが文章を作成することはできません。

 将来、本書が提案しているような仕組みをAIが実行するようになり、個人でも利用できる時代が来ることはありえます。

 しかし、その場合においても、第2章で述べている「テーマの発見」や、第4章、第5章で述べている過程(アイディアの「たね」を育て、書籍という体系的な論考にまとめていくこと)をAIだけで行なうことはできないでしょう。これらの過程における人間の役割の重要性は、かえって増すでしょう。

 人間が考えることが必要であり、それこそが最も重要なことなのです。

化合物を作るのと同じように文章を作れる

 ウエブには、自動文章作成アプリがすでに現れています。テーマをキーワードの形で与えると、文章を書いてくれるというものです(もっとも、現在のところ、ほとんど実用になりません)。

 本書で提案する仕組みは、これらの方法とは違います。

 本書が提案する方法に従っても、実際の作業には大変苦労するでしょう。「テーマは見つからないし、見つかったとしてもどう組み合わせればよいのか分からないし……」という状況になるでしょう。

 テーマが見つかった後も、文章が自動的にできあがっていくわけではありません。執筆と編集の過程で、大いに苦労するでしょう。

 しかし、この仕掛けに従って作業すれば、必ず一定の成果が得られます。

 化学の実験で、原料を決められた分量だけ混ぜ、決められた時間、決められた温度で熱すれば、必ず化合物ができます。それと同じように、成果が得られるのです。

 これらによって何ができるのか、これまでの仕事のやり方に比べてどこが優れているのか、そうした点について、以下の各章で述べていくことにします。

 本書のアドバイスは、「アドホックに、そのときどきによってマチマチの方法で進める」のではなくて、「考えを進める仕組みを作っておく」ということです。ここで提案する手続きに従っていれば、必ず結果が出てくるような、そのような手続きの仕組みを作るのです。

 それに、この方法で仕事を進めれば、文章を書く作業が、この上なく楽しいものになるでしょう。

<第3回に続く>