「敵と思えば敵」になり「味方と思えば味方」になる!? 仕組みを“味方”に/書くことについて⑥

暮らし

公開日:2020/12/15

「文章を書く」とは、「自分の考えを伝える。意見を言う。主張を述べる」ことに尽きる。長年にわたりベストセラーを多数書き上げた作家・野口悠紀雄氏が、自らの「書くことについて」を解き明かした新時代の文章読本。「日々の継続」を「驚くべき成果」に変える文章法がここに…!

書くことについて
『書くことについて』(野口悠紀雄/KADOKAWA)

7.「敵と思えば敵」になり「味方と思えば味方」になる

人間は新しいものを「敵」と考える

 やや唐突と思われるかもしれませんが、ここで、「敵味方理論」と私が呼ぶ考えを述べたいと思います。これは、私が長年信じている考えです。仕事の進め方について、重要な意味を持つ「理論」だと思います。

 人間は、新しいものに対しては本能的に警戒心を持ちます。そして「敵」だと考えて身構えます(人間だけでなく、動物一般がそうです)。

 新しい道具の場合もそうです。それに対して警戒心を持ち、「敵」だと考えると、反感を持ち、自分から進んで使うことはありません。したがって、ますます離れていくことになります。

 逆に、何かのきっかけで、新しい道具が自分にとって利益をもたらしてくれるということが分かると、それをますます使い、仕事の能率が上がり、さらに使っていく、という好循環が起きます。つまり、力強い味方になるわけです。

 考え方を「敵」から「味方」に転換しただけで、このような大きな変化が起きるのです。

グーグルドキュメントは「敵」と見なされやすい

 IT関連の新しい手段は「敵」と考えられやすいのです。

 なぜなら、ある年齢以上の世代については、ITは「生まれたときからあった」ものではなく、「生涯の途中で新しく登場したもの」だからです。

 本書で述べている「グーグルドキュメント」や「共有」、「コメント」などの機能について、それが典型的にいえます。

 いままで使っていなかった手段なので、馴染みがなく、警戒感を持ちます。「これはごく一部の特殊な人が使うものであって、私には関係がない。かえって邪魔になる」と、本能的に考えてしまうのです。

 私自身がそうでした。例えば、グーグルドキュメントの共有機能です。うっかり共有してしまうと、「そのファイル以外のものまで、見えてしまうのではないか?」という恐怖心がありました。そのため「君子危うきに近寄らず」と、敬遠していたのです。

 グーグルドキュメントの「コメント」もそうです。「私は、自分で文章を編集しているだけだから、こんな機能はいらない。うるさくて邪魔なだけだ」と考えていました。しかし、いったん使いだしてみると、これらがきわめて強力な機能であることが分かりました。

 グーグルドキュメントが、ワードやテキストエディタなど、端末だけで使う文章作成ツールとは、全く違うものであるということが実感できます。

ワープロを敵だと考えた人は多かった

 私は、音声入力については、かなり早い時点で自分の味方であると意識したので、積極的に使い、それを自分の仕事の体系での重要な道具として位置付けてきました。

 このため、いまでは、スマートフォンを用いた音声入力は、私の仕事において、欠くことのできない重要な道具になっています。

 思い返してみると、同じことは、1980年代においてすでに生じていたのです。

 その頃に、初めて「ワープロ(ワードプロセッサ)」というものが登場しました。しかし、多くの人は、これに対して反感を持ちました。つまり、「敵」だと考えたのです。

 そして、「ワープロを使うと文章が機械的になる」とか、「味気がなく、人間味のないものしか書けない」、「文章は、ペンの重みを手に感じながら、原稿用紙に書いていかなければならない」などということが、盛んにいわれました。

 私はワープロが登場した直後からこれを使い始めたのですが、それには理由があります。ワープロに対して敵意を持つのは、それがコンピュータだからということもあるのですが、多くの場合、理由はキーボード入力にあります。

 欧米ではタイプライターが普及していたため、キーボードから入力することに対して大きな抵抗がありませんでした。

 ところが、日本では、タイプライターはごく一部の人しか使っていなかったのです。しかも、それは「和文タイプライター」という奇妙な存在でした(欧米のタイプライターのように少数のキーボードだけでなく、漢字を打つためのきわめて多数のキーボードを備えた装置)。

 ところで、私は、1970年代にアメリカに留学し、博士論文を書くために、自分でタイプを打たなければならなかったのです(仕事のために渡米した人たちは、会社のオフィスでタイピストにタイプを頼んでいたでしょう。私は貧乏学生だったので、タイピストを雇えなかったのです)。

 このため、ワープロが登場したとき、キーボードからアルファベットで入力するのは、きわめて簡単なことでした。こうして、原稿用紙からワープロへと、スムーズに移行できたのです。

 ワープロを自分の味方だと考えたのは、このような理由によります。そして、そのことによって、私の仕事の能率は、それ以降、大きく向上しました。

本書が提案する仕組みを「味方」にしよう

 なぜ敵味方理論について述べたかといえば、その理由は、本書で述べる仕組みについても、「それは自分には関係のないものであり、敵である」と感じる方が多いと考えられるからです。

 しかし、これを使うのに、何の障害もありません。ワープロの場合のキーボードのような障害もないのです。必要なのは、考え方を変えることだけです。ぜひ、これを味方だと思って使い始めてください。

 そうすれば、あなたの世界は一変することになるでしょう。

第1章のまとめ

1.本書で「文章を書く」とは、「自分の考えを伝える。意見を言う。主張を述べる」ことを指します。このための教育は、学校ではなされていません。これまでの文章読本が指南してきたのは、書く内容があって、それを正しい表現で書くことです。しかし、実際に重要なのは、まず、書く内容を見いだし、アイディアを成長させ、それを組み上げていくことなのです。本書はそれに重点を置いています。

2.本書で提案している主要な方法は、つぎの3つです。
 (1)クリエイティング・バイ・ドゥーイング
 (2)アイディア農場
 (3)多層構造で本を書く

3.ここで提案しているのは、文章作成を自動化しようという試みではありません。しかし、ここで述べている方法に従えば、苦労はしますが、誰でも本を書き上げることができます。

4.作業中の文章をクラウドに上げて作業することが重要です。「マジカルナンバー・セブン」といわれる制約は、多層ファイリングシステムを構築することにより、克服されます。多層ファイリングシステムにおいては、上位の層から下位の層にリンクを張ることによって、目的のファイルを即座に引き出せます。これによる「数秒の違い」が決定的な場合があります。

5.新しく登場した道具を「敵」と見なせば、どんどん離れていってしまいます。逆に、それを「味方」と考えれば、大いに役に立つ存在になってくれるでしょう。

<第7回に続く>